101話 スプリングスハズカム
実の着替えに鉢合わせたあの日から数日経ったとある土曜日。正月気分も失せてきたこの頃のこと。
全く以って迂闊だった。
「センパァイ、何度言ったら分かりますか? しかもここ学校ですよ?」
「気を付けてはいたんです……それは本当に……」
「言い訳は聞いてないんですけど?」
「ハイッ」
鉢合わせたハプニングの件が記憶から一切風化しない間に、彩梅ちゃんから再度詰められる事態となっていた。
なぜこうなってしまったのか。メチャクチャ省略することも出来るけど、それをすると細部の理由が分からなくなってしまうため一応、1から思い出していこう。
まず初めに、休日であるというのに学校に来ているというのは、今日が我が校の学校説明会であるからだ。
我が校に於いて学校説明会は教員と生徒会、そして放送委員会で運営が行われている。
とはいえメインは教員が運営し、放送委員は説明会の音響設営とデモ映像を流し、生徒会は会長挨拶の他、校内案内をするというだけで、そこまで大層なモノでもないが。
前日である金曜日の放課後の内にある程度設営準備はしたものの、当日にもする準備はある。
映像チェックにマイクチェック、台本の再確認など。ま、機材なんて丸1日中点けていたら壊れるかもしれないから、日を改めてから再起動してちゃんと動くかの確認は必要ということだ。
それに、当日になって状況が変わることもある。
「え? 教頭先生が参加するって? 椅子とマイク……あとマイク用のケーブルも追加?」
「あ、私、手が空いたんで、椅子取りに行ってきます」
「それじゃあ、私はマイクを」
「マイク用の電池もお願い。ここにあるのだとギリギリだから」
と、彩梅ちゃんが椅子を、実はマイクを取りに行った。
……また、その上、前日に準備し忘れていたモノなども。
「これ……説明会の時にバックで流しておくCDの予備、用意するの忘れてない?」
「あー……そうですね。俺、取りに行きますよ」
「実ちゃんに連絡したら良くない?」
「マイクと電池とケーブルを持ったうえでCDは持ちにくくありません?」
「そっか。それじゃよろしく」
マイクなどの音響設備とCDは同じ放送室に置かれている。
「よっす」
「あれ? 何でまー君が……?」
「裏で流す用のCDの予備、忘れてたみたいで。実に頼むと手が荷物でいっぱいになるし、階段とか危なそうだったから」
「そっか」
CDはすぐ見つかったが、先に来ていた実は未だ何か探しているようだった。
「何がまだ見つからない?」
「マイク。他はあったんだけど」
そう言って実は手に握られた電池とケーブルを見せた。
「教頭のマイクとかダイナミックでいいだろうに……。そんなにコンデンサマイクが良いのかな」
「見栄ってヤツかもね」
「それでこんな面倒事を……」
愚痴を溢しながらマイクを探す俺たち。
「コンデンサマイクってそっちの棚に無かった?」
と、思い出して口に出す。
「そっか。そこはまだ見てなかった」
「後ろ、マイクスタンドに気を付けろよ」
棚に向かって正面の位置、マイクスタンドが無造作に何本も壁に立て掛けられている。
1本は数キログラムで、1本だけならそこまで注意しなくても大丈夫かも知れないが、それが数本ともなると危ない。
ま、複数人でわちゃわちゃと混雑しているのなら兎も角、1人なら大丈夫だろう。たまーにひとりでにマイクスタンドの山が崩れていることもあるけど。
「確かここに~」
スゥッ……。
「危ない!」
「えっ? 何?」
ドスン、と、背中に中々の重みが加わった。
先に思った途端に想っていた通りのことが起きてしまった。
因みにマイクスタンドに真正面から向かって取りに行かなかったのは体勢的に動きやすかったということと、顔面に当たったり、取りこぼしてしまいそうになったりするのを避けるために無意識に考えたから……かも知れない。
「マイクスタンド倒れてきた」
「え?……え?」
振り返った実は疑問の声しか上げられず硬直している。まだ倒れてない、そしてこれから倒れる可能性のあるマイクスタンドがあるかも知れない状態で固まられると困るな。
「危ないから、一旦退いて」
いつもより淡々として口調になってしまうのは、緊急時で語彙が出ないからだろうか。ギリギリで支えているため、すぐに退避して欲しかった。重さでそのまま実の方に倒れてしまいそうだ。
「あっ……、分かっ」
カァンッ。と、背中から乾いた音が響き、放送室の防音壁に吸い込まれていった。
実が最後の文字を言い終わる前に、その音の根源からの衝撃が、俺の背中を伝ってやってきた。
「痛ってて……大丈……ん?」
幸い右腕に寄り掛かるスタンドが無かったため、棚で自らの体重を支えようと手を前に出そうとしていたが、そこで手に違和感。
形容し難い、何とも言えない柔らかさ。
棚や壁の硬さではない、となると、人体だろう。高さ的にこれは……あー……この状況、非常にマズい?
ガチャッ。
「なんか凄い音が聞こえてきたんですけど、大丈夫です……か……?」
放送室の扉を勢いよく開けたのは、椅子を取りに行って戻る途中だったであろう、彩梅ちゃんの姿だった。
「え……?」
「嗚呼……」
「まー君……痛い……」
硬直し、だんだんと目が据わっていく彩梅ちゃん。
天に祈るような声が出る俺。
涙目で顔を赤らめながら艶めかしく痛みの声を上げた実。
そして、数日前と同じように、暫く記憶が飛ぶのであった。




