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112話 後味はビター

「あ……え」


 目の前の彼女は、まともに言葉を発することが出来ないほどに、ショックを受けているようだった。


「本当、ごめん」


「そ……、それって……」


「付き合うことは、出来ない」


「そう……、ですか……」


「ああ」


 そして、暫くの沈黙。この空気に、押し潰されそうだ。


「なんで、付き合うことができないのか、聞いても、良いですか?」


「それは……」


 どう、答えようか。


「……」


 彩梅ちゃんは涙を流すことなく、恐る恐るこちらの瞳を覗き込んできている。


「好きな人が、いるんだ」


 俺の心の中に居る人は、彼女の身内。後ろめたさからか、気まずさからか、口にすることは憚られた。


「そうなんですか……」


 再び沈黙。


「センパイ」


「な、何?」


「チョコレート、もしき、気持ち悪いって思ったのなら、返して貰っても……」


「気持ち悪いとも思ってないけど……返した方が良いの? それはそれとして食べたいなー、とは思ってはいたけど……」


「そ、それなら大丈夫です」


「そう?」


 味に不安は無いけど、貰ったら貰ったで気まずいな……。


「最後に……ワガママ聞いてもらっても良いですか」


「な、なんでしょう……?」


 俺まで口調が変になって来た……。


「少し屈んで、目を閉じてもらえますか?」


「あ、ああ……」


 殴られてしまうのだろうか。流石に殴られる謂れは無いけど、空気に呑まれてそれも仕方ないのかも知れないと思ってしまった。


 取り敢えず息を呑んで、ゆっくりと奥歯を食いしばった。


 視覚以外の感覚が研ぎ澄まされているように感じる。


 そして感じたのは、頬への殴打の衝撃では無かった。


「え?」


 その感触に驚きを隠せず、思わず目を見開いてしまった。


「センパイは……、前に付き合っていた人やそんな感じの雰囲気になった人は、居なかったんですよね?」


「それは……そう、だけど……」


 頭の中が真っ白とは、こういうことなのか。


「じゃあ、センパイのファーストキスは盗らせて頂きました。おまけに一つ、宣言しておきますけど、センパイが誰を好きでいようと、絶対に私に振り向かせてみせますから。……それでは、失礼します。お時間を頂き、ありがとうございました」


「ああ、うん……」


 発する声すら奪われたような感覚になってしまったのは兎も角、どうしたって仕方のないことだけど、彩梅ちゃんは距離のある話し方になってしまった。


 最後に彼女が感謝の言葉を放った時、彼女の目尻には光るモノが見えた。


「はぁ……」


 曇天を見上げて、どうすれば良かったのかを考えてしまう。どうにもならない、ということに落ち着き、またウジウジと考えに耽ってしまいそうになったときだった。


「お疲れ」


 後ろから声を掛けられ、肩をトントンッと軽く叩かれた。


「よっ」


「実」


 今、会うには気まず過ぎる相手だった。


「実は今の……」


「本当に最後のがちょっと見えただけだけど……気まずい感じなのは感じ取ったって感じ? 内容は聞いていないけど」


「あー……具体的にはどこから?」


「2人が分かれる少し前から、くらい?」


「そっ……かぁ……」


 バレてないらしい。見られていたら俺は、どう答えるのだったのだろうか。


「慰めた方が良い?」


「いや、しなくていい」


 慰められるべきは俺では無いし、何よりもこの話題を続けていてはいつかはバレそうだ。まだ彩梅ちゃんのチョコレートも手に持ってるし。


「そか。じゃ、これ」


「え?」


 実の手には片手で持てる大きさくらいの袋があった。


「バレンタインでしょ、今日」


「???」


「中は……去年と似た感じだけど、コーヒー味のクッキー。甘さより苦さとしょっぱさを意識した感じだから、貰ったチョコレートが多くて口直ししたくなったら食べて」


「あ……、ありがとう」


「じゃ、私は帰るから」


「また、明日……」


 そう言って、実は足早に去っていった。


「……」


 それぞれの手に1つずつのプレゼントを見て、その情報量の多さから逃避するために、再び天を仰いだのだった。

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