22話 祭囃子と男女一組
「こう見るとお前、本当に女の子になったんだなって」
「うるせぇっ……」
何故こんなやりとりをすることになったのかというと、それは一昨日までに時間は遡る。
それは夏休み最初の1週間程の合宿とはまた違い、8月入ってからの2泊3日の合宿から更に数日経った、ある日の昼過ぎのことだった。
『明後日の祭りって誰かと行く予定あったりするか?』
無い。とメッセージの返事をし、幾度かやり取りをして、今日の予定が入った。
そして今。俺の目の前には浴衣姿の実が立っていた。
「似合ってるぞ」
「うるせぇ」
「よっ! 絶世の美少女」
「黙れ」
藍色を基調とした落ち着いた色の浴衣で、実のクールな雰囲気によく合っている。髪はポニーテールをアレンジしたような髪型で、浴衣の雰囲気に合っている。
俺の褒め言葉にうざったがりながら、多少なりとも照れはあるらしいのか、ほんのりと上気した顔は相乗効果もあって、潜在的な艶やかさが引き立っていた。
「それにしても、荷物まで浴衣に合わせて来るとは」
「コッチの方が似合うからって母親と妹が……。まぁ、今持ってる自分のカバンは野郎が雑に扱ってもいいと思えるようなヤツばかりだからな」
「その服とは流石に合わないか」
「この服着させられた時点で大体諦めてたからこれくらい別にいいけどな」
実が持っているのは和風な柄の小物入れだった。
コイツがいつも持っていたようなナップサックのようなカバンでは浴衣に合わず、風情もないだろう。実が例えソレを気に入らなかったとしても、浴衣を既に着ていた時点でその小物入れが最適解だったな。
「じゃ、待ち合わせ場所に行くか」
「……そうだな」
海に誘われたときのように、実は他のヤツらも誘っていたらしい。
「何人来るって?」
「4人誘って、1人は親の実家にいて、もう1人は出来た彼女と行くらしいから来ないらしい。残りの2人はまだ返事返ってきてないな」
海の時と似たようなもんだな。今回はどうなるか。
「っと、この辺りか?」
「ああ、確かにこの近く」
待ち合わせ場所に着いてはみたものの、それらしき人影は未だなかった。
「待ち合わせの時間まであと何分くらい?」
「んー、あと5分あるかないかくらい」
「それまで待つか、呼んだのはクラスのヤツらだろ?」
「う、うん……」
「アイツら本当、学校でも外でも到着ギリギリか過ぎたくらいで良いと思ってる節あるからな」
家とかに呼んでいるならともかく、外で合うなら5分前くらいには到着していて欲しいな、マジで。
そして5分後。
「あ、返事来た」
「何て?」
「『さっき通知見た。別件あるからパス』……ってさ」
「おぉ……そうか」
十中八九最初から見ててそういう体を演じたな。いや、元がズボラだからそれもあり得ないこともないけれども。
「もう1人の方は?」
「返って来てない……」
「はぁ……」
無視、の可能性が高いだろうなぁ……。
「行こうか」
「……うん」
実は少し落としたトーンの声で頷いた。
「よしっ、1つゲット!」
「おー、おめでとう」
数分後、射的の屋台で仕切台から身を乗り出すように手を伸ばして撃ち、景品に当てて落として喜ぶ実の姿。
何はともあれ待ち合わせ場所での落ち込んでいた雰囲気は紛れて良かった、と、思う。
「増良もやってみろよー」
「え? 俺はいいよ……」
「もう金払ったよ?」
「手際良すぎだろ……」
どれだけやらせたいんだか……。
「まあいいや。で、どれを狙えば良い?」
「何でもいいけど……じゃあ、1番奥の1番デカいので!」
「OK、1番前のな」
「聞いた意味!?」
「手慣らしだよ……」
脇だけ締めて後はテキトーに。よっ、と。
引き金を引くと銃はパンっ、と軽い音を立てて、詰め込んだコルクを銃口から弾き出した。
「増良……1回で落とすって、そこそこ上手いのな」
「そう?」
「俺は2段目のヤツ落とすのにコルク全部使って1つだけだったけど……」
それを考えたらそうか。意外と射撃の才能があるのかな、俺。いや、空気銃だけの才能かも知れない。
「で、1番奥の1番大きいヤツ、か……」
一息入れて、対象を見据えて、銃を構える。
「増良――」
「静かに」
「いや1番奥なんだし、そんな構えするよし腕伸ばした方が――」
「静かに」
「っハイ」
射撃。
「当たった……あ、でもやっぱ遠いから当たって揺れても倒れなかったね」
実がそんなことを言っているが、コルクはまだあと3個ある。
「取る」
「お、おう……でも同じことが起こるんじゃね……?」
実は首を傾げて目を丸くしていたが、それは早撃ちをして、力を合わせて落とせばいいだけだ。
「ふぅ」
3回の破裂音。
その後に、落下した音。
「す、すげぇ……」
「ア、アンちゃん、すげぇなオイ……」
実はもとより、屋台の店主まで眼を剝いて驚いていた。
「ほら」
「あ、ありがとう……」
「結構凄いことらしいからもうちょっと褒めろよ」
「いや、凄すぎて言葉が出ないわ……」
なんだそれ。
その後、他の屋台などを楽しみ、屋台の通りを離れ、一休みすることにした。
「神社の周りはやっぱ静かだな」
「もうちょっと奥に行かない?」
「夜の神社ってあんま中に行かない方が良いって聞くけど……」
出るとか神隠しに合うとか、そういった霊的なものから普通に電灯が少なくて危ないとかなんとか他、現実的に危ないなどもある。
「祭りだし大丈夫だろ」
「それもそうかぁ?」
実はのほほんとしていた。
「それにしてもお前、色々買ったな……」
「そう?」
「そう」
実はこれまで屋台で色々買っていた。チョコバナナにウインナー、そしてたこ焼き、水風船のヨーヨーも持っていて、傍から見ても祭りを楽しんでいるように見える。
因みに俺は射的で獲った商品3つとお茶をカバンの中に入れ、焼きそばを手にしていた。
「どれか1つ2つ、こっちのカバンに入れておくか? その小物入れには水ヨーヨーくらいしか入らなさそうだし」
「……勝手に食うなよ?」
「食わねぇよ。横で食べるんだから見りゃ分かるだろ」
食い意地を張ってジト目でこちらを見てきたが、信用を勝ち得たのかチョコバナナにウインナーを渡してきたので、それをこちらのカバンの中に入れた。
「じゃ、食べようか」
「ぅしっ、いただきま――」
——ッ。
「ん?」
「は?」
「今、何か言った?」
「言ってないけど……」
実は何かの音声を捉えたようだったが、俺は残念ながらそれを捉えることはできなかった。
「何の音? 人の声?」
「そんな感じなような気がしたけど……」
そんなことを言いながら、実は神社の社の周りを沿うように歩いて行った。




