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127話 リゾルブ

―Minol Side―


 ガンマイク。極々僅か、局所的な領域だけに指向性が向けられており、遠くの場所の音でも周りの騒音などを混入させずに捉えることのできる、特殊な集音性の持った長めのマイク。勿論それは繊細な集音能力があるからこそ成せるわけで……。


 つまりそんなものを素手で持っていると、手の脈拍がマイクに乗ることも少なくない、ということ。


 まー君がガンマイクを指して「布……巻いてた?」と聞いたのは、手の脈拍がマイクに乗らないように対策はしていたのかということの確認のためだったらしい。


「乗っちゃってるねぇ……」


「乗っちゃってますねぇ……」


「申し訳ありません……」


 撮影の為に数十分、台詞を噛んだり忘れたりして、最後に集中して成功させたのが水の泡。そしてその責任は全て私。今はただただ頭を下げるしかなかった……。


「ま、これも1つの経験というか、練習だと思えば良いから。クヨクヨしてても仕方ないし、も1回撮り直しに行きますか」


 制作責任の言葉に救われる。が、それはそれとして申し訳なさが更に肩にのしかかったような気がした。


「データは?」


「PCに移したときにカード側のは消したので、両方そのまま使えます」


「じゃ、取り敢えずすぐに撮り直そっか。時間が掛かって撮影環境が変わっちゃっても編集が面倒になるから」


 と、いう訳で再び屋上に戻って撮影を再開することになった。


「カット……!」


 数十分ぶり2度目のその声。


「じゃ、確認と行きましょうか」


「……、はい」


 その言葉に思わず、生唾を呑み込んでしまった。


 私の脈が入らないようにマイクを持つ手をちゃんと布で覆って録音したけど、それが確実な手段であるとも限らない。少なくとも、正規の方法ではないみたいだし。


 それ以外にも、ちゃんと録画がされているかとか、他にも勿論懸念されるようなコトはある。……さっきした私のミスが大きすぎて、それが気になって仕方ないだけで。


「……うん、大丈夫」


「ほっ……」


 思わず安堵の溜め息が出てしまう。


「じゃ、続けて撮りましょ。出来れば撮影は今日中に終わりたい」


「行きましょ行きましょ~」


 この後、私の脈が録音機材に入ったり他のトラブルに見舞われたりすることもなく、私の不安も杞憂に終わった。とある委員が言った通りにこの日中に撮影を終えることが出来た。


「撮影は終わったけど、帰宅時間まではまだ少し時間あるな~……」


「一時は本当にどうなるかと……私の所為で大変なことに……」


「ま、いいじゃん。何とかなったし」


 まー君は私がどんなに自責の念に駆られても、慰めてくれるのだからまた勘違いしてしまいそうな。


「そういや、最初に撮った映像見てて思ったんだけど」


「え?」


 唐突に、何だろう?


「アレ、実の脈の音を拾ってるけど」


「ほう……?」


「よく聞いたら、脈おかしくなかった?」


「みゃ、脈がおかしい……?」


「ああいうのって不整脈って言うんだっけ?」


「えっ、本当に?」


 全く自覚が無いのが怖い。


「メインのPCは今編集で使ってるし、サブのPCで確認してみようか?」


「う、うん……」


 怖いもの見たさというか、好奇心が勝ったと言うか……。でも何か嫌な予感がしてしまうのは何でだろう?


「共有ファイルから出してっと……で、再生」


『ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……』


「今のところは普通……だよね?」


「うーん……」


 唸りながら私の心音を聞かれてるけど、そこまで真剣に聞かれると、少し恥ずかしいなぁ……。


『ドクンっぱドクンこにドクンだねドクン……』


『ドクなドクこドクとドクに』


「ほら、ここ」


「そ、そう……?」


 これ……は……。


「もう1回聞いたら分かる……と、思う」


『ドクンっぱドクンこにドクンだねドクン……』


『ドクなドクこドクとドクに』


「あーこれはーうーん……」


「分かりにくかったらもう1回――」


「いやっ、大丈夫だからっ?!」


「ああ、それなら良いけど……」


 女生徒が話しているときは安定したペースの脈拍だけど、まー君の声を捉えているとき――つまり、まー君の口をガンマイクで狙っていたときに、私の脈拍は、他のときよりも早く打っていた。


 これじゃあ、私がまー君の声を捉えるためにドキドキしてるのが知られてしまうんじゃないかと、一種の恐怖で背筋に冷たさがゾクゾクと流れたように感じる。


「んー、やっぱりこれ見て聞いてるとさ」


「は、はぃ……」


 き、気付かれた……?


「やっぱり不整脈か何かなんじゃない?」


「……びょ、病院とか、行った方が、いいのかなー、なんてハハハ」


 そうだった。


 こういうときに勘が鈍いのがまー君だった。


 自分の中でガッカリした部分と、ホッとした部分があるのは、やっぱり勘違いじゃないのかも。自分の秘めたる部分を好きな人に暴いて欲しいという捻くれた感情……みたいな。

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