90話 エクササイズ
「ふぅ……彩梅ちゃんより早く着けたな。良かった」
週末、我が町の最寄り駅で待っている俺。
彩梅ちゃんと一緒に向かう予定の水族館とは、最寄り駅から幾つか駅を過ぎた先にあるところだ。乗換えをせずに着けるくらいに近いのが他の友人同士のグループやカップルだのが遊びに行きやすくて俺たちの地域でも人気である理由だ。
因みにここから最も近い遊園地に行くのは水族館と比べてかなり遠いのであまり人気ではないらしい。俺も家族旅行で1回2回程度行ったことがあるくらいで、最近は行ってない。
「センパイ! お待たせしました! ……結構待たせちゃいました?」
「いや、10分も待ってないよ」
「その言い方だと5分くらい待たせてしまいましたよね……? その、ゴメンナサイッ!」
「5分程度なら普通に待つって。それに怒ってないし」
正直、女の子に野球部の挨拶が如く腰を90度に折らせて頭を下げさせているような絵面になってしまっている方がマズい。周りから白い目で見られているような気もするし。
「でも、もう寒くなって来たのに……」
「良いから。そもそも服だってある程度寒いところに居る前提で選んでるし。それに今から駅とか電車の中に入った方が暖かいよ」
「それもそうですけど……」
「俺が良いって言ってんだから良いでしょ?」
「……ありがとうございます」
「アハハ……。感謝されるような程のことでもないと思うんだけどな」
取り乱していた彩芽ちゃんを落ち着かせて、電車に乗って水族館へと向かった。
「わぁ~~~……。やっぱり大きいですね、この水族館」
「彩芽ちゃんはここにどれくらい来たことあるの?」
「子供の頃は何回か来ましたね。小学生の頃の遠足先だったこともありましたし。最近はあまり来てなかったですけど」
「俺たちの小学校の遠足で1回はそこになるもんね」
「あの頃より背が伸びて小さく見えるかと思いましたけど、それを遥かに超える程に大きいですね。記憶の中でナメてましたね」
「そりゃ国内でも上位10位に入るくらいには大きいからね」
雑談も絡めながら、駅出口から見える水族館を見つつも足を進めた。
「センパイは『これに注目したい!』って生き物はいますか?」
「う~ん……」
本音を言えば、彩芽ちゃんに連れて来られたのもあって特には無いけど、ここで無いって言うのも……
「ジィー……」
彼女の目を見ればそれは出来ないことは明らかだった。
「クラゲとか? あと、ここってイルカが見れたんだっけ?」
なんとか無難なことを言って、彼女をガッカリさせないようにした。
「良いですね! じゃあそこを重点的に見に行きましょう!」
彼女のために思考を張り巡らせた甲斐はあったみたいだ。1つ目の課題をクリアしたことによって、水族館に入る足取りは軽くなった気がした。
「やっぱりクラゲは綺麗ですねー。ブラックライトの効果も多分にあるんでしょうけど」
彩芽ちゃんの横顔を見ていると、やはりというか、実のことを思い出してしまう。
もし、ここにいるのが彩芽ちゃんではなくて、実だったら俺は……俺は……どうしていたんだろうか?
彩芽ちゃんとの会話の手を抜いていた訳じゃないけど、そんな疑問が頭の中にこびり付いて離れなかった。
「久しぶりに水族館を見てみると、子供の頃に見てたモノと違って見えて、また新鮮でしたね!」
「そうだね」
水族館を見て回った後、良い時間になっていたので周りのお店に入って昼食を摂っていた。2人ともこの店で人気だというオムライスを食べている。
「あ」
そして昼食を食べ終わる頃、景色を見ていた彩芽ちゃんは何かを思いついたのか、声が漏れ出していた。
「センパイっ!」
「何?」
「帰る前に、1つ、行きたいところがあるんですけど」
彼女は今日1日中していた明朗かつ飄々としていた雰囲気を脱ぎ去り、少しばかり真剣な声と目をしてこちらを見据えていた。




