46話 雨下に往く道
「ぶえっくしっ……ズズ……」
トチった。まさかこんなミスをするとは。
昨日、放送の地区大会の決勝の帰り道、どうやら雨が降ってきていたらしい。
自分の作品が全国に進出することで浮かれていたのか、雨に打たれていると気が付いたのは自分の家の前に着いたときだった。
小雨なら兎も角、本降りとなって気が付かなかったのは相当に重症らしかった。
昨夜、布団に入ったときは気がぼんやりしていただけだったので、地に足が着いていない感覚が地続きになったものかと思っていたら、身体が熱を持っていたようだ。
身体が熱を持っていたのも風呂上りだったからだと思っていたが、本当にそうであったかは疑わしい。
「ん? う~ん……」
ボーっとしていて、体温計の音を聞き逃していたかもしれない。そう思い、自らの脇に腕を伸ばす。
「39度8分……普通にあるな……」
それなりにあるなとは思ったが、それ以上にはあった。
「寝よ」
親には今日休むことは伝えてあるし、やることもないし寝て体調を戻そう。
はぁ……。
「ん……」
聞こえるかどうかのくらいの時計の針の音で目が覚める。もう昼過ぎか。
昼飯はあると聞いてるけど……、正直今はそんなに食欲は無い。
仕方ないので、3度寝と行くか。睡眠欲の方もあんまりないけれども。
「ん~……う~ん……」
≪ピーンポーン≫
「ん?」
ウトウトしそうでしない状態で唸り続けて幾時間、家のチャイムの音が聞こえた。
時間は分からないが、この時間なら何かの配達か? 実が課題とかを持ってくるのには少し早い時間である気がする。
「はぁ……はぁ……」
身体は重い。
1歩1歩がゆっくりとなってしまっていて、これだと1階のインターホンの場所に辿り着くまでに、配達の人も帰ってしまっているかもしれないな。
「……はい」
『松前です。増良君のプリント持って来ました。増良君の体調は……』
「ああ、俺。俺が増良。親は今日両方仕事だから……」
『……じゃあ、前の鍵で中に入っていい?』
「あー、うん、いいよ」
『リビング? それとも部屋?』
「リビングで」
『分かった。じゃ、少しだけ待ってて』
「ふぅ……」
インターホンの通話を切り、リビングで座って待つ。
自分が座るのと同時に鍵を回す音がリビングにまで響き、直後、玄関のドアが閉まる音がこちらに届いた。
暫くして軽い足音が廊下からリズムを刻み玄関のドアの重厚な音とは違う甲高い音がリビングのドアが奏でた。
「1日ぶり、調子はどう?」
「見ての通り、普通の風邪だよ。軽くも無いし重くもない、歩けはする、そのくらい」
「そっか。早めに治ると良いね。っと……、えぇっと、プリントは部屋まで持ってった方が良い?」
「ここで受け取る」
「そ、そう?」
実は何を想ってか声のトーンがやや低くなり、目線を持っているカバンの中に落として俺のプリントを探し始めた。
ガサゴソと中を探り、ファイルを割り出して目を細めて確認する実。
「これと……これ、あとこれかな?」
「おう、ありがと」
取り出して、差しだしてきたプリントを貰おうと姿勢を前のめりにしたときだった。
「おっと」
「ひゃっ……だ、大丈夫?」
「ああうん、バランスを崩しただけ。受け止めてくれてありがと」
「あはは、お礼を言われるようなことでもないよ。大丈夫なら良かった。風邪なのに、これ以上怪我でもしたらもっと大変だもんね」
「っと、悪い、そろそろ自分で立つわ」
いくら事故とはいえ、女性の胸に寄りかかるのはマズい。
「大丈夫? ……部屋まで肩、貸そうか?」
「いやほんと、大丈夫だから……。じゃ、俺は部屋に戻るから……っとと」
「よっと。全然大丈夫そうじゃないんだけど……」
「……面目ない」
「そんなことはないけどさ」
実に腕を掴まれ、なんとか転倒することを免れた。
「部屋まで着いてくよ」
「すまん」
「だから謝らなくて良いって」
その言葉でこちらの是非もなく実に肩を持たれて自分の部屋に向かうことになったのであった。
久しぶりに肩を組まれてみて思うのは、実が男だった時よりも華奢で、かつほのかに香る匂いも女のそれになっているということだった。




