54話 かけ違い
「おっと、ごっゴメ」
後ろから押され、前にいた実に密着する形になってしまう。
「……」
「大丈夫か実? ……実?」
密着し過ぎて実の顔が見えないのもあって聞いてみたけど、返事がない。普通なら大丈夫なり怒るなり、若しくは揶揄ってきたりするものだが、まるで無反応。
「ん? って……」
なんとか顔を離して実の顔を見てみると、呆けたような顔をしていた。
「お、おい……」
顔をペチペチ叩いてみるけど反応が無い。どうしたものか。
表情やらをよく見てみると、ただ呆けているようではないようだった。顔全体は朱色を交え、息は深く、その目の瞳孔は開けていた。
ほぼ密着している状態で実の身体の体温を感じているが、その温度は夏だからを理由にするには熱すぎると思った。もしや……。
そして、俺の脚の状態が実に対して股ドンをしたような状態だが、俺の太ももに湿った温もりを感じた。
……。
「本当に大丈夫か?」
軽く肩を揺すろうとするも、その前にエレベーターの壁を伝って体勢が崩れた。
「やっべ……」
実の腕を掴み、床に落ちる前になんとか持ち直した。
4階に着いたエレベーターの扉が開いて実の肩を担ぎながら出た後、エレベーターホールの椅子に座らせた。
「センパイ、どうしたんですか? ……センパイ?」
「実が熱中症になった。顧問にはこっちから連絡しておくから彩梅ちゃんは委員長に連絡しておいて」
「わ、分かりました、ええっとと……」
それぞれに連絡を入れて一息。
「それで私はどうすれば……」
「彩梅ちゃんは取り敢えず会場に行って作品聞いて来て」
「でも……」
「聞いてその技術を得るのも放送委員会の仕事でもあるから。大会に向けての仕事で学校内の業務とは関係ないけどね」
「……分かりました」
「こっちも実の首手首とかにさっき買った飲み物で冷やしてるから大丈夫。他の人に任せられるならそっちにまた合流すると思うから、それまで頑張って。午前中に合流できなくても昼には誰かが付き添うと思うから、誰かが来なかったら……頑張って」
「分かりました……ハハハ」
どうにも彩梅ちゃんは俺が口にした事実ではなく、別のコトに注目して引き攣った笑みを浮かべているように思えた。
「何か……あ」
彩梅ちゃんの目線に今、気が付いた。
視線の先には俺の太もも……ズボンの染み。
「センパイ……それって……」
「……実も熱中症で気を失って、こうなってしまったんだと思う。気にしないでやってあげて……」
「は、はぁ……分かりました。それじゃあ、行ってきます……」
彩梅ちゃんはそう言って、苦笑しながら会場へ向かって行った。
―Minol Side―
「ん、んん……」
「おはよう、気分はどう?」
目が覚め、最初に視界に入って話し掛けてきたのは、まー君の姿では無かった。
「委員長……はい、大丈夫です」
「でしょうね」
「……」
何かを見透かされている気がする……。何でだろう……。
「ここは?」
「松前さんたちの泊まっている部屋。そしてあなたをここに運んできたのは細染君。運営と話を付けて女性宿泊区分に運び込むことを許可してもらってきたってこと。あの子は今、泊まってる部屋に戻ってズボンを履き替えてるところかな。その後はここに戻って来ずに大会の方に戻ると思うけど」
「は、はぁ……え? ズボン? 何でまた……?」
「覚えてないかー……、うーん……何て言おう……」
「???」
ええっと……気を失う前、何があったんだっけ……確か……、……あ。
「えと、まさか、委員ちょ、あの、私が、その、えと、ズボンの……ああえっと」
「まあ、そうだね。分かってるよ、大体だけど」
「……っ!」
……!!! ……ッ!!!? ッッッ!??? ……ッッッ!!!???
「なっ……えっ……!?」
「流石に分かるって。女だもん」
こんらんして、あたまで、なにも、かんがえられない。
「まぁ、細染君は気が付いて無いようだから、それが不幸中の幸いかな。熱中症って思ってるっぽいし。ま、私がそういうことにしといてあげるから、午前中はずっとここに居なよ」
「はい……ありがとうございます……」
「じゃ」
そうして、委員長は部屋を去っていった。
嗚呼、本当に、どうして……。




