149話 COLLISION
「じゃねー、ばいばーい!」
熊手さんは実に何かを言った後、手を振りながら笑顔で立ち去って行った。
「なんか、変な人だったな……」
「……」
「ん?」
再び実の方に意識を向けると、心なしか顔色が失われているような気がした。
「実?」
「えっ?」
「大丈夫か……?」
「ああ、うん。大丈夫……」
明らかに反応が悪い。その上その表情からも何か無理をしているようにも感じる。
「体調とか――」
「本当に、大丈夫、だから……」
食い気味で否定されてしまった。これは……。
「熊手に最後何か言われたヤツか?」
「それは……」
実は俯き、目を逸らした。
「はぁ……。少し歩こうか」
「……」
返答は無かったけど、こちらがゆっくりと足を進めると、実は静かにこちらについて来た。モール内の植木のモノか、それとも外からの木々のモノなのか、夏に移ろうとする草葉の匂いがほんのりと湿気の乗った風が頬を撫でた。
「アイツに何か言われたか知らないけどさ、あんまり気にすること無いと思うぞ」
「……」
「だってアイツ、実が同じ中学ってこと、絶対知らないだろうし。熊手が俺の事か、実の事か知らないけど、何かしら言ったのって、そんなことも知らずに言ったんだから、気にすることなんて無いよ」
「……」
……こう言っても、無言のままか。一体何を言われたんだか。
「まー君……いや、増良はその……」
暫く黙って歩いていると、実が何かを口にしかけた。しかし結局、口籠ってしまった。
「……」
「……」
沈黙。
緩やかな風と雑踏だけが、時間が存在することを感じさせる。
そして沈黙に飽きがまだ来ないほどで、再び沈黙が破られた。
「増良は……さ、私のコト……どう、思ってる……?」
「それは……」
「どう」……か。
読めそうで読めない、実の心内。
この問いは、一体何を意図したものか。
実なりに何か考えがあるのは分かるが、その「何か」が分からない。
でも実が熊手の言葉に傷ついて、それについて何か救いのようなものが俺の口から出るのを望まれているのだとしたら、それに応えるべきなんだろう。
そしてその救い方――実が「どう」救ってほしいのかが分からない。
親友として慰めて欲しいのか、異性として……求められているのか。
どちらとしても、俺が言うべきことは――
―Minol Side―
「俺にとっての実は……」
「……っ」
自分から訊こうとしたのにも関わらず、その先の言葉を聞くのが、どうしようもなく怖くなった。
少なくとも、ネガティブなことを言われるコトは無いと思う。……思いたい。
でも、ただの友人と答えられたら。それだけならまだしも、万が一、私の存在を否定するようなコトを言われてしまったのなら。
「ごっ、ゴメン!」
「実!?」
私はその悪い想像が現実になってしまう可能性に耐えられず、その場から走り去ってしまった。
私は馬鹿だ。大馬鹿だ。
少なくとも増良は落ち込んでいるように見えた私に慰めの言葉を掛けてくれた。本当はそれだけで十分だったのかも知れない。でも私は、求めてしまった。その先を。
もとより「その先」を求めてはいた。でもそれが、相手の口から今の自分の立場を利用して、断らせにくくさせるような言い方をしてしまうなんて。
「はぁ……はぁ……はぁ……、はぁ……」
肩で息をしていても、過去最大と言ってもいい程の自己嫌悪が溜め息を吐かせた。
「もう……、いいや……」
このまま、もう帰ってしまおう。
そしてこんな私なんか、嫌われてしまえばいい。
こんな私なんか、増良の隣に……近くに居て良い存在じゃない。
あんな形で走って去っていって彼には困惑を残してしまうけど、それも含めて私をより嫌ってもらうことこそ、私自身に対する懲罰として充足するのだと思う。
「はぁ……」
再び、溜め息。
息が整ったかを確かめ、駅の方へと歩き出した、その時だった。
「実!」
私がどうしようにも断ち切りたくて、何よりも待ちわびた声が、私の足を引き留めた。




