甘い毒3
甘い毒のケイトリンとコルテス視点です
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私の可愛いクラリーが鮮やかな赤に染まり、艶やかに笑って堕ちてゆく。
私は必死にクラリーに手を伸ばすが、クラリーの手を掴むことは出来なかった。
嘘よ、嘘よ、嘘よ!!どうしてクラリーが……私のせい?私の言葉がクラリーを追い詰めた?私がクラリーを……殺した?
「いやあああああ!!嘘よ!!嘘よ!!お願い!!これは悪夢だと言って!!」
カイディン様は膝から崩れ落ちて涙を流しながら呆然としている。コルテスはバルコニーの手摺りを乗り越える様に手を伸ばしていて動かない。
どこから私は間違えた?
私が婚約者候補になった時?私がコルテスを好きになってしまった時?クラリーを置いて行ってしまった時?
「クラリー!!クラリー!!私の可愛いクラリー!!」
私は錯乱して手摺りを乗り越えようとするが、騒ぎを聞きつけた騎士達に取り押さえられる。バルコニーの下には、虚ろな目をして笑うクラリーが白い花達を真っ赤に染め上げていた。コルテスは目を見開きクラリーから視線を離さずに動かない。
「夢よ!!これは夢よ!!お願い……夢だと言って!!」
……もう取り返しがつかない。だってこれは現実なのだから。
私は王室の一角に閉じ込められ、コルテスは牢に入れられたと聞いた。私はクラリーの死を受け入れられずに、毎日の様にクラリーの名前を呼んでは絶望に打ちひしがれる。そんな権利なんて何処にも無いのに。
可愛い私のクラリー。いつも優しく、穏やかに笑うクラリーはもう何処にもいない。私に見せた最後の笑顔は私達を嘲笑うようだった。妹の様に思っていた。昔の泣いてばかりの自分と重ねて見ていた。だから私はクラリーの味方で居ようと思っていたのに、私の我が儘でクラリーの死を招いてしまった。
クラリー、クラリー……私はどうすれば貴女を救えたの?
クラリーの血塗れのドレスを胸に抱いて、嗚咽を殺す。すると扉がノックされ王妃様が部屋に入って来た。王妃様は一冊のノートを私に差し出して来た。
「此れは貴女が持っていなさい。此れはクラリッサの心よ。それを知った上で身の振り方を考えなさい」
私はノートを1ページ1ページゆっくりと読んでいく。これはクラリーの日記だ。日記には私の事を慕っている内容が多かった。だが途中でコルテスに恋し、憧れる文章が多くなっていった。
私は知らなかった。クラリーがコルテスを慕っていただなんて。クラリーとコルテスはいつも穏やかに話していたが、そんな気持ちが隠されていただなんて……私はクラリーからコルテスを奪ってしまったのだ。手が震えて次のページを捲るのが恐ろしい。私は大罪を犯したのだ。
私とコルテスがいなくなった後の文章は呪いの様に自分はケイトリンだと思い込んだり、それを否定する心情が書かれていた。あやふやな訳の分からない文字がクラリーの心を表している。
涙が止まらない。カイディン様の怒りをぶつけられ、お腹に赤ん坊がいる事を知りながらアレルギーのお菓子を食べ、殺した事……。そこからの文字はもう狂った様に『私はケイトリンだ』とノートいっぱいにそれだけを書いていた。
私はクラリーが壊れておかしくなってしまったという噂を聞き、罪悪感からコルテスと戻ってきてしまった。私の行いはクラリーにとって全部悪意でしかなかったのだ。私はノートとドレスを抱きしめ叫ぶ様に泣く。
「ごめんなさい……!!ごめんなさい、クラリー!!ごめんなさい!!」
ーーーーーーーーーー
俺は最初から間違っていた。自分の気持ちに従っていれば、クラリッサ様は優しく穏やかに笑っていたかもしれないのに。
クラリッサ様はいつもカイディン様とケイトリン様の仲睦まじい様子を優しく見守っていた。クラリッサ様との言葉少ない時間は俺にとって幸せな時間だった。厳しい稽古で疲れているのを直様気づいて、休む様に気遣う姿は年下とは思えない程だった。
カイディン様には悪いが、婚約者となるべき人間はクラリッサ様だと思った。俺のクラリッサ様への恋慕を奥深くに仕舞い込んで。確かにケイトリン様の人柄は人を惹きつけるが、本当に国に必要なのはクラリッサ様の様な人だ。
太陽に照らされて光る月の様なクラリッサ様。俺では本当の彼女を照らせない。
ケイトリン様に呼ばれ、中庭に行くと婚約者候補としてあるまじき告白をしてきた。俺を愛していると。だが、良い機会だと思った。このままではカイディン様の希望だけでケイトリン様が婚約者になってしまう。俺は愚かにもカイディン様からケイトリン様を離す事を考えてしまった。
国母にはクラリッサ様が相応しい。その為なら俺の恋慕など必要ない。
「コルテス……このままでは私が婚約者に収まってしまう……。私は貴方となら平民になっても構わないの……だから私を連れて逃げて」
本当に愚かなケイトリン様。だけど、国の為を考えるとそれが良いのかも知れない。俺は抱きついて来たケイトリン様を無機質に抱きしめる。
それをクラリッサ様に見られるとは思っていなかった。クラリッサ様は顔を真っ青にして、騒ぎを大きくしないように両手で悲鳴を抑えていた。
「私達はこの後、隣国に行くつもり。優しいクラリー……貴女は貴女の幸せを見つけて頂戴。ごめんなさい、クラリー……」
クラリッサ様の優しさにつけ込んだ台詞を吐き、これ以上クラリッサ様の耳を汚したくなくて、俺はケイトリン様を抱き上げて窓へと足をかける。だがそんな俺の背中にか細くだが、クラリッサ様の声が聞こえた。
「……コルテス様、ずっとお慕いしていました」
振り返り、俺もですと返せたら良かったのに。でもクラリッサ様はこの国に必要な人物なのだ。俺は何も言わずにクラリッサ様に笑いかける。俺は上手く笑えていただろうか。
それからは隠れる様に街を出て、隣国へと向かっていたが、クラリッサ様が倒れた、子供が流れてしまった、壊れてしまったと嫌でも耳に入る様になった。クラリッサ様に何が起きた。ケイトリン様は噂を聞き、真っ青になり「私のせいだ」「戻らないと」と言い始めて城に戻ると聞かなかった。
俺はその言葉に愚かにも従ってしまった。
それからはあの光景が頭から離れない。ワインの瓶を叩き割り、俺達を剣呑な濁った目で見つめ、瓶の切先をケイトリン様に向ける。思わず庇う様にしてしまったのは騎士のサガだろうか。だが、クラリッサ様は喉を裂き、艶やかに俺達をあざける様に嗤いバルコニーから落ちていく。俺はバルコニーから身を乗り出し手を掴もうと走ったが、クラリッサ様の手はすり抜ける様に掴めなかった。
一瞬だったか、長い時間だったか、落ちていくクラリッサ様と俺は見つめ合っていた。まるで世界には二人しかいない様な時間だった。
クラリッサ様の嘲笑う笑みが、昔の様に穏やかで優しい笑みに変わり、白い花を血で染め上げて瞳からは光が失われた。俺はその光景をただ見つめる事しか出来なかった。感情がついてこない。
その後は俺は牢に入れられ、何度もクラリッサ様の最期に見せた笑顔を思い出す。俺は斬首刑に問われたが、これで良い。貴女がいない世界なんて意味が無いから。
「クラリッサ様、今なら言える。……俺も貴女をお慕いしています」
夏草の色が、匂いが貴女を思い出させる。
やっと
やっと
貴女だけを見つめていられる。
作者の脳内が狂っている