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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
6/17

6.悪役らしくないのがバレてしまった!

「――思った通りだ」


 私はつぶやく。

 そばかすのメイドは、ぶるりと恐怖で震えた。


「な、何、が、ですの……? わた、私は、私たちは、おっしゃられた通りに……」


 セリフにはガチガチと歯の鳴る音が交じる。

 私は、おびえきったメイドの袖を押し上げた。


 そこには、古い傷がミミズ腫れのように残っている。


 理解した。この公爵家で何が行われていたか、私にはわかった。

 ここで行われていたのは、支配だ。

 純粋な、恐怖による支配。


 そばかすメイドは、最初に『当番』といった。

 おそらく、公爵家内での『支配者』と『ターゲット』は当番制なのだろう。

 シーラの一言で、ランダムに『支配者』と『ターゲット』が入れ替わるのだ。

 いじめられる『ターゲット』を固定にすると、ターゲット同士が共闘する可能性がある。

 立場をランダムにすると、それすらできない。

 明日はどうなるかわからない。

 恐怖だ。とてつもない恐怖が公爵家全体を覆い尽くし、人々は異常に臆病にする。


 臆病になった人間は、どうなるか。

 従順になるのだ。

 互いに疑心暗鬼になり、シーラだけにこびをうるようになる。

 そうやって、シーラはこの家に君臨してきた……。


「……シーラさま!! こんな地下へいらっしゃるだなどと、どうなさったんですの!? 誇り高きシーラさまらしくありませんわ!!」


 ヒルダの声に、私は振り向く。

 ヒルダの顔は青ざめ、声には嫌悪の響きがあった。


「こんなところ、下級の使用人しか足を踏み入れない場所ですっ。ううっ、臭い……空気がよどんで息が詰まりそう……。こんなところでシーラさまが息をしているなんて、ヒルダ、我慢がなりません。お屋敷は、万事上手くいっているではありませんか……!!」


 ヒルダがここまで言うとは……。

 少々、危険信号かもしれないな。

 彼女も貴族の娘、使用人部屋に入るには嫌悪感があるのだろう。

 そして、私の行動は本来の『シーラ』から外れすぎた。


 さて、どうする。


「――…………ふ」


「ふ? ふがどうなさいましたの、シーラさま!!」


 涙目で鼻を押さえながら言うヒルダ。

 不安な瞳のそばかすメイド。

 無表情のアニカ。

 そして私は…………思いっきりのけぞった。


「ふ、ふ、ふ、おほほほほほほほほほほほほほほほ!!!!」


「し、シーラさま!!??」


 ヒルダは叫ぶが、私は気にせず高笑いを続けた。

 涙が出るほど笑い飛ばしてから、優しげに笑ってヒルダを見る。


「『お屋敷は万事上手くいっている』……? あなたにはそう見えるの、ヒルダ?」


「え、あ、は、はい、このヒルダの出来の悪い両目には、そのように……」


「実際出来が悪いわ! それじゃガラス玉のほうがまだマシよ。いずれ私がつけかえてあげる。――あなた」


 あなた、と言って視線を向けたのは、そばかすメイドのほうだ。

 彼女は小さく跳び上がり、必死に背筋を伸ばす。


「は、はい、シーラさま!!」


「あなたもそう思っているの?『お屋敷は万事上手くいっている』?」


「そ、それは、その、は、はい……シーラさまのおっしゃるとおり、順番に『教育』を行い、死亡者はおらず、脱走者も、抵抗する者もなく……」


 ガタガタ震えるメイドに向かって、私は冷酷に言い放った。


「つまらないこと」


「…………!!」


「つまらないつまらないつまらない、つまらないわ!! 私に言われたとおりですって? 私が、なんのために完璧なルールを決めたと思っているの?」


 私は替えの制服のスカートをなびかせ、ベッドの隙間をひらひらターンして見せた。

 豪華な赤毛が揺れ、まるでマントか何かのようだ。

 ヒルダが、メイドが、私を見ている。

 ヒルダの後ろからは、玄関にいた使用人たちがおそるおそるのぞいている。


 いいぞ。聞くといい。

『シーラ』の言葉を。

 ふっくらとした唇をゆがめ、私は華やかに笑う。


「ルールは、破らせるために作るのよ!!」


「破らせる、ため……?」


 そばかすメイドの顔が絶望に染まる。

 また、シーラがわけのわからないことを言い出したと思っているのだろう。

 それでいい。シーラはこの家の支配者だ。

 ただの善人になったらすぐにバレる。鮮やかに皆を振り回す存在でいなくては。


「そうよ!! 私はこの国のすべてを手に入れる女よ。あらゆる贅沢には慣れている。私は、お金では手に入らない娯楽が欲しいの。厳しいルールで縛られたあなたたちが、どんなふうに反抗するか! どんなふうに壊れるか! 人間ってものが私の予想を超えてくれることをこそ、期待していたの!」


 高らかに言う私は、役者みたいに見えるだろうか。

 それか、まがまがしい炎みたいに?

 ちら、とヒルダを見る。

 彼女の瞳は、ゆるゆると潤み始めていた。

 ヒルダがうっとりしているようなら、大丈夫。


 私はぴたりと止まると、そばかすメイドを指さした。


「期待はずれ。全員クビです」


「く、クビ……か、解雇ということ、ですの? 全員……?」


「そうよ。このシーラに、二度も三度も同じことを言わせるつもり?」


「め、めめめっそうもございません!!」


 素っ頓狂な声を出し、メイドは深く頭を下げる。

 私はくるりと振り返り、ヒルダの背後の使用人たちも指さした。


「あなたもあなたもあなたも、とにかく全員クビですから!! 今夜中にお父さまとお母さまに話を通しておくわ。みんな、速やかに荷物をまとめておくこと。異論は認めない!! わかった?」


「「「「「「は……はい!!」」」」」


 うろたえつつも、結構声がそろっているのがおかしい。

 私は両手を自分の細腰において微笑した。


 殺し屋をやっていたころ、ミニマムな新興宗教の教祖を暗殺したことがある。

 そのとき学んだのだ。支配がしみついた団体を解体するには、教祖や幹部を排除するだけでは足りない。とにかく、全員をばらばらにするのだ。

 支配に慣れ、疑心暗鬼が住み着いた連中は、固めておくとろくなことにならない。

 いっぺんに解雇し、面倒でもひとりひとりに別の勤め先を探してやる。

 それで一段落だ。


「シーラさま……さすがですわ!! そこまで深遠なお考えがあるとはつゆ知らず、ヒルダ、余計なことを申しました!! 是非ともこの背中を玄関マットとしてお使いになって!」


「使いづらそうだからイヤだ。さて、残る問題は、すぐに動けない君だが」


 私は口調を戻して言い、寝台の少女を見下ろす。

 アニカと呼ばれた白い少女は、さっきから一言も発していなかった。

 表情も、冷たい無表情から変わらない。

 ……この子を見ていると、どうしても、自分の幼少期を思い出してしまうな。

 ガラクタの中から抜け出したときの私も、きっとこんな顔をしていたんだろう。


 私は少しの間を置いてから、言う。


「最後の『教育』の犠牲者になった君。君も、今この時点から自由になる。おとなしく暴力を振るわれる必要はない。何をやっても私は怒らないし、なんなら自由に動けない君の代わりに、やりたいことをやってあげてもいい」


 私の言葉を聞くと、そばかすメイドがあからさまに引きつった。

 はっ、はっ、と、短い息を吐いているのが聞こえる。

 おびえているのだ。

 幼い少女の復讐に。


 アニカは、じいっと私を見つめる。

 ピンクの瞳が、瓦礫を染めた夕日の色を思い出させる。

 私は囁く。


「力を手に入れたら、君は、何をしたい?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公さん、 周りの状況や反応から、たくさんの情報を仕入れて、そこから出てくる、次の一手が素晴らしい。 シーラらしくない?と違和感感じた人も、それがあっという間に吹っ飛びますね。 でも、そん…
[良い点] なるほど……前魂のシーラは本物の悪役令嬢だったわけですね~! そりゃ、リサを助けちゃったりしたら今までとのギャップがすごくて、王子気づいちゃいますよね。笑 それに、忠告のわけにも納得。 …
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