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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
13/17

13.君は、全部僕のせいにして

「…………!!」


 僕は息を呑む。

 貴族たちも、息を呑む。

 寝台の上にコルネリウスがいる。

 コルネリウスは血まみれだった。

 真っ白な寝間着を、大量の鮮血に濡らしていた。


 どう見たって、人間ひとり死ぬくらいの血が出ていた。

 なのに、コルネリウスは寝台から飛び降りて、明るく笑って両手を広げた。


「ごらん!! 奇跡だよ。奇跡が起こったんだ!!」


 なんて張りのある声だろう!

 こんな兄の声、一度も聞いたことがない。

 こんな、こんな……。


「見て、わたしは美しいだろう? ああ、不思議だ。こんなにも心が晴れ晴れとしている。ほとんど生まれて初めてくらいに。わたしは、神の手によって『リリン』の国から戻ってきた。この国の王に……この大陸の王になるよう、神に選ばれたんだ!!」


 こんなに晴れやかに笑って、こんなにはつらつと動く、兄。

 こんなに明るくて――――空っぽの目をした兄を、僕は知らない。


「コルネリウス兄上」


 僕は、貴族を掻き分けて前に出た。

 兄のきらめくだけの瞳に僕が映った。


「お前――」


 兄はしばし僕を見つめて、ぱあっと大輪の花が咲くみたいに笑った。


「エトアルト!! エトアルト、わたしはお前の愛を、忠誠を覚えているよ。見ておくれ、わたしは美しいだろう? これからはわたしの時代だ。きっとお前をしあわせにする。共に行こう、エトアルト。今こそ、お前の本当の忠誠を見せてくれ!!」


 そのとき僕は確信した。


 これは、兄じゃない。

この、まがまがしい美しさをまとった男は、コルネリウスじゃない。

 コルネリウスは、僕のことを、かすれぎみの優しい声で『エト』と呼んだ。

 コルネリウスは、さみしくて、悲しくて、弱くて、暗い目をしていた。

 そんな兄を、僕は愛していた。


 僕の愛していた兄は、死んだんだ。

 そして、魔物が、帰ってきた。

 兄の姿を取って――。


「何を黙ってる!! 第一王子の快癒に、『テ』の奇跡に、言うことはないのか!!」


 母の叫びが耳を打った。

 貴族たちが、はっとして背を正す。


「お喜びを申し上げます!!」


「生きておられた!」


「素晴らしい、奇跡だ……!」


 ばらばらと上がる声。

 上がる熱量。

 拍手。

 拍手。

 拍手。

 みんなの口が開く。


「「「「「第一王子のご快癒を、我ら一同、心よりお喜びを申し上げます!!」」」」」


 心より、お喜びを。

 この、兄に、心からのお喜びを。


 ……なあ。

 それで、いいのか?

 お前らにとっての『生きている』って、こんなのか?

 こんなので、いいのか?

 こんなのが、『生きている』なのか。

 こんなのが、嬉しいのか。

 ……そう。


 じゃあ、殺す。


 僕が、殺す。


 それしかないだろ。僕しかいないだろ。

 僕は、コルネリウスが死にたがっていたのを知っていたんだ。

 お前らが見て見ないふりをするなら、僕が。

 僕だけが、兄を、殺す。

 

 邪魔はさせない。

 お前らにも、両親にも、あらゆる敵にも、コルネリウスのふりをしてここにいるものにも!!



■□■



「…………っ」


 僕は小さく首を振り、回想を振り払った。

 足音をひそめ、女子寮の敷地内を駆け抜ける。

 なんだって、あの日のことを思い出したんだ。

 シーラのせいか?

 シーラを――転生者の入ったシーラを、殺してあげる、なんて言ったから。

 あの子ってああいう話をすると、あんまりにも……あんまりにも。


 あんまりにも、ものすごく、かわいいんだけど、あれってなんなの!!!???


「……? 誰かいるの?」


「!!」


 うっ、まずい、寮監の見回りだ。

 僕は素早く茂みに身を隠し、ブレスレットに触れる。

 僕は木。僕は土。ここに自然にあるもの……。


「……風ね、きっと」


 寮監の夫人はぼそりとつぶやき、カンテラを手に通り過ぎていく。

 さすが、僕の擬装魔法は一級だ。

 正直、魔法で得意なのはそれだけだった。

 幼いころから暗殺者に狙われ、逃げ隠れすることが多かったからかもしれない。


 あとは、生まれつき魔力がほぼ無尽蔵なこと、無尽蔵な魔力を他人に分け与えられることだけが、僕の強み。


 残りは身体能力でカバーしてきたけど、転生者の魔法があれば話は変わる。

 彼女の魔法さえあれば、コルネリウスを殺せる。

 本当に、殺してやれる。

 シーラはそのための便利な道具。

 ――そのはずだったのに。


 なんでだ!? なんであんなに可愛くなっちゃったんだ!?

 生前のシーラは日々ツンケンしていて、高圧的で、そのわりに頭が悪かった。

 いつだって兄の言いなりで、瞳の奥がおびえていた。


 なのに、今のシーラはどうだ。

 

 まずは、めっちゃくちゃ足が速い!

 あのひらひら制服で、よくもそんなに走れるな!? 馬車並みだぞ、あの速度。

 以前のシーラは、運動全般全部ダメだった。

 ダメだって知られないために、魔法学校の運動の時間を全部自由時間に代えさせたくらい、とにかく全然ダメだった!

 今のシーラは動きもキレッキレで、ダンスの名手みたいに優雅だ。

 瞳には確かなきらめきと自信があるし、機転も利く。

 そのうえ……自然に、僕と女生徒を助けた。

 心が、きれいだ。


 あんな腹心がいたら、僕は、コルネリウスを殺したあとも――。


「……やめよう」


 僕は小さく首をふり、腰をかがめたまま茂みを出た。

 女子寮の壁に向かって、折りたたみ式のフックつきロープを投げる。

 フックは壁の上のトゲに引っかかる。

 僕はするりと壁を乗り越え、雨樋を伝って男子寮の建物を上った。


 昨晩も、僕はこうして、シーラの屋敷まで行った。

 シーラの様子を見に行ったんだ。

 コルネリウスのことも心配だったし、シーラが魔法を使うのも心配だった。

 シーラは案の定、魔力切れを起こして倒れていた。

 倒れている彼女は、まるで子猫みたいで。

 あんまりにも無防備で――しあわせな夢をみているのが、わかった。

 柔らかな体を寝台に横たえると、彼女は言ったんだ。


『好き、だよ』


 って。


 ものすごく、きれいだった。

 宝石みたいだったし、赤ん坊みたいだった。

 この世の善、そのものだった。


 ……あれは、誰への好き、だったのかな。

 わからないけど。君は、きっと、誰かを健やかに愛することができるひとだ。


「……僕は」


 屋根の上を渡りながら、僕はつぶやく。


 僕は、好きじゃない。

 僕は、誰も好きじゃない。

 君のことも、全然好きじゃない。

 僕はまともな愛を知らない。

 だからきっと、誰も愛せない。


 でも――あの子は違う。

 殺すとか殺されるとかでうっとりするのは変な趣味だけど。

 あの子はきっと、美しい愛に包まれて育った子だ。

 だからこそ、神にご褒美をもらって転生してきたんだろう。

 そんな子を、よくもこんな血なまぐさいことに巻きこんだな、僕は!


 せめて、全部終わったら、あの子がしあわせに生きていけるようにしよう。

 あの子を、必要以上に傷つけたくない。

 汚れ仕事は、僕が引き受ける。


 あの子は全部全部僕のせいにして……しあわせに、生きていけばいいんだ。


 ……それにしても、痛い。

 さっきからずっと、胸が痛い。

 ひとのしあわせを祈るのって、胸が痛むんだな。

 僕は、初めて知った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回は涙、涙な回でしたね~。じわじわきて泣けました。 エトの優しさと兄への愛が痛くて。 リリンによって復活した兄コルネリウスの何回もフルネームのエトアルトって呼んだり、弟の思いやりを忠誠っ…
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