30話 後悶悸
―Minol Side―
「ウゴゴギョギョゴゴゴゴゴゴゴゴグギギギギギギギ……」
「姉貴うるさーい」
「ああぁぁぁぁぁ……」
「休みだけど、近所迷惑にならない程度に抑えて奇行してね」
「……うぃ」
ある休日の朝、頭は冴えわたり、朦朧としていた昨日のことをある程度復元して思い出せていた。因みに昨日の深夜、若しくは今日の未明に起きたとは思うけど、そのことについてはすぐに忘れてしまっていた。
昨日はどうだったか、熱を出していた。
昨日、誰と会っていたか、家族以外では増良と会った。
昨日増良とどんなことがあったか、それは……、それは……、あ、あ、
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「本当、うるさいから。マジで。静かにして。蹴るよ?」
「……すみませんでした」
愛想の無い妹に向けて頭を地面に擦り付ける朝。今日残す後悔は少なくなるだろう。少なくとも、昨日よりかは。
昨日、意識が朦朧としていたためか今思い出せる記憶は虫食いだらけだけど、概ね自分が何をしたかは憶えている。
「はぁ……んー……」
ベッドの上で叫んでいてもまた妹に怒られそうだから、一度布団に顔を埋めて自ら溺れてみる。
アイツに食べさせてもらうというのも友人という関係の間では距離感が近すぎる。少なくとも男のままでそんなことをすれば例えこっちが風邪をひいていても冗談で済まされたりしてあしらわれていたと思う。
しかしアイツもアイツだ。例えこちらの身体が女になっても軽くあしらわれてとっとと帰ってしまったなら、こっちの感情も揺れ動くこともなかったはず。
……いや、自分がそもそもそんなことを要求しなければこんなことにはならなかった。
そんなことを、堂々巡りで考え込んでしまう。
その後のタオルで身体を拭いてもらったこととかもそうだ。
しかも何だ、前半身まで拭いて欲しいと頼んだ憶えまである。何をしてんだ自分は。
そしてその後、最後に手を握って寝てしまった。これも自分から言い出したことだ。
指と指の間の温もりを思い出す。……アレ? 手の平だけじゃなくて、指の間? てことは所謂、「恋人繋ぎ」という方法で手を握っていた?
少なくともただ手を差し出してアイツがその握り方をしてくることはないはず。
嗚呼。
それも……それも自分からか……。
「次、顔を合わせるとき、どういう風に接したらいいんだ……」
苦悶に絶望を加えたような声が出る。その声は自分の身体が男だった頃にもあまり出したことの無いような低い声だった。
「『まー君』って、言っちゃったしなぁ……」
それもどうしよう。
物理的に行われたことはもうどうしようもない。そういうことになってしまったと開き直るとして、こちらはどうするべきか。
アレも含めて「風邪でおかしくなっていた」ことにしてしまうか。
でも全部それにすると信憑性ってものが下がってしまうのではないか? と、邪推してしまう。
うーん……。考えすぎか?
しかしなぁ……。うむむむ……。
今考えても結論は出ない。次の問題だ。
ひとつ、これは夢なのか現実なのか分からないことがあった。
それは自分の一人称についてだ。
たしかアイツに「俺」より「私」とかの方が合っていて自然……みたいな話をしたような気がする。
あ、なにかその文脈の中で「もっと可愛い格好した方が良い」みたいなことを言っていたような気もする……。本当はどっちなんだ? 夢? それとも風邪で朧気になっていた本当の記憶?
わ、分からねぇ……。本当にどうしたらいいんだ……。
「姉貴ー、そろそろ洗濯機回すから服とかいれときなよー。風邪で汗も沢山出てたはずだから、昨日着てたのは全部入れた方がいいよー」
ベッドの上で悶えていたところ、妹が再び部屋に入ってきた。
「あのさ」
「何?」
「この見た目で『俺』って言うより『私』って言った方が自然?」
「どしたのいきなり?」
「いや……なんとなく気になって」
「んー……そりゃあ、『私』の方が自然な気がするけど……、TS病で元々男の人とかは『俺』をそのまま使ってる人もいるから、『俺』でもそんなに変じゃないかな?」
「なるほど……分かった」
「取り敢えず、早く洗濯物出しなよー」
悶々として休日は過ぎ、次の週の授業の日の朝がやってきた。
「おはよー実。風邪はもう大丈夫か?」
「うん。『私』の身体はもう大丈夫かな。『まー君』もこっちの風邪がうつったりしなかった?」
「んー……ん? あ、ああ……特に問題はない……けど……」
「……どしたの?」
「あーいや、何でもない」
今日もまたひとつ、自分の在り方が正負の葛藤の中で変わったような気がした。




