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110話 しおらしさ

「ふぅ……ビターなモノでも結局チョコはチョコなんだよな……、ふぅー……」


 作業を始めようとするも、頭が甘ったるく重い感覚に陥ってしまっている。


「あのさっ」


 そんな俺の目を醒まさせてくれたのは、優しい声色だった。


「ん?」


 声の方に目を向けると、そこには机に手をついてやや屈み気味になっていた実だった。


「今から食堂に食べ物買いに行こうと思うけど、良かったら一緒に買ってこようかなって……。その……しょっぱいモノとか……」


 自分から話しかけてきたくせに何故か殆ど目が合わないほどに目を泳がせている。


「あー、いいかもな」


 斯く言う俺自身も屈まれた実の身体に育つモノが強調されているように見えてしまっているせいで、まともに実の顔を見れずにいるけれども。


「じゃ、行こうか」


「え?」


「え?」


 財布を確認し、席を立ってから発した言葉に、実は頭に疑問符を生やしていた。


「いや、一緒に行くんじゃ……?」


「私、一緒に買ってこようかなって言わなかった? アレ? 一緒に買いに行こうって言ったっけ……?」


「えぇ? あぁー……?」


 あっ、ヤッベ……実の方……というか胸を見ずに顔を見ようと意識し過ぎて話ちゃんと聞いてなかった……。


「取り敢えず……行こっか。ちょっと頭切り替えたくもなってたし」


「う、うん……」


 俺のゴリ押しで話題を無理やり切り替えて、食堂に行くことにした。


「で、何食べる?」


「一緒に頼んでそれぞれ払うってので良いんじゃね?」


「元はと言えば私が買いに行くついでに買おうと思ってたし、別に良いよ」


「と言ってもなぁ……。他に生徒もいるし、女子に奢らせてるって噂でも流れたら流石にマズいから、俺も出すよ」


「それもそっか……。ゴメンね、変な気を遣わせちゃって」


「良いって。そんなに気にしてないし、実が気にすることでもないし」


 そんな会話をしながら、食堂の注文カウンターに立った。


「赤黒、どっちする?」


「黒で」


「まー君ってブラックペッパー好きだよね。私も好きだけど」


「黒の方が香りは良い様に感じるし、長い時間身体が温まる気がするからね」


「確かにそんな気がするね。私がブラックペッパーよく選ぶのもそれが理由かも。今まで考えたことも無かったけど」


 塩や黒胡椒を振り掛けてそんな雑談もしつつ、食堂の席に着いた。


「やっぱここの食堂は何でも美味いな」


「……ん」


 ポテトフライと唐揚げを食べながら、委員会の仕事について考えるなど。


「……?」


「……」


 ふと、視線が来ているような気になって前を見てみると、実はそっぽを向いて唐揚げを食べていた。


 その視線は気のせいだろうか。


 そのまま実の顔を見続けていると、曇り空が降らした鈍い光の反射光が実の唇を艶めかしく差していたのに気づいた。


 唐揚げの油分も照りを構成する要因になっていたりするのか。


 整った顔、俺の中の心象、そして光学的なモノから、実の顔を直視しづらい。……まあ、見てしまうけど。


「……何?」


「何が?」


「こっち見てたよね? 顔に何かついてる……?」


「いや……何でもない。本当に……」


「そう……?」


 さっきまでは実の視線が気になって探っていたのに、逆に今は自らの視線を逃がしている有様だ。


 実は怪訝な視線をこちらに投げかけた後、少しして飽きたのかその視線を机に向けて、ポテトを指に挟んでいた。


 口の中の甘ったるさはお陰様で霧散したけど、俺たち2人の間には気まずさが流れ、今の状態では2人で委員会室に戻るような雰囲気ではなかった。少なくとも俺はこの空気が気まずくて、帰りをずらさないと帰りにくさを感じるだろうな。


「実」


「もぐ……ゴクン。……どうかした?」


「外の自販機で飲み物買いに行こうと思うけど、何か飲むか?」


 取り敢えずこの場から離れてみて呼吸を整えてみることにした。


「はい、ロイヤルミルクティー」


「ありがと。まー君は微糖のコーヒーなんだ」


「無糖は苦手だけど、今はこれより甘いのは飲みたくない気分」


 甘さをしょっぱさで相殺したのは良いけど、それはそれとして別の味でまた塗り替えたくなってしまった。


「チョコに似てて、思い出して良くは無いんじゃない?」


「俺はあんまり似てるとは感じないかなぁ……」


 割と話し掛けてはくれるけど、目を合わせようとすると逸らしてくるのはなんでなんだろう……?

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