18話 明き初めの海
『おい、海行くぞ』
合宿が終わり、青春を感じる切符で1日掛けて、ダラダラと地元に帰ってきたその日の夜、実からそんなメッセージが届いた。
『別にいいけど、いつ? 他に誰と? 具体的にどこの海に? どうやって?』
そもそも実は今の状態で海に行っても楽しめるのかという疑問はあったが、向こうからの誘いなので流石にその辺りは考えているだろうということでその疑問は封じた。
『明後日、他も誘ったけど来るかは分からん、最寄りのとこ、自転車』
その辺りはちゃんと考えてるのか。今の実が誘って来るヤツがどれ程いるのか、という話もあるけど、それをヤツ自身に聞くのも酷だろう。俺を挟んで誘っても結果はそれほど変わらないだろうし、ついでに親友をクッションに誘うという印象低下の懸念もあるかもしれない。考えすぎか。
『泳ぐの?』
『どっちでもいいけど……態々買っていくよりかは学校指定のヤツを一応持っていこうと思ってる。そっちは俺の水着とか見たい感じ?』
水着そのものを持っているのかという疑問はあったが、そういや学校指定の水着自体はあるよな。TS病は1、2ヵ月で戻るモノではないと聞くし、その間に水泳の授業はある。当然だな。両方釣りを趣味にしてないから海に入らないことには海に行く意味もあまり無いし。
『それこそどっちでもいい。泳ぎたいかどうかは置いておくとして、そっちの水着を着たくないなら着なくてもいいし。そっちが持ってくなら一応水着だけは持っていこうかな』
『ふーん』
“ふーん”て。まあいいけどさ。
兎に角明日は今日家に持ち帰って一時的に置いておく分の整理と、明後日に向かっての準備か。合宿が終わった後すぐだというのに、忙しいもんだな。
≪♪~~≫
そろそろ降りる駅か。使える種類が急行や快速急行までで、特急が使えないので、本当に時間が長かったな。分かっていたとはいえ、夏なのに空は真っ暗だ。
今日は全てを片付けるのは無理だな。軽く片して風呂入って寝ようっと。
「重い……」
1週間ほどの合宿の疲れもあるはずの身体と、衣服やお土産で重くなった鞄が夏らしいイベントを前に軽くなった気がしたのだった。
2日後。
「暑いな……」
もうすぐ集合場所だが、夏の暑さにうんざりしてしまう。
2日前は少し楽しみになっていたが、今はややその楽しみは低減していた。
昨日の夜に知らされた今日の予定について、海に行くのは俺と実の2人だけだということだった。
野郎だけとは言え複数人で馬鹿みたいに騒げばそれなりに楽しくなるだろうと思っていたが、まさかの全部キャンセルということらしい。
いくら今の実の身体が女だからと言って、中身は男だし、見た目も多少女っぽさがある程度だろう。野郎2人、夏の思い出……哀愁多めになるであろう旅に楽しみである感情と、ほんのりとした虚しさに、遠くの山の緑の影を見追った。
遠くを望んだ目を広角に戻して前、すぐそこの集合場所を見やった。
「おーっす」
「おはよー……って、お前、それ……」
夏の暑さに気持ち揺れていた情景が鮮明になると、待ち人の輪郭がしっかりと目に映しだされた。
声色こそ何も変わっていなかっただけに、その姿が夏休みに入る前と比べてかなり異なるモノであったために、頭が多少混乱してしまった。
「……なんだよ」
そこにあったのは、級友の姿。それが理解できてしまうだけに、動揺してしまう。
俺が想像していた姿とは、多少整えた程度の野郎のような短髪で、服装も男でも女でも通りそうなユニセックスファッションを身に纏っているモノだった。
しかし目の前にいるのは、髪はポニーテールであり、上の服こそ薄手のYシャツで女性らしさはあまり無いが、下はズボンではなくミニスカートだった。靴下やタイツのようなモノは履いたスニーカーの隙間からは見られず、恐らく裸足かくるぶしソックスであり、太ももとふくらはぎが輝いていた。
Yシャツも白の薄手であったため黒い肌着らしきモノが少し透けて見えているし、そもそも男の時のモノを着ていて、胸囲が少し足りないのか第三ボタンまで取れてしまっている。意識して見たつもりはなかったが、やや谷間のような胸の筋が見えてしまった。
「……めちゃくちゃ可愛い」
思わず出てしまったのは、そんな言葉だった。




