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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
7/17

7.第一王子に見つかってしまった!

「私?」


 アニカが首をかしげる。

 私はうなずく。


「そう、君の、したいこと」


「……………………」


 アニカは目を伏せる。

 絶望の中で、理不尽に奪われ続けて来たアニカ。

 昔の私によく似たアニカ。

 すべてが壊れたあと、君は何を望む?


 かつて、私に同じことを聞いたひとがいた。


『君を助けてやろう。力をやる。力を手に入れたら、君は、何をしたい?』


 私の願いは、単純。


『殺したい』


 殺したい。

 私の大事なものを壊した人間を、全部。

 目の前にあったはずの、優しい未来、楽しいことを奪い去った人間、全部。

 助けて、助けてと叫んでも、聞こえないふりで駆け去った人間、全部。

 どろだらけ、血だらけの私を、見て見ぬふりをした人間を、全部。

 今このとき、世界のどこかで、笑っている人間を、全部。

 罪を背負った人間を、全部。


 全部、全部、全部、殺す。

 殺したい。この手で、殺したい。

 全部殺せる、力が欲しい――!!


「ばかみたい」


「……?」


 私は、はっとして我に返る。

 見下ろすと、アニカはため息を吐いていた。


「なんで、殴られたら殴り返さなきゃいけないの。私は要らない」


 アニカの返事はあっさりだ。

 私はぽかんとしてしまった。


「なぜ? 君は、怒らないのか?」


 私が聞くと、アニカは面倒くさそうに頭を掻く。


「私は、私が怒りたいときに怒る。それは、今じゃない」


 ……なんてこった。

 私は言葉を失う。

 アニカは淡々と続けた。


「とりあえず、今は寝たいです。あちこち痛いし。で、仕事できるようになったら、仕事がしたい。仕事をして、生きていきたい。私の望みは、それだけ。誰も殴りたくないし、殴らせたくない。そういうの、興味ないです」


「……そうか」


 君は強いな、と言おうとして、やめた。

 そういうことじゃないんだ。

 強いとか、弱いとかじゃないんだ。

 ただ単純に、この子は私とはまったく別の人間なんだ。この子は、はっきりと『復讐は要らない』と言える子。


 だから、私みたいには、ならない。


「……わかった。君にも、きちんと紹介状を書こう。次の就職に困らないように、」


「シーラさま!! こんなところでしたか!」


 私の声をさえぎって、見知らぬ男がとびこんできた。


「どうした? 君は……」


 振り向いて相手を観察する。

 とびこんできた男の態度は使用人のものだが、着ている服は質がいい。

 これは――。


「まあ! コルネリウス殿下の従者が、どうしてこんなところへ?」


 いいぞ、ヒルダ! 

 いい感じでフォローしてくれている。

 私は内心ヒルダを誉め称えながら、コルネリウス殿下の従者とやらに向き直った。

 顔立ちは整っているが、少々地味で表情の乏しい男だ。暗い茶色の髪をひとつにまとめた従者は、低い声で告げる。


「玄関ホールで呼んでもお屋敷の使用人がまったく出てきませんでしたので、わたしが探しにまいりました。シーラさま、お早く応接室へ。コルネリウス殿下のお越しです」


「こんな時間に? 私はまだ風呂にも入っていない」


 問いながら、私は『コルネリウス殿下』の正体に思いをはせていた。

 貴族の家にアポなしで訪れるのは、よほどの無礼者か、身内か、格上の人間だけだ。

 シーラの家は公爵家。

 公爵家よりも格上といえば、王家。

 王家の人間、かつ、公爵家の身内といえば、シーラの婚約者の第一王子で間違いない。


 私の問いに、従者はわずかに目をみはった。


「それは――」


「わたしが無理を言ったんだ。彼をいじめないでおくれ」


 やわらかな声。

 やわい毛で首筋をくすぐられたような気分になって、私はびくりとする。

 使用人たちが息を呑み、ざっと左右に分かれる。

 二列になった人々の間を、金色が歩いてきた。

 金色――そう、髪も金色、服も白と金色、瞳は限りなく銀に近い灰色の男。


 彼は、ばっ! と両手を広げ、歌い上げるように語る。


「愛しのシーラ! 今日も君は世界中の歓喜を吸い上げて咲いた大輪の花のようだ。君の声は音楽みたいに玄関ホールまで響いていたよ」


「それはそれは、お恥ずかしいところをさらしてしまいました。ご機嫌麗しゅう、殿下」


 派手だなー!!

 シーラと並んでも見劣りしないどころか、勝ってしまいそうなほど派手な男だ。

 私が一礼すると、コルネリウスはにっこにこで私の前に立った。


「機嫌は最高にいいよ、婚約者殿。それにしても、なぜ使用人たちをみんな解雇してしまうんだい?」


「なぜ、とは? いかなる意味でしょう?」


 私はコルネリウスを見上げながら問い返す。

 これが、エトの兄か。

 目元に面影があるような気はするが、雰囲気はまるで違う。

 エトはかわいげの残る青年だったが、コルネリウスは見るからに魔性だ。

 男にしては華奢だが女らしいというのでもなく、あらゆる顔のパーツが派手で美しい。

 うつろなほど透明な目を細めて、コルネリウスは声のトーンを落とす。


「君は、とってもよくやっていたのに、という意味さ。――わたしは言ったよね? 君がわたしの妃としてふさわしいかどうか、いつだって見ている、と」


 ぞわり、と、再び首筋に何かが走った。

 何か。

 ……これは、怖気だ。

 ヘビや虫に出会ったときに感じるような、生理的嫌悪感。


 私はとっさに、とびきりの笑顔を作った。


「あら、まさか殿下、今までの我が家の状態に満足していらしたんですか? あんな単純な支配を、面白がって観察してらっしゃったとでも?」


「シーラ……」


 コルネリウスの目がまんまるになる。

 私はその目から、自分の視線を離さない。

 一度視線を離したら、負けてしまうような気がしたから。

 自信たっぷりに彼を見つめながら、自分の心臓の位置に両手の指先をのせる。


「私のことはいくらでも見てやってください、殿下。私を、私だけを見てください。私は看守なんかじゃない。たったひとりの『シーラ』であるために、私は使用人を解雇します」


「ふ、ふふふふ、シーラ!!」


 コルネリウスは笑い出したかと思うと、いきなり私の腰を抱いた。

 そのまま抱き上げて振り回され、私はわざとらしい悲鳴をあげる。


「きゃっ!? な、何を!?」


「シーラ、シーラ、シーラ!! 君は最高だ!! どうしたらそんなにわたしのことを理解できるんだ? そうだとも、わたしは君に、君の王国に飽きかけていた。同じことばっかり繰り返して、これ見よがしにわたしのほうをチラチラ見てくるのだから! だけど、君は気づいたんだね!?」


「殿下……」


 私は、感極まった声にわずかなおびえを交ぜた。

 そのほうが自然だと思ったのだ。

 一目でわかる。

 シーラより、この男のほうが上手だ、と。

 コルネリウスの笑顔には少しも暗いところがない。少しも罪悪感がないのだ。

 コルネリウスは、なんの悪気もなく悪を為せる人間。


 そんな男が、この国の第一王子だとは!!

 乙女ゲー、それでいいのか!?


「君は最高だ。きっと次のわたしからのテストにも合格して、立派な王太子妃になってくれるね?」


 コルネリウスは蕩けるように笑い、私の耳元で囁く。

 甘くて甘くて甘い、ひたすらに甘いだけの声。

 私は鳥肌が立つのをぐっと堪えながら、囁き返す。


「私は、そのために生まれました」


 コルネリウスは私の両腕をつかむと、真顔で顔をのぞきこんできた。


「君に会えてよかった、シーラ。我慢できない、君の部屋に行こう!」


 えっ。部屋って。

 夜に押しかけてくるだけで相当だが、婚前の女と喋るときは、婚約者といえど親の前か応接室が普通では!?

 っていうか、そうか、こいつは普通じゃないのか。

 いや、まあ、あれだな、その、あの、えーっと、上手くスルーする方法もないではないが、周囲が疑念を挟まないということは、多分この男、今までもあれでそれでこれでそれ、というわけなのか!?


「は、はい……!!」


 うわあ、ついつい素直に答えちゃったじゃないか!

 おいおいおい、乙女ゲー、それでいいのか!!??

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― 新着の感想 ―
[一言] コルネリウス殿下、エトよりも難しい… より恐ろしい存在かも。
[良い点] この国もこの乙女ゲー世界もそれでいいのか?!いやよくない!(即答) アニカは冷静で推せるしコルネリウス殿下はうるさいし(視覚的にも言動的にも)、みんなキャラが!!!濃い!!挿絵も声も…
[良い点] アニカ好きだな。アニカが復讐に走らなくて良かった……。 ――と思っていたら、ついに出た、コルネリウス!! 第一王子……!! 癖強めの男でしたね~……!! シーラの恐怖支配を誘導していたの…
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