97話 読み合わせ
―Ayame Side―
やってやる。今日こそはやってやる。
時間は無い。へこたれている暇も無い。
恐怖に一旦目を瞑り、飛び込んでみて何かを得る。
当たって砕けろ。フラれる訳じゃないし、砕けて心折れるモノもない。
「センパイ、ちょっといいですか?」
「ん? 何?」
「相談がありまして……場所を変えても良いですか?」
「分かった。ちょっと待って、10秒……いや20秒くらい」
そう言ってセンパイは机の上に出ていた台本やノートなどを片してから立ち上がった。
「で、どこで?」
「空き教室で……」
センパイを引き連れて、空き教室へと向かった。
「相談って言ってたけど……」
「今、センパイが作ってる制作の提案と、個人部門の方の技術というか、そのあたりの色々を――」
まずは自然な流れを作るために、軽く本当の相談を。
「……っと、これくらいかな? 俺から言えるのは。他に何かある?」
「これはあんまり委員会活動とは関係ないコトなんですけど……良いですか?」
「うん? 別に良いけど、メチャクチャ長くなりそうだったら委員会の活動が終わった後の方が良いかな」
話の助走はつけた。ここからが本番だ。
「ちょっと前から考えていたんですけど、センパイの呼び方、変えて良いですか?」
「呼び方? また何で?」
「私、今まで細染先輩のことをセンパイ、センパイって呼んでたじゃないですか」
「そうだね。しかも他の人がいるときでも単に『センパイ』って呼ぶよね。因みにそれは何で?」
「一つの固有名詞みたいになってる感じでしょうかね? センパイは……特別というか、私にとって唯一無二感がありますから」
自分で言っていて何か恥ずかしい台詞であるような気がする。顔も心なしか熱を帯びてきてしまっているような……。
平常心、平常心。
「唯一無二なら問題ないんじゃない?」
「でもセンパイ側からしたら、私はただの後輩の内の1人ですよね? 私以外からも『先輩』って呼ぶ人は居ますし」
「それもそっか。で、話戻すけど何で呼び方変えたいんだっけ?」
「私は……センパイともっと仲良くなりたい訳です」
「は、はぁ」
「で、センパイはあと1年で卒業するはずじゃないですか」
「留年するような状態でもないからね。浪人するとしても卒業はするだろうし」
「より仲良くなろうとするなら今が一番だと思うですよね。残りの時間を考えると。ということで、私はこれからセンパイのことを『しー君』と呼びたいと思います」
「あだ名で最後の方を取るの……? まぁ別に良いけど」
増良という字を上から取っていくのが大多数な気がするけど、個人的な考えとして“アイツ”と同じだったり似たような呼び方だと印象が薄くなってしまうかも知れない、という考えの下、センパイの新しい呼び方が決まった。
「ところでしー君は私を別の呼び方とかで呼びませんか?」
「いきなり呼ぶねぇ……。別に俺はこう呼びたいとかは特に無いけど……」
私の思惑、全ては叶わず……。
「呼ばれたい?」
と、思いきやセンパイ……しー君からのパス。
「是非に!」
潰えたと思った希望を掴み取るためか、思わず前のめりになって声を上げてしまった。
がっつかない、がっつかない。
「在り来たりかも知れないけど……、彩梅ちゃんだから、略して彩ちゃんで良い?」
「あ、ありがとうございますっ!」
「ハハハ……喜んでくれて、こっちも嬉しいよ」
「あっ……いえ……どうも……エヘヘ」
感情を抑えようとしてもそれがどうにも上手く行かず、遂には顔から溢れてしまう始末。
だけど何となく、思っていたよりもセンパイ、しー君と仲良くなれた気がした。




