25話 喫茶の紛れ者
さて、学園祭まであと数日となった日の放課後。
衣装合わせのために一部の生徒が残っている。俺は調理担当に振り分けられていたため別に残らなくても良かったのだが、実が女装担当になるように謀ったので、多少の責任感を感じたのと、興味本位で実がガッツリ女装するのを見るために残っていた。
「ああ、やっぱり変な感じする……」
「外から見たらそんなことは無いけどな……」
実自身は多少の緊張もあってか、違和感を拭えない様子だったが、外部から見ると普通に女の子が可愛めのウェイトレス衣装を着ているというだけであるため、違和感はない。
“周りが女装の中、1人だけ女子がいる”という違和感もそこまで無かった。なぜなら……。
「お前はマジで何なの?」
「女装の適性が高かっただけじゃねーっ☆!!!」
「お前……船木……」
俺たちのクラスメイトたる船木は女装の才能があったのか、それとも女装趣味でもあったのか、めちゃくちゃ似合っていた。それこそ、女子にしか見えないくらい。
「別にちょっと合ってたってだけで女装趣味なんか無かったって、マジで」
まあ確かに、メイクとかは全て女子任せで、女装に慣れてるって感じではなかったけど……。
「でもお前のは合いすぎだって。河豚名見てみろよ」
「あー……、アレはアイツが特別合ってないだけだろ?」
「いや、アレが普通だと思うぞ」
これまた女装担当になっていた河豚名の方を指したが、アイツの方は正しく「ネタで女装をやっています!」って感じが出ていた。
そんな感じで衣装合わせも問題なく終わり、そして調理関係のメニュー統一や部屋の準備、道具の調達なども問題なく完了し、そして学園祭当日がやってきた。
―Minol Side―
「はぁ……」
思わず溜息が出る。
「松前~、最後にもう1回テーブル拭くの手伝って~。俺は後ろ側からやるから前側からお願~い」
「はーい」
学園祭の出し物自体はしっかりとこなす。
しかし自分の心については揺れ動くものばかりだ。
俺を推薦したアイツは委員会の仕事があり、体育館でずっと作業している為に仲が良いのは船木と河豚名と他数名くらいなモノだ。
人間関係の再構築が成功とは言えないモノであったために、気まずさも少しある。
まあ、増良が居たところで、夏祭りのアレの所為でそんなにいつも通りにやり取りできる気がしない。“あの光景”を凝視した後、内腿がタイヘンなことになり、増良にお茶をぶっかけられて頭が嫌なほどに冷静になったあの状況を体験しては。
「言い出しっぺが居ないってどういうことだよ……」
仕方のないこととは言え、不満が口から漏れてしまう。
「松前ー、そろそろ開くから、ニッコリ笑顔で頼むぞー」
「船木はなんでそんなにノリノリなんだよ……」
そうしてこの混沌とした女装喫茶は開いた。
「それでは暫くお待ちくださいませ。失礼します。……2卓、Aセット1、Bセット1、Aの方が珈琲でBが紅茶でーす」
いざ始まってしまえばそれほど変なコトは起こらず、スムーズにイベントは進んでいた。
「松前ー、お前そろそろ休憩じゃね? そんなに人もまだ入ってないから早めに休んでてもいいぞー?」
「オッケー。じゃ、少し早めに休ませてもらうなー」
そして休憩用のスペースへと移ると、先客がいた。
「そう言えば船木と休憩が被ってたんだっけ」
「お、松前か。じゃ、俺の休憩は後半分くらいだな」
「めちゃくちゃくつろいでるな……」
「くつろげるような広さも快適さもないからそういう雰囲気は自分から出していかないとな」
意味は分からない。取り敢えずフンフンと頷いておいた。
「松前はナンパとかされた?」
「いや……、されなかったけど……。女装喫茶ってなってるのにナンパとかされるの?」
「いやー、俺は2回されてさー」
「えぇ……、マジで?」
「マジマジ」
確かに今の船木は美少女にしか見えないけど……ナンパ掛けたヤツは正気か? まさか女装と分かったうえで声を掛けているのか?
「1人目はまだ面倒なだけのナンパだったんだけどさー」
「面倒なだけで十分迷惑なんじゃ……?」
「2人目がマジで意味不明でさー、ここをメイド喫茶か何かと勘違いしてたみたいでさ」
「うわぁ……」
ここは女装喫茶と銘打っているし、衣装もややそれっぽい感じでこそあるが、別に女装メイド喫茶ではない。
「『ラブを注入してくださーい!』って言われてさ」
「女装喫茶でそれ頼むのか……」
「まあ、面倒だからやったんだけどさ」
「いや、やるなよ。他の女装担当までやらなきゃならなくなるでしょうが」
「いや~、すまんすまん。だって面倒だもん」
「『だもん』って……」
「あ、そろそろ俺、次出る時間だ。じゃ、頑張れよ美少女~」
そう言って船木は出て行った。
「俺もああいう変なのに出くわしたら……まあ無いか」
こういうことは変に構えたら出るっていうし、それに気を取られててもウェイトレスの仕事に支障が出るかも知れないから、考えない方が良いか。
それに実際、俺は今まで1度もナンパされてこなかった訳だし。
そんな考え事をしている内に休憩時間が終わり、再び接客へと向かうのであった。




