153話 MATCH ENDS
「私と、付き合って下さい」
その返答に感謝の言葉を述べる前に、実の身体を引き寄せ、抱き締めた。
「あ……」
実は驚きの声が漏れて硬直した。が、すぐに状況を呑み込めたのか、実から俺の身体を抱き締める感触が届いた。
そして互いに抱き締め合ったまま、数分程度が過ぎた。
「暗く、なって来たね」
「そうだな……帰ろうか?」
「……うん」
素直に肯定した実の声は、名残惜しさを抱えていた。
「まだ抱き締め足りなかった?」
「そうじゃないけど……大丈夫だから」
「……そっか。何かしたくなったりしたら言ってくれよ。俺、そういう雰囲気読み取るの、鈍いらしいから」
「ありがと……」
その言葉に嘘は無い様に感じたけど、別のどこかに何かを求めているような気はした。
「……」
「……」
駅へと向かう中、2人の間の会話は消えていた。それは満たされているような、物足りないような……。
「あぁ……」
「うん?」
「何でもない」
気づきが俺に声を発させたが、それを態々口に出せる程、勇敢でもなかった。
だから、何でも無いフリをして、黙ってそれに踏み出すことにした。
「……!」
実は少し驚いた顔をした。今までも同じようなことを何度もしたことあったのに。
「どした?」
「な、何でも、ない……」
改めて実の顔を確認してみると、明らかに照れている顔をしていた。やはり2人の関係性が変わると、今まで普通だと思っていたことをしているだけでもこうも感情が変わるモノなのかと思う。
俺は実の手を握っていた。
暖かくなる日はあまりしていなかったことだけど、これからは暖かくても、暑くても、する日も今よりは多くなるのだろうと感じる。
「でもちょっと……」
「ん?」
「握り方がいつもと違ったから、それで……」
「なるほど」
握っている手からキュっと圧が加わった。
そう。
いつもは手の平同士で握っているだけだったけど、今の俺たちは指を絡ませ合って握り合っている。
動悸が加速していくように感じるのは、この「いつもとの違い」から緊張して手汗を掻いているのかその湿り気が気になって、殊更緊張しているからかも知れない。
「ここで手を離すのは……勿体ない気がするね」
実は近づいてくる自動改札を前に、そう言ってこちらに目を向けてきた。
「まあ、それはしょうがないことだし?」
「うーん……」
理解はできて、受け入れることができても、納得はしていないようだった。
「!」
車内の人はまばら。2人並んで座ることは出来るし、周りに人も少ない。
誰からの目も向けられていないことを少しだけ確認して、実が自身の膝上に乗せていた手の上から、俺の手を重ねてみた。
「……」
2人、何も言わず、ガタンゴトンという列車が進む音だけが響いている。
会話が無いのは歩いていたときと変わらないけど、その時と違うのは、列車が加減速するときに感じる肩からの重み。
そしてその肩からの重みを数度感じたその時、実からの声。
「降りないと……」
声を聞いてその顔を見ると、さっき見たような寂しそうな顔をしていた。
「また駅から出た後で」
そう言って一度、手に力を込めてから躊躇わずに手を離して立ち上がった。
「うん……」
寂しそうな顔は、少しだけ不満気な色が加わっていた。
駅を出て暫く、手を繋ぐついでに話でもしようとしたときだった。
「帰るの結構遅くなったけど、実は家に連絡とかって、って……」
「もう連絡してるから大丈夫」
実は何も無げに泰然と俺の握ろうとした手を握り返してきた。それどころか、腕を絡めてきた上にその豊満な胸を俺の腕に埋もれるかのように押し付けてきた。
「どうかした?」
「何でもない」
「……むぅ」
さっきの仕返しとばかりに動揺を誘ってきたようだけど、それに動じることも無く寧ろ身体を寄せ返してみせると、拗ねたように頬を含まらせていた。
「なんか……面倒臭い逃げ方して、ゴメンね」
「別に気にしないって。『こう』なれたんだし。……っと」
駅からの帰路はそこそこの雑談も増え、朗らかな空気が流れて、気が付くと家が見えるほどのところにまで辿り着いていた。
「あの……増良」
「ん?」
「ちょっとだけ、寄り道しない?」




