3.王子にバレてしまった!
「いかにも、僕がリムランデルン王国の第二王子にして最強の魔法士、エトだ!! ひれ伏せ、愚民ども!! どっかーーーーん!!」
堂々と叫び、謎のカッコイイ・ポーズをつけるエト。
どっかーんって、お前……。
いや、まあいい、バカであればあるほどだましやすい。
どっかーんと爆発が起こればいいんだろう?
私はブレスレットを押さえ、エトの背後に炎をイメージしてやる。
直後、ドンッ!! と爆発音。
エトの後ろで、盛大な土煙があがった。
「ひえっ!! なんてド派手な魔法ですの!? とんだ地味男さんだとばっかり思ってましたのに!!」
ヒルダは叫び、頭を抱えてしゃがみこむ。
ヒルダもちゃんとだまされているようだ。
リサは、と見ると、彼女は目をみはって立ち尽くしている。
「エトさまに、こんな力が……?」
割合冷静な女だな。
この爆発慣れ……普段は修羅の世界にでも生きているのか?
それと、もうひとつ気になることがある。
エトの背後で起きた爆発だ。
私は炎をイメージしたのに、炎は上がらなかった。
爆発音がして、上がったのは土煙。
爆発したのは、一体なんだ?
私の魔法は、一体なんなんだ?
ゲーム慣れしていないのがキツいな、想像がつかない。
首をひねる私をよそに、エトは満足げに近づいてくる。
「二人とも無事で何よりだ。君は……ああ、噂の転校生か。こっちの君は知ってるよ、兄上の婚約者のシーラだね。二人ともびっくりしただろ。原因究明はちゃんとさせるから安心して」
「ひえ、そんなそんな、殿下直々にお言葉を頂くなんてもったいない! こ、この度は、本当に、いえ、誠に、心から、誠心誠意、全身全霊、とにかくありがたく思っておりますです!」
リサがばねじかけみたいに頭を下げる。
いかにもな平民ムーブだ。ならば私は、いかにもなご令嬢ムーブでいくしかない。
一流の殺し屋は一流の役者。こういうときの礼儀もお手の物だ。
「殿下こそ、御無事でなによりです。このご恩は我が魂に刻み、一生忘れません。エトさまとリムラルデン王国に永遠あれ」
私は濡れたうえに埃まみれのスカートのすそをつまみ、優雅に一礼してみせた。
これまた埃まみれの顔で、まっすぐにエトを見る。
そして、感謝のほほえみ。
エトはそんな私を見ると、ちょっと焦って目を伏せた。
「……そこまで言われると照れるな。僕こそ、婚約者をこんな埃まみれにして、兄上に謝らなきゃ。そうだ、リサ、ちょっと下がってて。シーラに兄上への言づてを頼むから」
「はい、もちろんです!」
リサは大急ぎで跳び下がり、ヒルダがその耳をがっしと塞ぐ。
いいぞ、ヒルダ。いい手駒ムーブだ。
満足して目を細める私の耳に、エトが口を寄せた。
「――お前、シーラじゃないな?」
「!」
ぎょっとしたが、表には出さない。
まつげの一本も動かさず、不思議そうな顔を作る。
ゆっくりとエトを見上げ、名を呼ぶ。
「エトさま?」
きちんと無垢で不安げな声が出た。
エトは、近くで見ると案外背が高い。
かなり長身のシーラより少し高いか同じくらいだ。均整がとれた体だし、顔の形も完璧。
肌は白く、前髪が長すぎる黒髪はつややか。
前髪の奥が見てみたいな、と思った瞬間。
目が、合った。
前髪の奥――ギラリ、と光る真っ黒な目と。
まるで黒曜石のナイフみたいな、どこまでも黒く、暗く、なめらかな……敵意。
薄い唇がゆがみ、囁く。
「いい演技だ。全部僕のせいにしようとしただけはある。お前はシーラじゃない。だけど、使える。――人殺しの目だ」
甘くて、どす黒い、殺気まみれの声だった。
今、このとき、わかった。
なんでこの男に、私の正体がバレたのか。
この男も、人殺しだからだ。
ただの人殺しじゃない。
特別な、極上の、人殺し。
ぶわっと全身に熱が回った。目がチカチカする。
体が熱い。息が熱い。あんまりにも、熱くて、体が燃えてしまいそう。
興奮している。人殺しなんか何人も、何百人も、何千人も見てきたのに。
この人は……特別な予感がする。
「……じゃあ、今言ったことを忘れないでね。シーラ、今までの僕ら、兄上に遠慮して疎遠気味だったよね。だけど本当は家族みたいなものだから、これをきっかけにもう少し親しく付き合えるといいな」
急に『表向きの声』に戻って、エトが言う。
私を冷淡に押し離す。
「あ……」
私は、思わずエトに手を伸ばした。
何をしたかったのかは、わからない。
引き留めたかったのかもしれない。
エトはそんな私に笑いかけ、自分の胸をとん、と叩いて去って行く。
今の、なんだったんだろう。心臓の位置?
それか、制服の胸ポケット……。
……胸ポケット?
はっとした。
慌てて自分の胸ポケットを見下ろすと……あった!!
さっきまではなかったはずの紙片が、ちょっぴり顔を出している。
エトだ。
彼が、会話しながら紙片を差しこんでいったのだ。
私の心臓の位置に、私に気づかれないうちに!!
「あの男……私を、殺せる」
私は、思わず口の中でつぶやいた。
紙片の代わりにナイフを突っこまれれば、私は、死んでいた。
なんてこと。なんて男。
心臓が躍る。恐怖で。歓喜で。
どうしよう。私、嬉しくてたまらない。
こんなにもスマートな殺害予告、最高の最高の最高じゃないか!!
「シーラさま、どうされました? お顔が赤い……あんなことがあったのですもの、きっとどこかお悪いですわよね? このヒルダにつかまってください! 校医のところに参りましょう」
リサを放り出したヒルダが駆け寄ってくる。
私はぼーっと答えた。
「ああ、うん……多分医者じゃ治らない奴だが」
「不治の病ですの!? まさかシーラさま、そんなものをわたくしに隠されていたんですのっ!?」
ヒルダはまだ叫んでいたけれど、私はエトの後ろ姿を見ていた。
しあわせだった。
今までにないくらいしあわせで、頭がからっぽだった。
……そのせいかもしれない。
ふわり、と、急に、妙なことを思い出した。
古代の宮殿のような場所で、女神っぽいものと話している自分の記憶。
これは……ひょっとしなくても、転生直前の記憶だな?
私は元の世界で死んだ後、女神さまらしきものと喋ったんだ。
確か、女神はひどく青ざめていて、こう言った……。
――殺し屋ランキングナンバー1のあなたに、依頼があるの。
――とある世界に行って、ある男を殺してほしい。
――任務のために、あなたにはその世界での最強魔法を与えます。
――ターゲットは……。
「……なんてことだ」
私はぽろりとつぶやく。
思い出した。思い出してしまった。
女神が依頼してきた殺しのターゲットは、黒髪に黒曜石の目をした男。
リムデルラン王国第二王子……エト、だ