136話 COUNTER STEER
春の大型連休……の1週間前の休日。
最寄りのショッピングモールの待ち合わせ場所で待つこと数分。
「おはよ」
「おう、おはよう」
「待った?」
「全く。待ち合わせ時間まで数分あるし、気にすること無いよ」
「ありがとう」
実が普通の女子のように見える格好で来たけど、ある種もう慣れた感じはあるな。
以前なら緊張していたけど、女性らしさを徐々に増やすような形だったおかげ(?)で俺も急な感性の変化で今以上に心の距離感というか、気まずさが増していたのかも知れないな。
実自身が距離感を開けたくなかったからか、俺に対する気遣いか、それともただただ感性が徐々に女性側に寄り始めただけなのか。
兎にも角にも今以上に疎遠にならなくて良かったと思うばかりだ。なんて、数か月に1回は思ってる気がするな。
そんなことを考えていると、今回の目的地に到着した。
「そういえば実ってTS化してから結構服を買うようになったよな」
「そ、そうかな?」
「前に新しい服買ったって言ってたのは2か月前くらいだったような……? 男の時はそもそも季節の変わり目に買うかどうかってくらいだった気がするなぁ……。必要以上のモノは買わない、みたいな」
「あー……言われてみればそうかも」
「そんなに服とか買って大丈夫なの?」
「お年玉とかお小遣いとか、元々あんまり使ってなかったし、服なら多少は必要経費で家から出してくれるから」
そんなもんか。
と、いう訳で、何故か服屋に来ている。別に大型連休の時に行けば良かったとも思うけど、実曰く、「今週末が良い」とのこと。なんでだろ。別に良いけど。
「まー君って、今の私だとどんな服が似合うと思う?」
「今の実?」
「そう、髪型とか、雰囲気とか含めて……っていうか、それに合わせた感じだと、どういうのが良い?」
「うーん……」
前にも言ったと思うけど、俺はあんまり女性の服装だとかに造詣がある訳じゃない。それは実も知っているだろうに俺に聞いてくるということは、俺の意見がそこまで重要ということなんだろうか。……自意識過剰かな。
「印象とかだけでも言って欲しい感じ……ある、けど……」
「あー……」
今の実の印象かぁ……。全体として清楚な印象と明朗な印象、その両方がある様に感じる。清楚な印象は顔髪型、明朗な印象は今の服の印象から。明朗としたのはアクティブという程ではないけど、ただ清楚なだけではない印象があるからだ。あと、髪型は以前に実に良いと言ったと思う、もみあげあたりの髪を三つ編みにして、それ以外を下ろしたロングの髪型だった。
正直、活発な感じも清楚な感じも似合っているとは思うけど……。
「個人的な好みで良い?」
「勿論!」
「所謂、清楚な感じ、かなぁ……?」
俺は意図して女になった訳でもない元男に対して、一体何を言ってんだ。
「清楚な感じ……」
呆けているようにも見える真顔で俺の言葉を復唱した実。ポロっと出た言葉とはいえ、コレは流石に引かれたか……?
「ふむ……」
実は服を掛けてあるラックの方に振り向き、2、3枚取ってこちらに見せてきた。
「こんな感じとか……こんな感じ?」
「どっちかというと……右手側の感じ……かも?」
「なるほど……」
実が右手に持った服を観察するようにまじまじと見ている。心内安堵のため息。どうやら引かれてはいなかったようだ。
今回のショッピングは遊びというよりは本当に新しく買うために見ているようで、時間は多少掛かりはしたけど服を上下1式と靴を1足買ってから昼飯を食べて解散することになった。
……俺としては色々な実の服を想像できたりして楽しかったのはあるけど、どうして俺と一緒に買い物に出たりしたんだろう。少なくとも前までは遊びメインで出掛けることはあっても、ほぼほぼ買い物だけという目的で出掛けることは今までに無かった気がする。
実、最近は何か色気づいて来たというか……いや、これは俺の憶測に過ぎないしそこからの考えも連想ゲームみたいなものになってしまう。
「じゃあ、またね」
「ああ、また学校で」
手を振る実の姿を見て、さっきまでの考えを振り切り、ただただその姿だけを目に焼き付けることにしたのだった。




