6話 何が変わったか
実と一緒に飯を食べに行って服を買いに行ってから数日後。
≪ピーンポーン≫
実に対する授業の遅れを取り戻すための勉強会、2回目。きっと最終回。
「うい」
日程も時間も決めていて、他の用事も恐らく無かったのだろう。インターホンから声が返って来るより先にドアが開かれた。
「お邪魔します」
「ほい」
そして勉強会が始まった。
……。
「はぁ……」
「またどうしたんだよ、溜め息なんかついて。服の問題は一応、解決した話だろ? まだ何かあんのかよ」
勉強会を始めて数十分。またしても実は何度も溜め息を吐いていた。
「いやさ、服のことも勉強のことも全く関係ないんだけどさ」
「おう」
「あ、服は多少関係ある」
「どっちだよ」
ツッコむと、実は面を上げて話し出した。
「俺さ、前から鍛えてただろ?」
「あー、ん……それと服がどう関係が?」
“多少”関係あるって、本当に多少、少なからずって感じかな。
「これ見てくれよ」
実は袖を捲って腕を見せて来た。前はやや褐色気味の肌色だったが、今や色白と言った具合か。
「キレイになったもんだな」
「そうじゃねぇよ」
じゃあなんだよ。
「力こぶだよ、力こぶ」
「あー、なるほど」
以前はかなり力こぶが出来ていたが、今見えている腕の力こぶの山は低く、張力も無いように見える。
「減ったな」
「そうなんだよ……はぁ」
その溜め息の中にはただとは言えない感情が籠っているように感じた。
「モテるために受験が終わってすぐに鍛え始めたってのに……」
「女になった今ではそんな負荷価値もなくなっただろ」
「言うなよ……。でも普通に今まで積み立てて来た努力がこうも無くなっちまうと落ち込むだろーが」
「それは確かにそうだな」
「あと重いものを持てなくなってたり、力のいる作業が出来なくなってたりして普通に不便だと思う」
ま、女体化した時から分かっていたはずのことだが、生活していく中で改めて感じたことなんだろう。
「他は?」
「他?」
「他の筋肉とか、色々」
「うーん……腕もそうだけど、脚もだな」
「脚か」
実はスッと脚を放り出した。
「大分と細くなったな、毛も幾分と薄くなってんな。それも相まって前より長く見える」
「だろ? 俺自身そう思う」
別に男だった時も実は毛深い方ではなかったが、女の身体となってからは顕著に体毛の量が減っている。手足だけでなく、全体的に。頭髪以外全部。
「なんか髪質も変わってんよな」
「そうなんだよ……前は気にも留めなかったけど、今は母親と妹がなんとかかんとか言ってくるから寝ぐせが無くてもある程度髪を梳かすようにしてるしな。前よりなんか寝ぐせとかが直りにくくなってるし……」
他の面も多少なりとも困ることはあるようだ。
「体幹とかバランス感覚は?」
「それは問題ないな。問題は筋力とか体質とか、そっちだな。何かをする技術の面とかでは困った事はまだ無い」
だったら良いか。良くないけど。
「へー。筋力が落ちて朝起きれないとかないの? 腹筋背筋が足りないとかで」
「それは問題ない。体重が軽くなってるみたいだし」
それもそうか。
「ほら見てみろよ、腹筋」
実は服を捲ってその腹を見せて来た。前はバキバキとは言わないまでも、「割れている」と言われれば「割れて“は”いる」と言える感じだった。比較して今は、「割れている」とまでは言えないが、腹筋の筋を思わせるような薄ら線は描かれていた。
「割れかけてる、くらいか? 女になってから鍛えてそうなった?」
「分からん。筋トレ自体は女になってからも続けてたし、改めて見てから分かったから、いつこうなったかは、な。短期間にこうなるとは思えないから、“こう”なってから既に割れそうになってんたんじゃないか」
ま、こんなことになってんだ。本人が分からないことがあっても不思議ではない。
「元からか後からかどっちかは分からないし、割れが薄くなったけど、硬さはそこそこだぞ。触ってみるか?」
「いいのか?」
「おうよ」
一応、今は男女なんだけど、実自身はそんなことは気にしてないようだった。
「では失礼して……ほう」
「……」
人差し指の第二関節でその腹筋を軽く叩いてみると、以前よりは硬くなかったが、確かにそれでも「硬い」と言える程度の硬度があった。
「それなりに硬さはあるだろ?」
「ああ……」
ふーむ……、……。
「えい」
そのまま手の位置を上げる。
「うわっ! なんだよ、いきなり!」
「胸触っても良いかなーって」
「良い訳ねぇだろ! 何考えてんだテメェ!」
「腹筋は良かったみたいだし、男の時だったら何も言わなかったし」
「“今は”女だろうが!」
そこはダメらしい。大きさとしては大きくはないが小さくも無かったので、単純に触ってどうなのかを確かめて見たかったんだが。
「男女意識するなら腹筋もダメだと思うけど……」
「うぅ……」
実は顔を少し赤らめ、嫌そうな顔をしていた。泣いてはなかったが、頬の赤らみが瞳の潤いに注目させた。
「あーはいはい、悪かったよ。完全にこっちが」
「わ、分かれば良いんだよそれで」
自身が色々と変わって困惑もしているところだ。あんまり困らせるのも酷か……。
あんまりふざけないで、通学の復帰を助けてやるかな。