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143話 GRIP

―Minol Side―


「まー君が食べてるのって、なんだったっけ?」


「ん? 俺が頼んだのは和風パスタだけど? 食べる?」


「あー……今日は止めとく……」


「そう?」


 以前なら何も問題なく平らげていたし、彼の提案も受け入れていたと思う。けど、今となっては彼の前でご飯を多く食べることすら躊躇われてしまう。緊張して食べ物が喉を通らないというのと、彼の見る目が気になってしまって……、というのが。


「それはそうと、実のは……なんだっけ?」


「カルパッチョとカプレーゼ?」


「午後に実がどういうことしたいかとかまだ聞いてないけど、それで足りる……?」


「アハハ……多分……?」


 私が立てた予定でも確かにこれは多少、少ないかも知れない。殆ど野菜だし、野菜以外はチーズと魚。さっきの「緊張して喉を通らない」というのも勿論あるけど、私の「予定」だとあまり匂いの強いモノを食べるのは憚られた。


 まー君の提案を断ったのも、その「予定」に響くかも知れないと考えたため。彼が今、食べている和風パスタはそれなりに爽やかそうな香りがしてるけど、万が一の考えと、その「予定」の中でするはずの行為で、2人とも全く同じ食べ物の匂いがしているのはどうなんだという考えもあった。


 そこまで流れをもっていけるかどうかは兎も角として。


 なので、その流れに持っていく為に、一つ、仕掛けてみる。


「まっ……、まー君はさー?」


「んー?」


「いっ今、気になる人とかって……、いたりする?」


 これは結構攻めたぞ私……っ!


「気になる人?」


「う、うん……」


 さて、どう出る……?


「あー……そうだなぁ……。後ろの席の、パスタをズルズルってダイナミックな音を奏でてるおっさんかな……?」


「え?」


「え?」


 え?


「えーと……、まー君って……、もしかして、男の人のコトを恋愛対象として見てる……の……?」


 元男としてはどういうリアクションを取れば良いのか分からない……。喜べるのか、それとも今は身体が女だから落ち込むべきなのか……。


「え? ……あーいや、そういうことじゃなくて、気になるって言うのは食事中に何かこう……変なというか、不快に感じるようなことがあるかどうかを聞かれてると思ってた。ゴメンゴメン、勘違いしてた」


「そっ、そうなんだ……ホッ……」


 互いに不幸な行き違いがあったみたいだ。私は明らかに緊張してるからだけど、もしかしてまー君もそこそこ緊張してる、してくれてる……のかな? 私の自意識過剰?


「で、実の言う『気になる人』ってのは、恋愛対象として見てる人がいるかどうかってこと……で、良いのかな?」


「は、はいぃ……」


 誤解は解けて良かったけど、私の質問はまー君によってより鮮明度の高い質問へと換えられてしまい、何か詰められた感じになってしまった。


「うーん……」


 外を望む窓を眺めて静かに深く唸るまー君の瞳には、何が映っているのだろうか。


「ふむ」


「……ん」


 彼が何を答えるのかを決めたらしく、その答えを受け止める為、どうやら私は無意識に息を呑んでいたらしい。


 そして間もなく、答えが出た。


「“今は”……ナイショで」

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