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115話 プレデーター

「おっはよーうございまーっす!」


 元気よく放送室に入って来たのは彩梅ちゃんだった。


 昨日の今日でのことなので流石にバツが悪いけど、彼女は事も無げに笑顔で愛嬌を振り撒いていた。


「ここ、座らせてもらいますねー」


「え?」


 気づけば彩梅ちゃんは実とは逆側の俺の隣に座っていた。


「お昼お昼~」


 歌いながら弁当箱を広げる彼女は本当に何も無かったかのような表情だ。


「そう言えばセンパイ」


「……何?」


「チョコレート、どうでした?」


「あ、ああ……。美味しかったよ……はい。とろけ具合が良くて……」


「それなら良かったです!」


 話し掛けられた時、少し冷たさを感じたというか、緊張感があったというか、重めの雰囲気が醸し出されていて、ドキリとしてしまった。その後すぐに朗らかな表情が顔に映されたけど、さっきのはただの勘違いではないと思う。


「ん~! 今日もご飯美味し~!」


 こんなにも嬉しそうにご飯を頬張っている彩梅ちゃんだけど、机の下では俺の膝に彼女の膝が当たっている。というか、当てられている。いつぞやの外食の時のように足裏で撫でられるような明確に意図的で直接的な方法でこそないけど、これもまた意図的なものであると感じられる。


「……」


「……!」


 その考えを固められる要因の1つとしては、彼女が時折こちらに微笑みながらこちらをチラ見してくることが挙げられる。そしてその微笑みも、朗らかで清楚というよりは、挑発的で蠱惑的な魅力が感じられた。


「そろそろ昼放送始めるから準備してー」


「「「はーい」」」


 委員長が掛けた声で部屋の全員が動き出し、彩梅ちゃんの縮めた距離を離すことになった。離れた膝の感覚が覚えた人肌恋しさもあるにはあったけど、正直昨日のことを中心に罪悪感や気まずさの原因から離れられたことによる安心感があった。自分がその安心感を得ていることに、更に自己嫌悪を覚えてしまうなど。


 結局、この後は何事もなく昼放送を終えて、昼食の残りを食べて解散。午後の授業も何かが起こる訳でもなく、放課後となった。


「センパーイ」


「……何?」


 そして委員会の部屋で彩梅ちゃんと出くわした瞬間、彼女から話し掛けられた。


「今から時間、空いてます?」


「な、何するの……?」


「いや~、一緒にお出掛けでもしませんか? というお話です」



「えぇ?」


 アレ? 昨日俺が振ったのって夢だったんだっけ? 俺の妄想?


「というか、俺、企画……」


「ドラマは撮影も収録も編集も終わってますよね? ドキュメンタリーは立ち上げとブレーンストーミングしか関わってませんし」


「あーえと、ほら、個人の方もあるし……」


「別にそれは明日でも良くないですか? 気になる所があったらそこだけ家で練習すれば良いだけですし」


「それは……そうだけどさ」


 まるでボードゲームで一手一手詰められていくような感覚がしてくる。そんなことを思ったそのとき、彩梅ちゃんが急に距離を詰めてきて、耳元に顔を近づけた。


「『絶対に私に振り向かせてみせます』って……、言いましたよね?」


「……っ!?」


 朗らかにしていれば可愛い感じの声をしている彼女だが、掠れたような囁き声は、独特の魅力があった。


「じゃ、行きましょ?」


「いや、ちょ、待っ」


「本当に問題があるなら行くの止めますけど、理由が言えないなら来てください……ね?」


「せめて前! 前向いて歩かせてってば!」


 いくら察せられている可能性が高いとはいえ、俺の想い人が実であることを、本人を前にして、それも他の人が多くいる委員会室で言うことは出来なかった。


 動揺と混乱の中、実の背中に視線を向けながらも彩梅ちゃんに引っ張られていくしかなかったのだった。

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