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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
5/17

5.屋敷が不穏なのに気づいてしまった!

 ごとごとと馬車が揺れる。

 公爵家の紋章入りの箱馬車。乗っているのは、私とヒルダだ。

 転生初日の日が暮れて、私たちはシーラの屋敷に向かっていた。

 魔法学園は全寮制だが、私が旧図書館に行っている間にヒルダが親に連絡をしたらしい。



『今日は色々と大変な日でしたもの、お屋敷に帰って公爵閣下ご夫妻に無事を報告するべきですわ。わたくし、連絡を済ませておきました! が! その……ひょっとして、出過ぎた真似、でした……?』


 馬車に乗る前、ヒルダは妙に目をキラキラさせて聞いてきた。

 私の答えはあっさりだ。


『いや、君がそうすべきだと言うなら、おそらくはそうなんだろう』


『えっ………………。その、お嫌でしたらご遠慮なくおっしゃってくださいませ。なんでしたら、きつーいお仕置きをしてくださってもいいんですのよ!?』


『なんだ、そんなにお仕置きされたいのか』


『まままままままさかっ!! はしたないッ!! そんなはしたないこと、たとえ事実であろうとも、わたくしの口からはとてもとてもとても!!』


 ここで顔が真っ赤になったあたり、やっぱりヒルダはそういう子らしい。

 正直言って、そういう子は嫌いじゃない。

 しかもこれだけ素直だと、サービスしたくなってしまう。

 私はうっすら切れるような笑いを浮かべ、ヒルダの顎をとらえた。


『ほう、面白いことを言うな。自分の欲望すら吐き出せないような口がなんの役に立つ? 要らないんじゃないのか?』


 囁きながら、つうっ……っと親指で唇をなぞると、ヒルダは見事、失神したのだった――。



「……そういえばヒルダ、体はもう平気なのか? さっき失神しただろう」


 思い出して、隣に座ったヒルダに聞く。

 ヒルダはぴーんと背筋を伸ばし、目の中に星を飛ばした。


「はいっ!! 平気どころではありませんわ、まるきり生まれ変わったような心地です! 視界が鮮やかに冴え渡り、風の音も車輪の音も、何もかもが天上の音楽でしてよ!!」


「脳内麻薬が出っぱなしだな。楽しそうだが、ほどほどにしておけ、君に早死にされると困る。君は私のものなのだから」


「は、はひっ……!! 生きますけど、死んでもいいです!!」


 一文の中ですでに矛盾してるぞ、ヒルダ。かわいいな。


 彼女は「側仕え」というだけあって、幼いころにシーラの屋敷に預けられたらしい。

 以来、シーラの友達、兼、侍女のような扱いなのだろう。それなりの貴族の末娘だというのに、ヒルダの親は、政略結婚よりシーラの腰巾着としての出世をヒルダに望んだのだ。

 シーラがストレートに王太子妃になり、王妃になるのならいいが、シーラは悪役令嬢である。

 悪役令嬢がストレートに断罪されてしまえば、ヒルダも罪に巻きこまれかねない……。


 考えているうちに、馬車が止まった。


「着きましたわ! さ、どうぞ、シーラさま」


 ヒルダに導かれ、御者が置いた踏み台を踏んで馬車から降りる。

 さて、これがシーラの屋敷か。


 うーーーーん……。

 でかいホテルかな? というサイズの石造建築に、神殿風の円柱と、タマネギみたいな屋根の塔が山ほどくっついている。

 なんというか、ゴテゴテだ、ゴテゴテ。

 そのゴテゴテの前に、使用人がずらりと並んでいる。


「「「「「おかえりなさい、シーラさま!!」」」」」


「ただいま帰りました」


 私が答えると、三十人ほどの使用人が、ざっ、と頭を下げる。

 軍隊じみた統率だな。それに、なにか、こう……。

 妙な気配がある、気がする。

 これは、なんだ?


 ――くれぐれも、『シーラ』には気をつけることだ 


 エトの声が脳裏に響く。

 イヤな予感がする。


「シーラさま」


 使用人たちの列から出てきたのは、高慢そうなメイドだった。

 メイドはそばかすの散った鼻をつん、と天に向け、唇を笑みにゆがめる。


「学園で大変な事故に遭われたと連絡を受けております。ご無事で何よりでした。お父様とお母様がお待ちです。お会いする前に、風呂と軽食のご用意がございます」


「ご苦労だった。では、さっそく風呂を使わせてもらおう」


 答えつつ、私は使用人たちを観察している。

 そばかすのメイドはそのまま突っ立って、動き出そうとしなかった。


「どうした?」


 私が問うと、そばかすのメイドは目を細めた。


「『当番』のことですが、すべて抜かりなく。私がしっかりと皆を『教育』しております。今朝の『教育』はアニカでしたので列にはおりませんが、そういう事情ですので……ご安心くださいまし」


「――ああ、なるほど、そういうことか」


 私はつぶやき、ちらとヒルダを見る。

 彼女はあいまいな微笑みで沈黙を守っている。

 なるほど、君も知っているのか。

 これを。

 シーラの、本性を。


 ふ、と息を吐き、私はメイドを押しのけた。


「!? シーラさま!?」


 焦るメイドを放って、私はどんどん屋敷の中へ入っていった。

 ここに来るのは初めてだが、ライトノベルのファンタジー世界はなんとなくヨーロッパ風だ。ヨーロッパの建築様式なら大体頭に入っている。

 こういう建物で、使用人に割り当てられるのは、屋根裏か地下。

 私はすぐに使用人用の階段を見つけ出し、狭いらせん階段で地下へ向かった。


「アニカ、ここか?」


 名を呼んで、湿っぽい扉を開け放つ。

 そこはだだっ広い地下の大部屋で、粗末なベッドが十個も並んでいた。

 ベッドとベッドを仕切るカーテンすらない、野戦病院みたいな空間。

 隅っこのベッドで、白っぽいものがうごめく。


「あ……シーラ、さ、ま……」

 

「君が、アニカか」


 隅っこのベッドの脇に立ち、私はアニカを見下ろした。

 アニカは壊れた人形みたいな少女だ。

 短い髪は白、瞳はピンク。やっと十歳をこえたくらいだろう。

 げっそりと痩せた顔には、びっくりするほど表情がない。しかも、半分は包帯で覆われている。

 骨の浮いた体からも、血の臭いがする。


 うえーん、と。

 心のどこかで、幼い私の泣き声がした。

 幼い私。

 空爆で両親を失い、自分ひとりで、どうにか自宅の残骸から這い出てきた私。

 やっと外に出てきたのに、やっと地獄から抜け出したと思ったのに、そこにあったのはガラクタだった。大好きだった街は、もうそこになかった。あったのはがらくたの山。

 あのときの私は、多分こんな顔をしていた。

 うえーん、うえーん、と、心の中で泣きながら、顔は、どこまでも無表情で。

 取り返しのつかないくらい、世界を呪っていた……。


「シーラさま!! なに、何か、な、なに、なにか、ご不満、が、ございましたか!? わ、わた、私は、シーラさまのおっしゃるとおりに、その子を『教育』させただけで……ひぃっ!?」


 背後から、どたばたと足音が近づいてくる。

 アニカを『教育』した、と言ってきたそばかすのメイドが、私を追って来たのだ。

 私は、ふりむきざまに、彼女の腕を取った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 執筆疲れから癒されに来ました(笑) 内容は兎も角、栗原さんの文章を読むと元気を貰えるんですよね! 今回はヒルダ大活躍の回でしたね! 気絶して星が舞って、チカチカして大忙し(笑) いい具合…
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