28話 秋雨のように滴る
夏の残暑も緩やかに和らいできたかと思った時、雨が降ってきた。
それが暫く続くと知った時、それが秋の長雨の時期であると解った。
久々の曇りの日の後のある雨の日。
『風邪ひいたみたいで今日は休むみたいです』
松前家のインターホンから聞こえてきたのは、妹さんの、そんな言葉だった。
確か昨日は放課後暫くしてから雨が降ったんだっけ。アレに降られてしまったのか。俺は一応傘を持って行っていたけど、実はあの降水確率で持っていくようなヤツじゃなかったし。
アイツが休むのは、今年2回目か。アイツも災難だな。
そして1日が過ぎ、放課後。
≪ピーンポーン≫
チャイムの後、雨の音だけ。
他の家族の人はまだ帰っていないのか、誰も出ることはなかった。
「しゃーねーか」
実へのプリントを渡すため松前家の敷地内に入り、ある鉢植えを持ち上げ、その下の鍵を拝借した。
ガチャ。
「お邪魔しまーす」
因みにこのようなことをするのを実の両親に許可は得ている。長年培ってきて信頼が元だ。実も俺の両親から、いざというときの為に俺の家の鍵のありかを伝えられている。
「辛いだろうし、プリント渡して課題伝えたらすぐに帰るか」
そう独り言ちたところで、実の部屋の前まで来た。が、扉の前には人影があった。
「実?」
「ああ、中に入って来てたのか……」
実は壁を支えにして、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。夏ごろからポニテにしていた髪は下ろしていた。Yシャツにスポーツウェアのズボンを履いていたが、寝間着にしていたTシャツが部屋の中に雑に置かれいていたのが見えていた。態々着替えたんだろう。
「そんなフラフラで……ほら、戻って寝てろよ」
「すまん……」
「はいはい、いいって」
実の身体を部屋に押し戻しながら実の部屋に入った。
服の上からだと言うのに、手には実の身体の熱が感じられた。
「まだ熱は下がってない?」
「うん……」
「最後に熱を測ったのは?」
「昼前……」
「じゃあ、体温計は……ここか、はい」
「サンキュ……」
ベッドの中に入った実に体温計を渡す。
「取り敢えず先に要件を済ませるとすると、えぇっと……HRで渡されたプリントと課題のプリントがこれで……今日出た課題はこの紙に書いてあるから」
「マジで助かる……」
「お前本当に大丈夫か?」
「んー……大丈夫、な、はず……」
「大丈夫そうじゃねぇな」
≪ピピピピ……≫
使っている体温計の測定時間が短いのか、プリントを出して少し雑談をすると、体温計が完了の合図の音を鳴らせた。
「38.2……」
「まだ高いな。濡れタオル、交換する?」
「お願い……」
という訳で、洗面所へと向かった。
「ん?」
その途中、居間に何かの紙が置かれているのに気が付いた。それが少し気になったため、読んでみた。
「『彩梅ちゃんへ、帰って来て実がまだ辛そうなら濡れタオルの交換と、お粥か何か作ってあげてください』……か」
彩梅ちゃんというのは、実の妹さんの名前だ。
昼飯は食べているのかどうか……スポーツドリンクの類は飲んでいるだろうし、俺が作るにも……ま、いっか。
取り敢えず今は濡れタオルを再び濡らして戻しに行くことが優先だ。
「ほら、濡れタオル、ここでいいか?」
「ああ、助かる……」
「食欲はあるか?」
「うん……」
「台所使っていいか? お粥か何か作る」
「おっけー……」
「……大丈夫か?」
「だいじょーぶー……」
本当かよ。
「じゃ、俺は作って来るから、何かあったら声出すか携帯で呼んでくれ」
「了解……」
あまり大丈夫ではなさそうだが、それなら食欲があるとは言っても普通よりかは遥かに少ないだろうし、少量をサッと短時間で作った方が良いか。
そして数分後。
「よう、出来たぞ」
「んー……」
疲れているのかどうなのか、返事は曖昧なものだ。
「熱いから、先にスポドリでも飲んどけ」
「んー……」
「大丈夫か……?」
「んくっんくぅ……んー」
実は喉元にスポーツドリンクをこぼしながら答えていた。




