47話 梅雨前線私情あり
着いた自らの部屋で、実は踵を返すのかと思っていたが、実はそのまま帰ることなくこちらに寄って来た。
「お昼は何食べたの?」
「いや、食べてない」
「今も食欲無い? あるなら何か作ろうか?」
「そもそも実って料理できたっけ?」
俺の記憶では日常生活でコイツが料理をしていたところを見たことがないし、調理実習でも切る焼く煮るなどの役割を負っていたところは無かったはずで、少なくとも俺と同じクラスのときは食器洗いか精々盛り付けをしていたくらいの記憶が微かにあるかどうか、といったところ。
「失礼な! 前のバレンタインでまー君の為にクッキー焼いたの誰だと思ってんの!?」
「あー、マジでアレ実が焼いてたの?」
「今まで、信じてなかったの?」
「……ゴメンナサイ」
その言葉に実は青筋をより露わにして、ジト目をこちらに向けて来た。
「すぅぅーー……、ふぅぅーー……。……結構怒ってるけど、風邪に免じて許すだけだからね? 借りとして後日取り立てるからね!」
「あい……」
怒りをなんとか収めてもらい、閑話休題。
「取り敢えず、何かありもので作るからここで待ってて。他に何かいる? 替えのタオルとか」
「分かった。他に必要なモノ……無いな。……あ、台所に風邪薬あるから持ってきてくれる? 3錠」
「他には?」
「それで大丈夫……だと思う」
「了解」
……さっき怒られてなんだけど、大丈夫かな、料理……。
「けほっ……うーん……」
待つこと10数分。咳と共に実を待っていると、1階から階段を上る足音が聞こえて来た。
「えっと……おまたせ」
「……どうも?」
再び部屋に入って来た実はどこか暗い顔をして、声色や雰囲気もトーンの落ちたものに感じたため、返答もどうしたらいいのか分からず、おざなりなものとなってしまった気がする。
「えぇっと……失敗、しました」
「何をどうしたの?」
「おかゆ作ろうとして、焦がしました……」
「おかゆ作ろうとしてそうなる? 芯がのこったりふやけすぎたりとかはあるかも知れないけど……」
「これ……です……」
「えぇっと……? Oh……」
置かれていたスプーンで1口分掬い上げると、鍋の底で焦げ付いていたであろうお焦げが出てきた。
お焦げとして食べられるかは微妙なモノのような気がする。さて。
「ま、いっか。貰うよ」
「え、食べるの?」
「食べさせるために持ってきたんだろ? 食うよ、別に食べられなくはないだろ」
「持ってきたのは謝るため、というか……。あとさっき、料理作れないのに作れるとか言ったのも――」
「別に良いって。作ってくれて、ありがたいから。態々謝らなくてもいい。あむ」
料理に慣れてる人でも失敗することはあるのに、ここまで落ち込まれるとこっちが何か悪いことをしたような気になってしまうなぁ。
「味、どう?」
「問題無くおいしいよ」
正直言えば焦げからほんの少し苦味が出ていて、大丈夫なところのお粥との相性はあまり良くなく、固まってしまっているところは風邪を引いた体がちゃんと消化するのに時間が掛かりそうだ。
問題無くおいしいと言うのは誤りで、問題はあるが食べられなくはない、といったところだろう。
「そっか……ちょっとだけほっとした」
しかしそれを口に出さないのは、今それを言ってしまうと遂に絵面上「女の子を泣かせる男」となってしまうのがなんとなく、嫌な気がしたからだ。
……こういうのは、「実のことを女の子として認めている」になってしまうのか、そういうのも恐らく嫌であろう実に対して注意をしないといけないような気もするが、風邪で頭がいつもより回らないので、考えをそこでシャットダウンする。
「……ごちそうさまでした。少し焦げが強いところは残しちゃった。すまん」
「それくらい良いよ、大体食べてくれたし。じゃあ洗いに行ってくるね」
「うい」
部屋から出ていく実の背中を目で見送る。
「多分また帰る前に部屋に顔見せに来ると思うけど、飯食べた後にすぐに寝るのはなぁ……。課題の続きやるか」




