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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
4/17

4.共犯者に誘われてしまった!

『旧図書館で』。


 エトに差しこまれた紙片には、そう書いてあった。


「ここだな」


 私は旧図書館の前に立ち、黒々とした建築を見上げる。

 学園内にある森の外れに、ぽつんとたたずむ神殿のような建物。

 結構な大きさだが、一度火事にあったのかもしれない。

 ところどころが黒ずみ、灰の臭いもうっすらと漂っていた。


「当然ながら、正面玄関は鎖と鍵で閉鎖。ピッキングは可能だろうが、そもそも最近開いた形跡がない。……他を探すか」


 若草を踏んで建物の周りを回っていくと、裏口がある。

 こちらのドアノブには、錆がこすれた痕があった。

 鍵の様子を確かめ、髪からヘアピンを抜く。ここから、解錠までにかかった時間は三十秒。

 一度死んでも、腕は鈍っていないようだ。

 きぃ、とかすかな音を立てて裏口が開く。

 埃かぶった事務室を音もなく通り抜け、閲覧室へ。


 それにしても……ずいぶんと立派な図書館だな!

 天井は高くて立派な天井画が描かれているし、広い室内には、まだ本の詰まった書架が立ち並んでいる。高い位置にある窓から光が差しこみ、埃がきらめく――。


「鍵開けの魔法は使わないんだな。朝の大技で疲れたの?」


 書架の奥から、聞き覚えのある声。

 エトだ。

 かなり距離がありそうなのに、私の気配を察したのだ!


「あれくらいなんでもない。魔法よりピンでの鍵開けのほうが得意なだけだ。なにせ私は、シーラではないからな」


 どきどきする胸を抱えながら、私は閲覧室に入りこむ。

 どこだ。エトはどこにいる?

 大体の場所はわかるが、本が声を吸収するせいで、正確な位置がわかりづらい。


「へえ? もうシーラのふりはしないんだ。信用されてるなあ、僕」


 笑うような、甘い声。

 少しも油断していない声。

 すてきだ。愛しい。ますます胸が高鳴る。

 私は、声がうわずらないよう注意して言う。


「君の殺気だけは信用している。君は、美しい人殺しだ」


「美しい……ひとごろし? あははははは! へえええ、こんな地味な黒髪、黒目が好みなの? 僕、そんなこと言われたの初めてだ!」


 笑いに無邪気さがまじる。

 私は頬が熱くなるのを感じながら、淡々と告げた。


「君はいつだって、殺し、殺される可能性を考えている。そういう人間は見ればわかる。ここだってそうだ。君がこの場所を選んだのは、私から姿を隠す障害物が多いから。こうも本棚だらけでは、直線で間をつめられない。大ぶりな攻撃、やみくもな魔法攻撃なら可能だが、そんなものは避ける自信があるんだろう。……君の自信は、美しい」


「……すごい。すっごい褒めてくれるね、君。僕、なんだか嬉しくなってきちゃった。――嬉しいから、ひとつ教えてあげる」


 エトの声のトーンが落ちる。

 こつり、と靴音がした。

 こつり。こつり。こつり。

 エトが歩いている。歩きながら、語り続けている。


「魔法っていうのは、拳や剣での攻撃以上に視覚に縛られている。君が闇獅子に魔法を当てたときも、僕の背後で爆発を起こしたときも、君は魔法をかける場所を睨んだだろう? あれが大事なんだ」


「それくらいの情報なら、魔法の教科書から獲得済みだ。人間は直接見えるものにしか魔法をかけられない。実体がないもの、遠くのものをイメージするだけで魔法をかけるられるのは、大賢者レベルの熟練者のみであるという」


 私が返すと、エトは残念そうな声を出した。


「なんだ、もう知ってたの。僕が教えてあげようと思ったのに、つまんなーい。でも、これを知ってるなら、僕がやってることの意味もわかるね?」


 言葉が途絶えた直後、書架の間に人影が現れる。

 ――エト。

 黒髪に黒曜石の瞳を隠した、第二王子。

 朝方とはあまりに違う、気圧されるようなオーラ。

 私は息を詰める。

 エトはにっこり笑って、自分の胸に手を当てた。


「こうして僕が君の前に出てくるのは、捨て身だっていうこと」


「君。私に、殺されたいのか?」


 問う声が、欲望でかすれる。

 エトは目を細めたのだろう。

 肉食獣の視線をこちらへ向けて、エトは囁く。


「君を、僕のものにしたい」


 なんてことだ。なんて……なんて、こと。

 心が芯まで震え上がる。

 私はどうにか声をしぼり出す。


「私が、何者かも知らないのに?」


「僕が美しい人殺しなら、君も美しい人殺し。『テ』の生命魔法の使い手にして、おそらくは転生者。それくらいはわかるよ。たまにあるからね、魂が別世界から飛んでくること」


 なんと、転生者だというのはバレているのか。

 しかし、そんなに転生者が来る世界というのもどうなんだ?

 湧き上がる驚きと疑問を押し隠し、私は続ける。


「君は変わっている。私なら、別世界の人間を欲しがろうとは思わないな。常識も倫理感もまったく別かもしれない」


 エトはちょっと苦笑し、首をかしげた。

 体格は大体青年なのに、動きやらなんやらが少年くさい。

 かわいい。かわいい。

 かわいいぞ!?


「それはそう。だけど君は、最初から僕を見ていなかった。僕をただの無能と思って、自分の手柄を全部僕に譲ろうとした。君は僕の敵じゃない。それだけで充分なんだよ、僕にとっては」


 えっ…………………………。

 あっ…………………………。

 あああああーーーーー……、そういう?

 そういう判断だったのか。

 それは、すまなかった。私、ばっちり君を殺す使命を負っている。

 あのときはまだ、忘れていただけで……なんか、ゴメン。


 しかし、なんだな?

 この言い方からして、めちゃくちゃ敵が多い境遇にいるな? エト。

 ふむ。……ふむ。


 こいつが、私以外に殺されるのは、困るな。


 考えつつ、私は答える。


「だが、私は悪党だぞ。金のためだけに動く」


「嘘だ」


「何?」


 顔を上げると、ばちっと目が合った。

 強い力で、ぎゅうっと視線を引きずりこまれて、動けない。


 エトは言う。


「転生前がどうだったかは知らない。だけど、石像からリサを助けたときの君は、完全に自分の本能に従っていた。君の魂がやりたいことをやっていた。そういうのは見ればわかる。君は、君の本能は、君の魂は、リサを、出会ったばかりの別世界の他人を、助けたかったんだ。……そういう相手なら、交渉の余地がある」


 ………………ばかな。

 ばかだ。そう、ばか。ばかばかしい。

 ばかばかしい、そんなわけがない。

 目の奥が熱い。反射的に感動しかけている。

 こんなのは、お決まりのセリフだ。

 私は、殺し屋。殺すだけの女。

 私は低い声で言う。


「案外楽天的なんだな、君」


 エトは制服のズボンのポケットに手を突っこみ、気楽に微笑む。


「君が転生者だってこと、『テ』の最強魔法を使うことは、みんなに黙っていてあげる。むしろ、今後も全部僕のせいにしていい。その代わり、君は僕を手伝うんだ」


 ふむ。あり得ない取引ではないな。

 殺しのタイミングをみるためにも、この世界に慣れるためにも、エトと協力関係になるのはありかもしれない。


「手伝って何をする?」


「ちょっとした盗み。何を盗むかは、まだ教えてあげない。……今日は君も疲れてるだろ? 少し時間をあげるから、考えてみてほしい。言っておくけど、僕は役に立つよ?」


 解答を急かさないあたりも、妙に信用したくなる男だ。

 逆に、すぐに『はい』と言いたくなる。

 はやる気持ちを抑え、私は言う。


「どうだかな。私は単独での潜入任務に慣れている」


「それは頼もしいね。だけど、一筋縄ではいかないかもしれないよ。くれぐれも、『シーラ』には気をつけることだ」


 エトは言い、薄い唇に人差し指をあてた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おはようございます。笑 起きたてにまだの4話を読みに来ました! 元気無かったけど、栗原先生の文章読むとパワーもらえます。あと、私も書きたくなっちゃいます!笑 第4話、朝読書に最高の展…
[一言] エト、怖っ。 気が抜けないですね。 続きが楽しみです♪
[良い点] ときめきとドキドキしかない密会パートでしたね…! 甘い声。少しも油断していない声ですって!!!私は3度くらいこの2行スクロールで戻りました好きです!!!! この姿がみえない状態でお互い…
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