99話+ 比欲恋裡
「鍵は閉めないの?」
「ここはいつも鍵が閉まってない空き教室なんですよ」
ガラガラと音の鳴る戸を閉める彩梅ちゃん。
「じゃ、戻りましょ」
彩梅ちゃんは一歩進んで、はにかみながらそう言った。
「そう言えば聞きそびれたんだけどさ」
「何です?」
「彩ちゃんはどんな髪型が好きなの?」
「髪型……ですか……」
さっきはタイプだけ聞いたけど、これも一応聞いておこうか。この程度の話なら、委員会の部屋に戻るまでには丁度良い時間潰しになるだろうし。
「アップバングとか良いかなって思いますけど……しー君には合わないような気がしますね。あ、因みによく人気って言われているマッシュ、私はあまり好みじゃないですね」
「……アップバングって何?」
思い出した、“この問題”があるからこの話題は自分からしなかったんだ。この問題とは、あまり自分自身、男の髪型というものに詳しくないということだった。
「アップバングっていうのは――」
彩梅ちゃんの話を聞きつつ、彼女の好みの髪型について話しながら部屋へと戻り足を進めた。
―Minol Side―
「……やっぱりしー君は今のナチュラルな感じなのも良いですけど、レイヤーも似合うと思うんですよね~」
大会用の企画を推敲していると、廊下の方から声が聞こえて来た。十数年と聞いてきて、良くも悪くも未だに聞きなれない声だ。
あと、その“しー君”とやらは誰だよ。
「ゴメン、そのレイヤーってのもよく分からない。……画像ソフト?」
その会話の相手は、今多少顔を合わせにくい、私の意中の相手だった。よりにもよって、妹と話していた。
いつの間にか2人が部屋からいなくなっていたと思っていたら、2人してどこかにいたらしい。
「兎にも角にも、部屋に入ったら委員会の話だけにしようか。……戻りましたー」
声が入り口の近くになったため、そちらに向けていた視線を自然な位置に戻した。
「あ、しー君の企画なんですけど~」
「何か気になる所あった?」
嗚呼、もっともっと、部屋を出る前よりも何か2人の間の距離が縮まっているような気もする。
心にけりを付けたと思っていたのに、どうにも未練がましく思ってしまう自らの心の弱さ、醜さを見せつけられているようにも感じてしまう。
より冷静に、より落ち着いて。周りに気付かれないように深呼吸をして。
落ち着いていたら、後は時間が私の心をより穏やかに、何もかもを忘れさせてくれるはず。
「……で、彩ちゃんが特に気になったところは?」
そう思っていたところに、まー君の声が私の落ち着きを揺さぶった。
「……ふぅ」
溜め息を一つ。
心の中の葛藤で、自分自身の今したいこと、すべきことが分からなくなる。
この場から逃げたいという衝動と、それをすれば何か大切なモノを不可逆的に失ってしまうかも知れないという得体のしれない恐怖感に苛まれ、一歩も動けない。
「ここはこっちの方が……」
「でもそれだと結論のところで押しが弱く……」
脇見して2人を盗み見る。
私の葛藤が馬鹿馬鹿しく思えるほど真面目に委員会の仕事に臨む2人。
2人は私の悩みとは全く関係ない所で親しくなり、きちんと仕事をこなしている。
何もかも私が劣っているような気もして、でも逃げ出したらいけない気がして、委員会の仕事の悩みに加えてその悩みまで抱え、結局この日はどの悩みの解決策も殆ど見いだせないまま下校時間になってしまったのだった。




