4話 だって布だぜ?
連休が始まっての2日目。約束通り、朝飯を食べた後少しして、ノートと教科書を数冊カバンに入れて家を出、松前家のインターホンを押した。
『……はい、出ます』
アイツから言ってきたことなのに、やけに静かな受け答えだった。
ガチャ
「おはよーっす……」
「おう、おは……なんだその顔」
「気にしないでくれ……」
とは言うものの、当人の顔はゲンナリといった表現が合うような、疲労に満ちた顔をしていた。
「本当……いいから」
「お、おう。そうか」
そんなこんなで、実が休んでいた授業の遅れを取り戻すための勉強会が始まった。
……。
「ふぅー……一息入れるか」
「丁度いいしな」
「何か飲むか?」
「ああ、頼む」
「麦茶でいい?」
「おう」
そう言うと、実は1階の台所へ麦茶を取りに行った。
「……」
部屋を見回す。暇だったので、特に意味はなかったのだが。
「お?」
目に留まったのはクローゼットだった。そこには、少しだけ服が扉からはみ出ていて、なんとももどかしいシワが出来そうな状態だった。
「戻ってこないな……」
すぐに実が戻ってくるのなら、戻ってきたときに指摘すればいいと思っていたのだが、階段の音もしないので戻すことにした。
「元男とはいえ、女のクローゼット漁ってるように見られたら、何気にヤバいよな」
半分は本気だが、半分は自嘲的に茶化しながらクローゼットの取っ手に手を掛けた。
「身体が女になってもこういう大雑把なところは変わらな……」
絶句。
そこにあったのは、普段見ていたような、パーカーなどのラフな服ではなく、バッチバチの女の子が着ていそう(偏見)なフリフリのついた上着だった。
「お待たせー……って……」
「Oh……」
「ア゛ッ……」
戻ってきたと思ったら、俺が服を直そうとしている――第三者から見たら他人の収納を漁っているようにしか見えない――姿を見られてしまった。
俺の姿を見た実は実で、隠していたヤバいブツを見られたような、短い絶叫を上げていた。
……。
互いが互いにパニックになっていることを即時に理解したため、奇跡的に喧嘩やら混乱に陥ることにはならなかった。
そして、こちらからの弁明は終わったところだ。
「で、あの服は一体……?」
「それは……母親と妹が……な」
「昨日買ったのか」
「買ったというか……買わされた……いや、『買ってこられた』が、正しいのかな……」
「何があったんだ……?」
「昨日――」
服を買いに、実の母と妹に連れられて行った実だったが、実自身が買おうと思っていた「女の身体でも問題無い感じの、男女共用の無難なラフな服」を買えることはなく、実際に買ったのは先ほど見たフリフリの服……と、俺はその服に注目してしまって見落としていたミニスカートだった。
因みに俺はまだまだ見落としていたみたいで、俺が見ていた服以外に更に1セット、フェミニンな服の上下を買うことになったらしい。
態々言ってないと思うが、実の表情を見ているとかなり女性ものの下着も買ったんだろうなと想像がつく。
「それもゲンナリしたんだけどさ、それ以外もさぁ……」
「それ以外?」
「高いんだよ……色々」
「ああ、値段?」
「そう。買う物が多いし、単体の値段も高いからな」
実は遠い目をしていた。
「普通の服が欲しいと言っても多数決で無理に決められたし、『買いたいなら自分の小遣いから出せ』って……」
「わーお」
なんとも強引な方法。あと多分実の母親も妹さんも一種のハイだったのだろうか。
「パーカーとかはまだしも、フィットしてたシャツとかは胸があるから合わなくなったし……その辺りの服もマジで欲しかったんだけどな……」
「あーそれはドンマイ。……バイトでもすんのか?」
「どうしよっかなー……。着ていく服も限られてるからなー……」
「じゃあ、次の教科終わったら、買いに行くか? あのショッピングモールで」
「ハァ? 金無いって言ったよな?」
「男女でそう変わらないデザインのヤツならそこまで値段が上がることも無いだろうし、何なら多少は出すぞ?」
「いいって、友人間でそんなこと……」
「思えば俺、中学の時に実から金借りてたこと忘れてたんだよ。返そう返そうと思ってさ」
「そだっけ?」
「……忘れてるならバックレたら良かった」
「おい」
「中三の夏休みに……」
「あー……”アレ”か」
「”アレ”を返すの込みで……」
「返してくるのなら他のが良かったな……別に良いけど」
「後、俺が将来女の子に服とかをプレゼントするときの為に心のデモンストレーションを兼ねて」
「……。それが目的かよ」
「それ“も”、だよ」
すっごいジト目。あと今の微妙な”間”は何?
「分かった。行くなら昼からでいいよな」
「そう、だな。少し教える時間を長めに取って、少し遅め昼をモールの店でしてからにしようか」
「了解」
飯のこともあるからか、実はこの後の勉強にかなり集中していたのであった。




