140話 PUT IN GEAR
「これで良いかな……」
春に合った服装だとかファッションだとかというモノはあまり分からないけど、特に変な服では無いはずだし、それなりに清潔感はある……と思う。それなりにシンプルではあるけど、安っぽい感じではない。かといって無駄に高級な感じでもない。攻めてないけど守りのファッションとしてはまあまあと言ったところか?
兎にも角にも、実の目に適わないといけない。
「……行ってきます」
最後まで不安感はあったけど、遅れてもいけないので、取り敢えずまとまったかたちになったところで、10分前に目的地に着くように家を出た。
家が隣なので、出るタイミングが同じだとそこで会うことになるのはよくあることだけど、今回に関してはそうでは無かったみたいだ。
今回の遠出について、春の連休の初日ともなると混むのは簡単に考えがついたので、2日目以降にという話になった。そして、2日目である今日が予定日となった。
そして、目的地。地元から少し離れたところに行きたいとのことで、集合場所は最寄り駅となった。
時計を確認する。俺が想定していた通り、集合時間の丁度10分前。
辺りを見回して確認するが、そこに実の姿は無かった。
ふむ……10分は流石に少し早過ぎたか? どうやって時間を潰そうかと駅の時計を見ながら考え、再び駅全体を見渡すと、小走りでこちらにやってくる少女がいた。
その姿に多少の見覚えはあるものの、俺の記憶に居た彼女よりも数段の可憐さ、清廉さを感じ、そして今まで感じたことの無い端麗さを備えていた。
「お待たせ。……待った?」
「……」
「まー君……?」
ちょっとどころではない。大いに面喰ってしまった。脳の処理が追いつかない。
「ま、まー君、大丈夫……?」
「あ、ああ……。問題無い……」
少し落ち着きを取り戻したところで、耳に実の声が入って来た。反応を返すも、どうにも落ち着かず、ぎこちないモノになってしまった。不審に思われていないだろうか?
「待ちすぎて熱中症とかになってない? それとも貧血とか?」
「ぜっ、全然、待ってない……。熱中症でも貧血でもないから、安心して」
「……そう?」
もっと堂々とするために落ち着きたいところだけど、今の実の姿が先ほどまで考えていた想像以上の破壊力だったために、直視することができない。実もこちらを見なければそれである程度実の方を見ずに堂々と出来たはずだけど、俺のことを心配している実はこちらの顔を覗き込んでくるため、たとえ声が上擦っても、実の方を向くしかない。
服自体は先週見たし、メイクや髪型なども前の週頃からあまり変わらずだっために慣れていたはずなのに、これらが合わさるとこうも心を揺さぶってくるとは思わなかった。
なんだこれは……。
「まー君、その……」
「え?」
「前に選んでもらった服、なんだけど……」
今、考えていたことについて、実からの問いだ。何がどう来るんだろうか……緊張して変なことを言わないようにしないと。
「どう……、かな……?」
思考と意識が加速する。
「どう」と来たか。これは難問だ。関係性が薄いと無難に褒めておけば良い気もするし、ある程度深い仲なら多少軽口でも言えば良いような気もする。でも実は前に「期待してて」なんて言うもんだから流石に軽口はダメなのかとも考える。でもやはり友人として多少面白みのあることを言わないと気恥ずかしさというか、今の俺たちの間柄だと変な雰囲気になってしまうというか、なんというか。嗚呼、こんな考えをしている間にも実の表情が不安に曇っているような気が、これは早く安心させないとでもやはりユーモアを入れて尚且つ茶化し過ぎないくらいには褒めた方が――
「可愛いっ……!!!」
「えっ!? あっ……あり、がとう……」
「あ」
……あー、流石にこれはドン引きされたか……? 実も心なしか困ったような、苦笑いをしそうな感じの表情をしてる。朝っぱらから、公衆の面前で、しかもこんな大声で……他にも「似合ってる」だとか、普通かつ汎用度の高い褒め方なんか色々あるだろうに、考えの勢い余ってこんなことになってしまうとは……。
「じゃ、じゃあ取り敢えず、行こっか……?」
「お、おう……」
そう言って実は手を差し出してきたので、その手を握って駅へと向かうことにした。
うーん……。実の考えが分からない。ドン引きされたかと思えば、自分から手を握ろうとするくらいには引いてはいないのだろうか? どういう想いで実がこの遠出をセッティングしたのか分からないけど、この出だしはダメな気がするな……。




