109話 素寄与懸
さて、バレンタインデーまであと約1週間。
我が校に於いて校則の中でチョコレートの持ち込みを禁止するようなものは無い。そして家庭科室の貸出も行われており、この時期からそこで練習を行う生徒も多い。
家庭科室から遠いこの委員会室にもチョコレートが香るのは、練習で作られたモノの匂いが届いている……訳ではなく、チョコレートの試食がここで行われている為である。
大抵、作った委員会員同士で調整しているらしいが、一部の委員が俺に味の確認を頼み込んでくることがある。理由としては、「男子の味覚で美味しいと思えるかどうか」というのが主な理由だ。
味の確認だけであり、1つ1つの量は少ないけど、俺に頼む委員は少なくない為、正直飽きが来てしまうこともある。バレンタインデーが過ぎたら、暫くはチョコレートを見たくなくなるくらいには。
そして今日も今日とて試食会。
「ではしー君、どうぞ」
「どうも」
彩梅ちゃんも俺に試食を頼んでいる人の1人だ。
「どうです?」
「しっとりと融けて後味もスッキリしてて、今までで1番良いと思う」
「ほうほう……じゃあ後はもっとその強みを活かして伸ばしていくだけでしょうか……?」
「そう……だと思う」
正直、かなりテキトーなコトを抜かしているので申し訳なさがある。彼女が生チョコを作っているのも前に俺がテキトー言ったことに起因しているし。
「じゃあ、これで定期的に渡しに来るのは以上になりますね。後は私が味の方向性に悩んだ時に来るかも……って感じです」
「そっか。じゃ、頑張って」
「はいっ! ご協力ありがとうございました!」
これでチョコレートを食べる頻度が減る。良かった。
彼女も彼女で自らの体重を顧みながら試食をしているのだろう。……頑張れ。
「はい、じゃあ細染君、次はコッチね」
「あぁー……はい、いただきます」
後輩1人の波状攻撃の終了が宣告されただけで、俺がまだ迎え撃たないといけないモノはまだまだ残されていた。
ま、タダで食べさせてもらえるだけマシだと思っておこうか。
―Minol Side―
「次は私の分もよろしくー」
「ういーっす」
ここ最近、まー君は他の女子生徒……というか、放送委員の女子からチョコレートを受け取っている。
バレンタインデーに向けての試食らしいけど、食べる彼の表情は多少無理している気がする。微笑んではいるけどその表情はチョコレートに飽きが来ている顔……である可能性が高い。若しくは甘さにうんざりしているというか……。
まー君のチョコレートの好みを聞こうとして数日、色々と物事が重なって今も尚それを聞けずにいる。元は相談相手としてまー君に私自身を選択肢に入れさせるための噛ましの話題だったけど、これ以外に相談相手についての話を出すのに方法が思いつかないというのと、バレンタインというイベントで距離を詰められれば、なんて思うのとがある。
これは余談だけど、キスした時のこととかを思い出して、顔が赤くなってそのことで更に恥ずかしくなって日和る、というのもある。加えてチョコレートにうんざりしていると来れば、その話題で切り出し難い。
お題を設けて逃げたり、感情を前に逃げたりと、自分が情けない。
「ふぅ……ビターなモノでも結局チョコはチョコなんだよな……」
まー君は一連の試食の頼まれた分を終えて、そんな言葉を漏らしていた。
彼が頼まれ事でこのような愚痴というか、弱音を吐くのは珍しいことのような気がした。
「……、ふぅー……」
委員会の仕事に再び取り掛かろうとして、彼は虚空を見つめて二度目の溜め息を吐いた。
人の不幸に付け込むのは躊躇われるけど、今までそんなことを理由にして逃げていた自分から変わらないといけない。息を呑んで意気込んでみる。
「あのさっ」
「ん?」
「今から食堂に食べ物買いに行こうと思うけど、良かったら一緒に買ってこようかなって……。その……しょっぱいモノとか……」
……逃げた。少なくともバレンタインの話題からは。




