11.暗殺の手伝いをすることになってしまった!
兄を、殺す。
エトの兄。あの、第一王子コルネリウスを、か。
……うん。
まあ、そうだろうな。
あの王子は殺したいよな。
そこに意外性はない。
納得してしまい、私はうなずいた。
「なるほど、理解した。だから君は、昨晩私の部屋に現れたんだな?」
「……あれ、覚えてたんだ?」
エトの声がゆれる。
ひょっとして、昨晩の私のわやわやな対応を思い出しているのか……?
やめろ、思いだすな、みっともない!!
あんな寝ぼけ方、生まれて初めてだったんだ!!
私は視線を泳がせ、素早くエトの目的のほうに話を振った。
「もうろうとしてはいたが、覚えている。そうか……。つまり君は、怪盗に扮して貴族の館をめぐりながら、もうひとつのチャンスを待っていたわけか。表向きの目的は盗み。真の目的は――貴族の館を訪れたコルネリウスの暗殺」
「驚いた。君、僕が兄上を殺す理由より、殺すやり方に興味があるんだね?」
おっ、話が逸れたぞ。
私はほっと胸をなで下ろす。
「当然だろう。あんな性格の兄が次期王に決まっていたら、普通は殺したくなる。不思議はない。本来なら、家臣にも第二王子派ができ、大きな争いや陰謀に発展するところだが……まあ、それは君たちの事情だ。なんにせよ、昨日はすまなかったな」
エトは私をしげしげと見つめ、首をひねった。
「どうして謝られてるのか、教えてもらっても?」
「私が君の邪魔をしたからだ。君は昨晩、私とコルネリウスが寝ているところを襲うつもりだったんだろう?」
寝ているところ、というのはまあ、そういうことだな。
私は続ける。
「昼間にあんな騒ぎがあった後だ、君はコルネリウスが私の様子を見に来ると予想していた。そして怪盗に扮し、近所の屋敷で盗みを働く。これは暗殺の前座で、目くらましだ」
喋るうちに、頭の中がするすると整理されていく。
エトは第二王子でありながら、私と同じ仕事をしている。
第一王子を屠るためだけに、暗殺者となっている。
「つまり君は、怪盗が逃げる途中に『偶然』コルネリウスを殺した……ということにしたかったんじゃないのか? そういうことなら最初に言っておけ。私は別に、寝てもよかったんだ」
私があきれまじりに言い終えると、肌がピリッとする。
なんだ。かすかな殺気を、感じたような――。
私はエトを見る。
エトは私を見ている。
エトの唇が、かすかにゆがむのが見えた。
「……君、昨日あったことを覚えてる、って言ったよね?」
「ああ。だからこういう話をしているわけだが?」
「君は、コルネリウスみたいな男が……」
「?」
「いや、いい。なんでもないよ」
エトの唇のゆがみが、笑みに変わる。
……笑み、じゃない?
ひょっとして、悲しいのか?
私が見入っているうちに、エトは緊張を取り戻した。
しなやかに伸びた姿勢が、まとう空気が、抜き身のナイフのように研ぎ澄まされる。
彼は言う。
「君の予想は大体あってる。だけど肝心なところが大外れだ。コルネリウスはいかなる魔法でも、刃でも、傷つけることはできないんだよ。彼は、この世の魔法法則の外にある魔法――虚無の神の魔法を使うからだ」
これまたファンタジーな話になってきたな。
まあ、最初からファンタジーなわけだが……私はファンタジーには疎いんだ。
私は眉間にしわをよせ、エトは話を進める。
「この国の神祖は、かつてリリンを封じた。そのとき使った魔法具は国の宝とされて、使用法も知らない貴族どもが死蔵しているのが現状だ。僕が集めているのは、その魔法具だよ。僕はもう一度リリンを封じる」
「なるほど。リリンとやらは王家の仇敵。そしてコルネリウスはリリンの魔法を使う。理由は知らないが、コルネリウスはそのリリンに取り憑かれているのか?」
だとすれば、コルネリウスの無茶苦茶な態度もある程度納得はいく。
虚無の神というくらいだ、リリンとやらは無目的にすべてを滅ぼす神なのだろう。
そんなものが第一王子を操っているようでは、早晩この国も滅びるに違いない。
エトは、薄く笑う。
「君は本当に理由を気にしないひとだ。転生前は貴族じゃなかったね? 君は人に命令を与えられて、遂行する側の人間だ」
いきなりの上から発言だな。
……いや、違うか。
エトは単に見えたものを口にしているだけだろう。
本当に、嫌なくらい鋭い男だ。
私も笑い返す。
「だったら自分が命令を与えて従えてやろう、とでも思ったか? 甘いぞ、エト。私はそもそも別の世界から来た人間だ。この国がどうなろうと、知ったことじゃない」
「だけど、僕のそばを離れたら、君は死ぬよ?」
さらりと言われ、私は改めてエトを見た。
――嘘じゃない。
はったりでもない。
この男からは、今夜も真実のにおいがする。
エトは続ける。
「昨晩、君、魔法を使っただろう? そして倒れた」
「ああ。私が倒れたのは、魔法のせいか」
「そうだ。君の使う魔法は、シーラの使っていた魔法とは全然違う。なぜそうなったかは知らないが、シーラの体でその魔法を使い続ければ、あっという間に魔力を使い果たして死んでしまうよ。君が死なないためには、僕が必要だ。僕は攻撃的な魔法は一切使えないが、君の魔法を調整することはできる」
死。死か。
二度目の死。それが悲しむべきものかどうか、私にはよくわからない。
私は問う。
「私が、魔法を使わなければ?」
「やってみてわかっただろう? 君の魔法は強烈だ。はっきりイメージしただけで発動してしまう。今後、何かの拍子に発動しないとは限らない。君は爆弾を抱えて生活するようなものだ」
エトはきっぱりと言い、一度言葉を切る。
そして、囁く。
「だから、君は一生、僕の隣においで」
陳腐だ。
文字で見たら、いかにもばかばかしいセリフに映るだろう。
ただ、エトの声は重かった。
殺してやる、とでもいうような、声だった。
「飼ってやる、ということか。さすが、王族は豪気だ」
背筋がぞくぞくする感覚をもてあましながら、私は返す。
私を欲しがった人間は初めてではない。
でも、一生を口にした男は初めてだ。
この男を、私は、殺す。
「僕はいい飼い主だよ。龍馬をきれいに育てるのがうまいんだ。きっと君も気に入る」
微笑むエトの言葉には、消しようのない品の良さがある。
私はついつい、囁いてしまう。
「それは楽しみだが、君が私より先に死んだらどうする?」
君は、私より先に死ぬ。
それは決定事項だ。私は仕事を受けたんだから。
依頼主が人だろうと、神だろうと、私は殺し屋なのだから。
君はなんと答える? エト。
「死なない。万が一早くに死ぬようなことがあったら、死ぬ前に君を殺してあげる」
……ああ。
君は、本当に。
「果たして君にできるかな。殺しは私のほうが得意そうだが」
君は、本当に、私の本性をくすぐるひとだ。
私は今、多分ひどい顔をしている。
殺意を少しも隠せずにいる。
肉食獣の目をした私の前で、君は鮮やかに笑ってみせる。
「君に殺されるのは楽しそうだ。リリンを封印し直したあとなら、考えるよ」
「なるほど」
私は熱い息を吐く。
完璧だ、エト。
「答えは? シーラ」
私に忠誠を誓わせようとするところも、とても素敵だ。
でも、私は誓わない。
君が一番欲しいものは、あげない。
「いいだろう、エト。ならばリリンとやらを封印するまでは、私は君のそばにいよう。これは従属の契約ではない。ただひとときの、共闘の誓いだ」
私は言い、エトに手を差し出す。
エトは少し迷ったのち、私の手を握った。
「こう?」
「正解」
私は囁き、彼の手をぎゅっと握った。
案外骨張っていて、びっくりするくらい温かい手だった。
その温かみで、鼻先に触れた唇のことを思い出した。
もっと、と思った。
もっと、彼に触れたかった。もっと、奥に。温かい、内臓に。熱い血に。
あなたを殺したかった。でも、それは、あなたと共に戦ったあとでいい、とも思った。
あなたへの思い入れが強くなればなるほど、あなたを殺すのは楽しいだろう。
それはもう、至高の美酒に酔うような経験に違いない。
そう。
このときはまだ、私は、そう思っていた――。




