6.悪役らしくないのがバレてしまった!
「――思った通りだ」
私はつぶやく。
そばかすのメイドは、ぶるりと恐怖で震えた。
「な、何、が、ですの……? わた、私は、私たちは、おっしゃられた通りに……」
セリフにはガチガチと歯の鳴る音が交じる。
私は、おびえきったメイドの袖を押し上げた。
そこには、古い傷がミミズ腫れのように残っている。
理解した。この公爵家で何が行われていたか、私にはわかった。
ここで行われていたのは、支配だ。
純粋な、恐怖による支配。
そばかすメイドは、最初に『当番』といった。
おそらく、公爵家内での『支配者』と『ターゲット』は当番制なのだろう。
シーラの一言で、ランダムに『支配者』と『ターゲット』が入れ替わるのだ。
いじめられる『ターゲット』を固定にすると、ターゲット同士が共闘する可能性がある。
立場をランダムにすると、それすらできない。
明日はどうなるかわからない。
恐怖だ。とてつもない恐怖が公爵家全体を覆い尽くし、人々は異常に臆病にする。
臆病になった人間は、どうなるか。
従順になるのだ。
互いに疑心暗鬼になり、シーラだけにこびをうるようになる。
そうやって、シーラはこの家に君臨してきた……。
「……シーラさま!! こんな地下へいらっしゃるだなどと、どうなさったんですの!? 誇り高きシーラさまらしくありませんわ!!」
ヒルダの声に、私は振り向く。
ヒルダの顔は青ざめ、声には嫌悪の響きがあった。
「こんなところ、下級の使用人しか足を踏み入れない場所ですっ。ううっ、臭い……空気がよどんで息が詰まりそう……。こんなところでシーラさまが息をしているなんて、ヒルダ、我慢がなりません。お屋敷は、万事上手くいっているではありませんか……!!」
ヒルダがここまで言うとは……。
少々、危険信号かもしれないな。
彼女も貴族の娘、使用人部屋に入るには嫌悪感があるのだろう。
そして、私の行動は本来の『シーラ』から外れすぎた。
さて、どうする。
「――…………ふ」
「ふ? ふがどうなさいましたの、シーラさま!!」
涙目で鼻を押さえながら言うヒルダ。
不安な瞳のそばかすメイド。
無表情のアニカ。
そして私は…………思いっきりのけぞった。
「ふ、ふ、ふ、おほほほほほほほほほほほほほほほ!!!!」
「し、シーラさま!!??」
ヒルダは叫ぶが、私は気にせず高笑いを続けた。
涙が出るほど笑い飛ばしてから、優しげに笑ってヒルダを見る。
「『お屋敷は万事上手くいっている』……? あなたにはそう見えるの、ヒルダ?」
「え、あ、は、はい、このヒルダの出来の悪い両目には、そのように……」
「実際出来が悪いわ! それじゃガラス玉のほうがまだマシよ。いずれ私がつけかえてあげる。――あなた」
あなた、と言って視線を向けたのは、そばかすメイドのほうだ。
彼女は小さく跳び上がり、必死に背筋を伸ばす。
「は、はい、シーラさま!!」
「あなたもそう思っているの?『お屋敷は万事上手くいっている』?」
「そ、それは、その、は、はい……シーラさまのおっしゃるとおり、順番に『教育』を行い、死亡者はおらず、脱走者も、抵抗する者もなく……」
ガタガタ震えるメイドに向かって、私は冷酷に言い放った。
「つまらないこと」
「…………!!」
「つまらないつまらないつまらない、つまらないわ!! 私に言われたとおりですって? 私が、なんのために完璧なルールを決めたと思っているの?」
私は替えの制服のスカートをなびかせ、ベッドの隙間をひらひらターンして見せた。
豪華な赤毛が揺れ、まるでマントか何かのようだ。
ヒルダが、メイドが、私を見ている。
ヒルダの後ろからは、玄関にいた使用人たちがおそるおそるのぞいている。
いいぞ。聞くといい。
『シーラ』の言葉を。
ふっくらとした唇をゆがめ、私は華やかに笑う。
「ルールは、破らせるために作るのよ!!」
「破らせる、ため……?」
そばかすメイドの顔が絶望に染まる。
また、シーラがわけのわからないことを言い出したと思っているのだろう。
それでいい。シーラはこの家の支配者だ。
ただの善人になったらすぐにバレる。鮮やかに皆を振り回す存在でいなくては。
「そうよ!! 私はこの国のすべてを手に入れる女よ。あらゆる贅沢には慣れている。私は、お金では手に入らない娯楽が欲しいの。厳しいルールで縛られたあなたたちが、どんなふうに反抗するか! どんなふうに壊れるか! 人間ってものが私の予想を超えてくれることをこそ、期待していたの!」
高らかに言う私は、役者みたいに見えるだろうか。
それか、まがまがしい炎みたいに?
ちら、とヒルダを見る。
彼女の瞳は、ゆるゆると潤み始めていた。
ヒルダがうっとりしているようなら、大丈夫。
私はぴたりと止まると、そばかすメイドを指さした。
「期待はずれ。全員クビです」
「く、クビ……か、解雇ということ、ですの? 全員……?」
「そうよ。このシーラに、二度も三度も同じことを言わせるつもり?」
「め、めめめっそうもございません!!」
素っ頓狂な声を出し、メイドは深く頭を下げる。
私はくるりと振り返り、ヒルダの背後の使用人たちも指さした。
「あなたもあなたもあなたも、とにかく全員クビですから!! 今夜中にお父さまとお母さまに話を通しておくわ。みんな、速やかに荷物をまとめておくこと。異論は認めない!! わかった?」
「「「「「「は……はい!!」」」」」
うろたえつつも、結構声がそろっているのがおかしい。
私は両手を自分の細腰において微笑した。
殺し屋をやっていたころ、ミニマムな新興宗教の教祖を暗殺したことがある。
そのとき学んだのだ。支配がしみついた団体を解体するには、教祖や幹部を排除するだけでは足りない。とにかく、全員をばらばらにするのだ。
支配に慣れ、疑心暗鬼が住み着いた連中は、固めておくとろくなことにならない。
いっぺんに解雇し、面倒でもひとりひとりに別の勤め先を探してやる。
それで一段落だ。
「シーラさま……さすがですわ!! そこまで深遠なお考えがあるとはつゆ知らず、ヒルダ、余計なことを申しました!! 是非ともこの背中を玄関マットとしてお使いになって!」
「使いづらそうだからイヤだ。さて、残る問題は、すぐに動けない君だが」
私は口調を戻して言い、寝台の少女を見下ろす。
アニカと呼ばれた白い少女は、さっきから一言も発していなかった。
表情も、冷たい無表情から変わらない。
……この子を見ていると、どうしても、自分の幼少期を思い出してしまうな。
ガラクタの中から抜け出したときの私も、きっとこんな顔をしていたんだろう。
私は少しの間を置いてから、言う。
「最後の『教育』の犠牲者になった君。君も、今この時点から自由になる。おとなしく暴力を振るわれる必要はない。何をやっても私は怒らないし、なんなら自由に動けない君の代わりに、やりたいことをやってあげてもいい」
私の言葉を聞くと、そばかすメイドがあからさまに引きつった。
はっ、はっ、と、短い息を吐いているのが聞こえる。
おびえているのだ。
幼い少女の復讐に。
アニカは、じいっと私を見つめる。
ピンクの瞳が、瓦礫を染めた夕日の色を思い出させる。
私は囁く。
「力を手に入れたら、君は、何をしたい?」