花車
日差しが黄色いブラウスと赤いスカートの女性が大きなジュラルミンケースを手に歩いている。彼女の名はベニバナ。ずんべらという妖怪の子孫である。
「凄いわね」
彼女は赤いガーベラがたくさん咲き誇る屋敷を前にそう呟く。そんな屋敷の大きな扉の前に立つと、扉が開き、
「ベニバナ様ですね。どうぞ」
使用人らしき者が現れ、中へと案内し始めた。
やがて部屋に案内されるとベッドに横になっている女性がいた。もう五十後半ぐらいの年齢の女性である。ベニバナは使用人が用意してくれた椅子に座る。
「来てくれたのね」
女性はベニバナに気づき、顔を向けるとそう言った。
「お久しぶりです。恵子さん」
「ええ、相変わらず変わらないわねベニバナ」
恵子、花車恵子は日本を代表する大女優で、「稀代の悪女」と称された人物である。
「もう何年になるかしらね」
「三十年ほどかと」
「そう、そんなになるのね」
懐かしむように花車は目を細める。
「あなたと出会ったからこそ、今の私があるわ」
ベニバナは首を振る。
「そんなことはありません。今のあなたが得た名声や富はあなた自身が勝ち取ったものですよ」
「ふふ、それでもあなたの力が無ければ、手に入れることはなかったわ」
花車は微笑む。
「今更だけど、ありがとうね」
「もったいない言葉です」
「ふふ、相変わらずね。本当にあなたは変わらないわ」
コロコロと笑う彼女の姿にベニバナは微笑む。二人はその後、昔話に花を咲かせた。
「嘘つき」
ベニバナの前で麗しい美貌とは思えない表情を浮かべながら女性が怒鳴る。
「あなたのせいで私は」
女性は近くにあった小さな時計を持つとそれをベニバナへと投げつけた。
「おっといけませんなあ」
その時計がベニバナにぶつかる直前、男の手がそれを受け止めた。
「いくらお客様と言えども、これは契約違反ですよ」
男は茶色いのコートを身に纏った男で、名はゲッケイジュと言った。
「何が契約違反よ。あなたたちの無理な契約のせいでこのざまよ」
女性が喚き散らす部屋の至るところに差し押さえの紙がつけられていた。
「お金が無くなり、借金ばかりになったのは我々のせいではないでしょう」
「な、なにを言っているの。この女の力で手に入れた美貌があれば私の女優になるという夢は叶う。そう言われたからずっと金を払い続けたのよ」
ゲッケイジュは肩をすくめる。
「なれたではありませんか」
「ふざけないで、確かになったわ。でも」
「その後、売れなくなったのは私どもの責任ではありませんなあ。せっかく手に入れた美貌を活かせなかったあなたが悪いのでは?」
ゲッケイジュの言葉に女性は益々怒る。
「ふざけんな。ふざけんな。全部、全部あんた達が悪いのよ」
「自分の責任をこちらに着せるのは止めて頂きたいですなあ」
そんな彼女の姿にやれやれとばかりに首を振る。
「さて、契約としては二年に一度、我々に百万円を納めるというものでしたが……」
「あるわけないじゃない」
「そのようですね。では、契約に基づき」
ゲッケイジュはベニバナを見るとベニバナは頷く。そして、彼は手を振る。
「その顔を返してもらうことにしましょう」
すると女性の後ろの影からぬるりと男が現れ、彼女を捕らえ跪かせる。
「は、放しなさい。放しなさいよ」
「そのままにしてろよ。スズラン」
スズランは無言のまま頷きながら女性を抑え込む。そんな女性にベニバナは近づき、彼女の顔に触れると、彼女の顔が仮面を外すかの如く、外れた。
ベニバナはずんべらという妖怪の子孫である。人の顔を仮面のように外し、付ける力を有している。
「嫌、嫌よ。この顔まで失ったら」
顔を失った状態で取り乱す彼女に対し、ベニバナは持ってきていたジュラルミンケースから顔を取り出す。その顔は元々の女性の顔だったものである。
ベニバナはそれを女性に戻した。
「酷い、酷いわ。返して私の顔を返してよ」
泣きじゃくる女性の傍からスズランは離れ、別の影の中へと消えていった。
「おかしなことを言うものだ」
肩をすくめながらゲッケイジュはベニバナを連れて彼女の元から去り始める。
「もう自分の顔は戻っているではないか」
「今日のニュースです」
TVに女性アナウンサーがニュースを伝える。
「本日未明、〇県△市のマンションの一室にて三十代の女性が首を吊っているのが発見されました」
そのニュースにベニバナは片眉を上げる。
「やれやれ度し難いものだ」
ゲッケイジュは机に脚を乗せながら言う。
「己の顔では夢を掴むことはできないからと言って顔を変えることを望んでいながら、変えてもできなくなったらお前を恨む。そして顔が戻ったら絶望する。全く度し難いものだよ」
彼はため息をつく。
「中には恋人になりたいから顔を変えたいなんてやつもいた。そいつもそいつで、お前に逆恨みしたがな。全く人間というやつはどいつもこいつも」
「誰もが幸せになりたい。そう願うものですよ」
ベニバナの言葉にゲッケイジュは鼻で笑う。
「幸せになりたいのは勝手だが、その手段でお前の力を用いておきながらお前を批難する。そういうところが人間のろくでもない部分だって話さ」
彼の言葉にベニバナは目を伏せる。自分の力は人を幸せにする力ではない。そんなことはわかっている。それでもどうかこの力が世の中に役立たせたいと願うことはいけないことなのだろうか。
「ベニバナ。俺はは幸せというのは誰もが願うことはできるもの、だが、その幸せを掴むやつってのはそのための努力を怠らなかったやつのことを言うと思うんだ。それでも世の中ってのは不公平なものだ。努力すれば、幸せになるとは限らない。その足りない部分を埋めるのがお前や他の連中の力なんだ」
まるでベニバナの心情を見通しているかの言葉に彼女は驚く。
「それで、金を稼ぐのが俺ってことだ」
からからと笑う彼にベニバナは眉を顰める。そこにぬるりとスズランが影から出てきた。
「依頼です」
夜道怪の子孫である彼は影を自由自在に入り、移動する力を有している。しかしながら入れる影は生き物の影だけという欠点はある。そんな彼とマタタビという女性がゲッケイジュの事務所へ依頼を持って行く使いの役割を担っている。
「どんな依頼だ」
「ベニバナ様の力を必要とする依頼です。顔の整形を望んでおります」
ゲッケイジュはベニバナを見る。
「私の力を望む者がいるなら、私は力になるだけよ」
「そうか……よし行くとしよう。依頼者の名前は?」
「花車恵子という女学生です」
スズランはそう言うと地図を出し、依頼者の住所を書かれた紙をゲッケイジュに渡し、影の中に入って去っていった。
ゲッケイジュとベニバナの二人は依頼者の元へ向かった。
「ここだな」
古いアパートの階段を上り、依頼者の扉をノックする。
「はい、どうぞ」
その言葉に答え、二人は入る。小さな玄関を抜けるとすぐにリビングである。そこには一人の女性がいた。花車恵子である。彼女の容姿は決して醜いわけではなかった。しかしあまり印象の残らない人だとベニバナは感じた。
「ゲッケイジュと申します。そしてこちらがベニバナです」
「そう、あなたが私の顔を変えてくれるの?」
花車がそう問いかけてくる。
「ええ、どのような顔であろうとも変えて見せましょう」
「そう……」
(信じていないって感じね)
当然であろう。整形の医者でもなさそうなのにどのような顔も変えて見せるなどという言葉をそう簡単に信じられようがない。
「こちらを」
ベニバナは持ってきたジュラルミンケースを開ける。
「これは……」
「これらはあなたの顔となる仮面たちです」
ジュラルミンケースの中には生々しい顔をした仮面が並べられていた。
「彼女はずんべらという妖怪の子孫にあたります。彼女の力によってここにある仮面をあなたの顔にすることができるのです」
ゲッケイジュの説明を聞きながらも花車はジュラルミンケースの中をじっと見つめる。
「どれでもいいの?」
「構いません」
花車はその言葉を受け、一つの仮面を指さした。
「そちらですね。承知しました。では、先ずはあなた様の顔を仮面として外します」
「待って」
ベニバナが彼女に近づこうとした時、花車はそれを止めた。そして、リビングにある仏壇を見つめ始めた。仏壇には女性の写真が飾られている。どうやら彼女の母親のようである。
彼女は息を深く吐くとベニバナを見る。
「良いわ」
その言葉を受け、ベニバナは彼女の顔に触れる。そしてそのまま彼女の顔を仮面として外した。それをジュラルミンケースに置くと、花車が選んだ仮面を持ち、花車の顔につけた。
「もう大丈夫です」
花車は自分の顔に触れる。
「どうぞ、いかがでしょうか?」
ベニバナは手鏡を彼女の顔に向ける。
「ほ、本当に私の顔になったの?」
鏡に映るのは絶世の美女の顔であった。それが自分の顔とは思えなかった。
「もうあなた様の顔です」
「そうなのね……」
花車が手鏡をじっと見ている中、ゲッケイジュは、
「どうやらお気に召したご様子ですね。では契約を結ぶとしましょう。契約の内容をもう一度、確認します。一つ、前金として五十万円納める。二つ、二年に一度、こちら側に百万円納める。三つ、ベニバナの力を誰かに話さない。四つ、これらの内容で違反があれば顔を戻す。よろしいですね」
契約書を出しながら彼はそう説明する。
「ええ問題ないわ」
花車は頷き、契約書にサインを書くと、五十万入った封筒を渡す。
「では、これで契約は結ばれたということで、今後ともよろしくお願いしますね」
封筒の中身を確認した後、ゲッケイジュは契約書を持って花車に礼を示した後、花車の部屋から出ようとする。ベニバナも一礼した後、彼の後を追った。
二人が彼女のアパートから離れたところで、ゲッケイジュはこう言った。
「さあ彼女は何年持つかね?」
ベニバナは彼の言葉に答えず、無言のまま歩いて行った。
半年後、事務所のテレビを見た時、
「あれ花車じゃないか?」
新聞から目を離しゲッケイジュはそう言った。
「最近、テレビに出るようになってきたようです」
まだ主役級の役どころはもらっていないようだが、脇役ながら最近、注目を浴びている女優の一人となっているようであった。
「さてさてここから長続きするかどうか……」
ゲッケイジュはそう言って再び新聞に目を戻す。
ベニバナはテレビに映る花車の姿をじっと見続けてきた。
契約を交わしてから二年後、
「ゲッケイジュです」
花車のアパートの扉をノックすると、花車は出てきた。
「本当に二年後の今日に来るのね。入って」
彼女に誘われ、入ると段ボールがたくさん積まれていた。
「今度、引っ越そうと思ってね。はい、百万ね」
花車はそう言いながら、百万を渡す。
「ありがとうございます」
ゲッケイジュが受け取った百万を確認していく。
「引っ越し先の住所を伝えておいた方がいいわよね?」
「そうですね」
花車は引っ越し先の住所を書かれたものをゲッケイジュに渡す。するとベニバナが彼女に聞きたいことがあり、問いかけた。
「一応、確認ですが、最近何か調子を崩されることはありませんか?」
「いいえ、無いわ?」
「そうですか。顔を変えた後、調子を崩される方もいらっしゃるので、確認致しました」
怪異の力によって顔を変えている影響によって中には体調を崩す者もいる。それどころか怪異に近づく者もいる。まあこれに関してはある学芸員のようにたくさんの顔の一部を取り付けるなどということをしなければ、そのようなことになることはほとんど無いが……
「そうなの……もし調子が悪くなったらどうしたらいいの?」
「私に連絡して頂ければ……こちらが私の連絡先です」
ベニバナが連絡先を書いたものを渡すとベニバナは受け取る。
「ねぇ」
「はい」
「これって調子を崩した時以外でも連絡してもいいかしら?」
ベニバナは驚く。今までそのようなことを言ってくるものはいなかった。
「ええ構いませんよ」
この人は今までの人とは違う。そう思いながらベニバナは頷いた。
ゲッケイジュと共に花車の元から去り、自分の家に帰ってきたところで電話がかかってきた。
「はい」
「ベニバナさん?」
「ええそうです。花車様」
電話の相手は花車であった。
「恵子でいいわ。今、いいかしら?」
「構いません。どうかしましたか?」
調子でも崩しただろうかと思い、問いかけると、
「特になんでも無いのだけどね。世間話でもしようかと」
「そうでしたか」
調子を崩したわけではないと知り、ベニバナは安堵した。
「正直ね。あなたたちの力で顔が変わっても何も変わらないと思っていたの」
花車は話し始めた。
「でも、その後に受けたオーディションはすぐに受かり、役を手にしたわ」
彼女の声には喜びよりも悲しみに近い感情があるように思えた。
「あれほど……役を手にすることに苦戦していたというのにね。あっさりと取れたわ……」
彼女のため息が聞こえる。
「その後もオーディションを受ければ、役を手にすることができたわ。この前受けたオーディションでついに主役も取れた……」
「おめでとうございます」
ベニバナは彼女の結果に言葉を述べた後にこう続けた。
「その結果は決して顔を変えたことによるものだけではないと思っています。あなた自身の努力が実った結果だと思いますよ」
「ありがとうね……そう言ってもらえると嬉しいわ」
彼女の言葉からわずかに喜びの感情を感じた。
「ごめんね。変な話をして、聞いてくれてありがとう」
「またいつでも聞きますよ」
「じゃあね」
この後もベニバナと花車はたわいのない会話を電話越しにするようになり、いつの日か私的に会ってお茶をするぐらいになっていった。その頃には彼女は多くのドラマ、映画の主役を演じる程になっていた。
他愛の無い会話を交わしながらある日、彼女はこう語った。
「私が女優になりたいと思ったのは小学校での演劇で主役を務めた時、母がとても喜んでくれたのがきっかけでね」
「そうでしたか」
「母に女優になるって言って上京したのだけど……」
そこまで言って彼女は目を閉じ、話を止める。
「お母さまとはそれからは?」
「女優として成功しないうちは連絡は少しはね……顔を変えてからは全然してないわ」
それから数か月経った頃、彼女から涙声で電話がかかってきた。
「母が死んだわ……」
花車の母が亡くなったそうである。なんでも交通事故に巻き込まれたそうである。遺体確認のため警察から連絡が来たのである。
「ねぇ母の遺体との面会についてきてもらってもいい。私一人だと……どのような顔で会えばいいのかわからないから……」
「わかりました」
ベニバナは同意し、数日後、遺体安置所に共に向かった。
「こちらです」
警察官に案内されて顔を隠す花車とベニバナは花車の母と対面した。
「母さん……」
ベニバナは母の遺体を見るやすぐに近づき、そこで涙を流した。
「お母さまでお間違いないですか?」
泣き止んだところで警察官が問いかけると、花車は頷く。
その後、母の死亡届などの処理をこなした後、花車とベニバナは花車の母の家に向かった。
「遺品整理にまで付き合わせてもらってありがとうね」
「いえいえ、あなたとの仲ですから」
家の中に入ると花車は懐かしそうに辺りを見ていき、やがて遺品整理を始めた。そのようにやっていく内に、彼女はあるものを見つけた。
「これは……」
箱の中に自分の……女優として活躍し始めた自分の写真や新聞などがあった。
「母さん……もっと早く会っていれば、ごめんなさい。ごめんなさい」
花車は泣いた。そんな彼女の姿をベニバナは静かに見続けた。
「今日のオーディションどうですかねぇ」
そう尋ねたのは今回の映画の助監督を務める男である。そんな彼が監督の白川暗太に問いかける。
「注目は花車でしょうか?」
「うーん花車なあ」
白川は現在の日本の映画界において最高峰の監督の一人と言われている。そんな彼は今まで花車を用いたことはない。
「奴さん面白くないんだよなあ。何というか綺麗な人形っていうのかね。演技も下手ではないが、どうも奴さんらしくないんだよなあ」
配役をこなすことは上手くてもそれ以上のものを感じない。役者としては面白くない。それが白川の視点であった。
「そうなんですよね。それに今回、主役の希望ではないんですよね」
「ああ、今日は主役ではなく、悪役のオーディションなんだよな」
そう今回のオーディションは映画の主役ではなく、悪役のオーディションである。今回の悪役は映画においてとても重要で魅力的な人物でなければならないと白川は考えていた。そのため大規模なオーディションを行うことにした。
「花車ってあれだろ、どちらかと言えば清純派じゃん。今回の悪役はそれとはかけ離れている。彼女のイメージとは違い過ぎるって思うんだがなあ」
白川は今までの花車の主演作品は全て目を通している。それらを見たうえで彼女が今回の悪役を演じられるとは思えなかった。
「まあ今回は大御所も来ている。花車では無理だろうな」
そう言いながら彼らはオーディションを行っていった。その途中、
「あの、花車がまだ来ていません」
「おいおい遅刻かよ」
花車が来ていないことを知らされ、助監督は眉を顰める。一方、白川は、
(そのような感じの子には見えなかったがなあ)
と思った。そこに、
「えっ花車さん。あの……ちょっと待って……」
スタッフのそのような声が聞こえ、オーディション会場の扉が開かれた。その瞬間、多くの者が眉をひそめた。
花車はバーボンを片手にやってきており、頬は赤く染まり、酒の匂いが漂っていた。
「君、酒を飲んでいるのか」
助監督がそう怒鳴る。
「ええ、それが何か?」
目が据わりながら、花車はそう答える。そして彼女はバーボンを開け、飲み始めた。
「おい、誰かこの飲んだくれの女を叩き出せ」
助監督がそう叫んだ瞬間、
「おい花車」
そう声をかけたのは監督の白川であった。
「ここに来たってことはオーディションを受けるんだな?」
「ええもちろん」
「なら演技しなさい」
花車は彼の言葉に頷き、バーボンのふたを閉めて置く。
「か、監督」
「いいからやらせろ」
助監督の言葉を無視して白川はわくわくしながら彼女の演技を見る。
花車は酔いながらもしっかりとオーディションのセリフを言い始めた。その際の所作も細かく見ていく。
(いい)
白川は笑みを浮かべながら彼女の演技を見ていく。
(いい、こんな演技ができるとは)
想像もしていなかった演技がそこにはあった。清純派と思われていた彼女が今回の悪役にぴったりな演技をしているではないか。
(かわいい顔だけの人形から、稀代の悪女となった)
オーディションを終え、白川は、
「今回の悪役は花車恵子とする」
と、決定を出した。
そこから花車恵子が悪役として出演した映画が公開すると一気に話題になった。清純派、正統派の女優として知られていた彼女の悪役としての演技に誰もが称賛した。
「主役の子が可哀そうになるぐらい悪役が魅力的だ」
そのような言葉さえ出てくるほどであった。それから花車は様々な悪役を演じて行き、
「悪役と言えば、花車恵子」
と、評されるようになった。
同時に奇妙なことも起きていた。
「恵子さん。なぜ、以前のような主役を演じなくなったのですか?」
ベニバナは花車の散らかった部屋で彼女に問いかけた。
「主役ならやっているわよ」
酒を飲みながら、彼女は答える。
「ええ、最後に破滅的な終わりを迎える主役ならあなたは演じられています」
そう彼女は悪役や破滅的な終わりを迎えることになる役職は演じるものの、それ以外の役職は全て断るようになっていった。
「私はこれでいいの。私は……」
「恵子さん……」
彼女は母が死んでから酒におぼれるようになり、夜遊びも派手なものになり、生活は荒れ放題になるようになった。まるで自分を責め続けるような
「私はあなたは立派に女優として活躍していると思いますよ。あなたのお母さまが誇れるほどに……」
そう言ってベニバナは彼女の元から立ち去った。
それからしばらくの間、連絡はなく、この前、連絡がきたため、ベニバナはやってきたのである。
「久しぶりにあなたと話せて良かったわ」
あれから花車は「稀代の悪女」と言われるほどに悪役を演じ続け、同時に酒びたりの生活をずっと続けた。
「体調はどうですか?」
「ふふ、もう長くはないって」
あれほど荒れた生活を行っていったために彼女の体はボロボロになっていった。
「そうですか……」
「それであなたを呼んだ理由なんだけど……」
花車は彼女を見据えながらこう言った。
「あなたにね。死化粧をお願いしたいって思って」
「私にですか……」
「ええ、なんとなくね。そう思ったの。どうかしら?」
ベニバナは少し目を閉じ考え、
「知り合いに葬儀屋がいますので、彼らと協力すれば可能でしょう」
「そうなのね。じゃあお願いね」
それから数日かけて準備を取り付け、一か月後、
「恵子さんが……亡くなれたそうです」
事務所でスズランから報告を受けた。テレビでも大々的に報じられ、身内で葬儀を行うことも報じられていた。
「ふう、いいお客様だっただけに残念だな」
ゲッケイジュはそう言ってベニバナを見る。
「彼女の最後の依頼を果たしてきます」
「ああ、頑張れよ」
知り合いの葬儀屋によって火葬場への準備が行っている中、病院でベニバナは花車の遺体を見る。
「死化粧が必要が無いほどにあなたは綺麗ですよ」
そう言いながら彼女は自分の精一杯、死化粧を行った。
やがて花車恵子の遺体は火葬場に運ばれ、火葬された後、墓に埋められた。
彼女の墓には彼女の多くのファンが花束を置かれていくようになった。特に彼女の好きな様々な色のガーベラの花が彼女の墓の周りを彩った。
ベニバナはそんな彼女の墓に手を合わせた後、去っていった。