66話 クリーパー
「お待たせしました、センパイ」
「似合ってるね」
俺が似合いそうって言ったヤツ着てるんだから俺から見たらそりゃ当たり前かも知れないけど。
「では行きましょうか」
夜の帳は下りて、花火を見るために人々は多く外に出ているけれども、最初の花火が打ち上がるまでの時間まで少しあった。
「それは良いけど、開始時間まで少しあるから出店とか見てみる?」
「良いですね! 行きましょう!」
出店の方へ歩き出すと、当たり前だとばかりに彩梅ちゃんは俺の腕を奪ってきた。
「俺、歩くの速すぎない? 大丈夫?」
「問題無いですよセンパイ」
流石に下駄の子と運動靴の俺とでは歩く速度が違う。実と行った去年の夏祭りの経験が活きたな。
「こういうことに気がつくって、もしかしてセンパ~イ、女の子と遊ぶの慣れてます~?」
ニヤリとからかってくる彩梅ちゃん。
「それは――」
実が浴衣着てお祭りに行った時の経験が、などと言いかけたが一つの考えが走った。
家族とはいえ、他の女の子と出掛けに行ったコトを言っていいのだろうか? ふむ……。
「見て、気づくから。なんてことないよ」
「そういう細かいところに気が付いて、彼女が出来ないのはセンパイらしいですね」
「うるせぇ」
軽口を言い合いながら進む。
「……ん?」
「どうしました、センパイ?」
“何か”が気になり、振り返る。
「何か……いや、なんでもない。気のせいだと思う」
「そうですか……?」
昨日もこんなことがあったような。アレも気のせい?
「何もないなら行きましょ、センパイっ」
「お、おう……」
兎にも角にもそんなことを気にしていてもしょうがないと、彩梅ちゃんに腕を引かれながら祭囃子の中に潜り込んで行った。
―Minol Side―
バレるかと思った……、はぁ……。次は気を付けないと……。
それにしても彩梅に対抗して私も浴衣で来てみたけど、真正面からまー君の隣につく訳じゃないのなら動きやすい服装でも良かった気がする。
私自身、何でこんなことをしているのかは分からない。
まー君と彩梅が2人で出掛けることを知った時、心のざわつきが止まらなかった。いつのまにか時間が経ち、2人を陰から追いかけていた。
何故浴衣を着ているのか、それすら分からないけど、そうしないといけない気がした。
「……」
息が詰まる。……夏の暑さのせいじゃない。
2人が作っている不思議な空気感も、その後ろからコソコソと後を付けている私自身にも。
出店を暫く周った後、花火大会の時間になったようで、2人は花火が見える位置に移動を開始した。……そしてそれに陰から続く私。
「……っ」
まー君が向かおうとしている場所がどこか分かり、胸から喉元に掛けて不快感が走る。
そこは去年、1人で花火を見ていると偶然まー君と出くわした「特等席」だった。
立ちくらみか、立ちくらみの幻覚か。
なんとか立ち続けることはできたけど、足元はおぼつかなかった。
「はぁ……帰ろ……」
あの場所まで着いて行ったけど、こちらの身を潜めるために距離を取ったのと、自分自身の鼓動、耳鳴りのような頭痛で居ても立っても居られなくなり、花火が打ち終わる前に心が音を上げてしまったのだった。




