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死神悪役令嬢は、全部第二王子のせいにする  作者: 栗原ちひろ
第1章 最強暗殺者、悪役令嬢になる
11/17

11.暗殺の手伝いをすることになってしまった!

 兄を、殺す。

 エトの兄。あの、第一王子コルネリウスを、か。


 ……うん。

 まあ、そうだろうな。

 あの王子は殺したいよな。

 そこに意外性はない。

 納得してしまい、私はうなずいた。


「なるほど、理解した。だから君は、昨晩私の部屋に現れたんだな?」


「……あれ、覚えてたんだ?」


 エトの声がゆれる。

 ひょっとして、昨晩の私のわやわやな対応を思い出しているのか……?

 やめろ、思いだすな、みっともない!!

 あんな寝ぼけ方、生まれて初めてだったんだ!!

 私は視線を泳がせ、素早くエトの目的のほうに話を振った。


「もうろうとしてはいたが、覚えている。そうか……。つまり君は、怪盗に扮して貴族の館をめぐりながら、もうひとつのチャンスを待っていたわけか。表向きの目的は盗み。真の目的は――貴族の館を訪れたコルネリウスの暗殺」


「驚いた。君、僕が兄上を殺す理由より、殺すやり方に興味があるんだね?」


 おっ、話が逸れたぞ。

 私はほっと胸をなで下ろす。


「当然だろう。あんな性格の兄が次期王に決まっていたら、普通は殺したくなる。不思議はない。本来なら、家臣にも第二王子派ができ、大きな争いや陰謀に発展するところだが……まあ、それは君たちの事情だ。なんにせよ、昨日はすまなかったな」


 エトは私をしげしげと見つめ、首をひねった。


「どうして謝られてるのか、教えてもらっても?」


「私が君の邪魔をしたからだ。君は昨晩、私とコルネリウスが寝ているところを襲うつもりだったんだろう?」


 寝ているところ、というのはまあ、そういうことだな。

 私は続ける。


「昼間にあんな騒ぎがあった後だ、君はコルネリウスが私の様子を見に来ると予想していた。そして怪盗に扮し、近所の屋敷で盗みを働く。これは暗殺の前座で、目くらましだ」


 喋るうちに、頭の中がするすると整理されていく。

 エトは第二王子でありながら、私と同じ仕事をしている。

 第一王子を屠るためだけに、暗殺者となっている。


「つまり君は、怪盗が逃げる途中に『偶然』コルネリウスを殺した……ということにしたかったんじゃないのか? そういうことなら最初に言っておけ。私は別に、寝てもよかったんだ」


 私があきれまじりに言い終えると、肌がピリッとする。

 なんだ。かすかな殺気を、感じたような――。


 私はエトを見る。

 エトは私を見ている。

 エトの唇が、かすかにゆがむのが見えた。


「……君、昨日あったことを覚えてる、って言ったよね?」


「ああ。だからこういう話をしているわけだが?」


「君は、コルネリウスみたいな男が……」


「?」


「いや、いい。なんでもないよ」


 エトの唇のゆがみが、笑みに変わる。

 ……笑み、じゃない?

 ひょっとして、悲しいのか?


 私が見入っているうちに、エトは緊張を取り戻した。

 しなやかに伸びた姿勢が、まとう空気が、抜き身のナイフのように研ぎ澄まされる。

 彼は言う。


「君の予想は大体あってる。だけど肝心なところが大外れだ。コルネリウスはいかなる魔法でも、刃でも、傷つけることはできないんだよ。彼は、この世の魔法法則の外にある魔法――虚無の神(リリン)の魔法を使うからだ」


 これまたファンタジーな話になってきたな。

 まあ、最初からファンタジーなわけだが……私はファンタジーには疎いんだ。

 私は眉間にしわをよせ、エトは話を進める。


「この国の神祖は、かつてリリンを封じた。そのとき使った魔法具は国の宝とされて、使用法も知らない貴族どもが死蔵しているのが現状だ。僕が集めているのは、その魔法具だよ。僕はもう一度リリンを封じる」


「なるほど。リリンとやらは王家の仇敵。そしてコルネリウスはリリンの魔法を使う。理由は知らないが、コルネリウスはそのリリンに取り憑かれているのか?」


 だとすれば、コルネリウスの無茶苦茶な態度もある程度納得はいく。

 虚無の神というくらいだ、リリンとやらは無目的にすべてを滅ぼす神なのだろう。

 そんなものが第一王子を操っているようでは、早晩この国も滅びるに違いない。

 エトは、薄く笑う。


「君は本当に理由を気にしないひとだ。転生前は貴族じゃなかったね? 君は人に命令を与えられて、遂行する側の人間だ」


 いきなりの上から発言だな。

 ……いや、違うか。

 エトは単に見えたものを口にしているだけだろう。

 本当に、嫌なくらい鋭い男だ。

 私も笑い返す。


「だったら自分が命令を与えて従えてやろう、とでも思ったか? 甘いぞ、エト。私はそもそも別の世界から来た人間だ。この国がどうなろうと、知ったことじゃない」


「だけど、僕のそばを離れたら、君は死ぬよ?」


 さらりと言われ、私は改めてエトを見た。


 ――嘘じゃない。

 はったりでもない。

 この男からは、今夜も真実のにおいがする。


 エトは続ける。


「昨晩、君、魔法を使っただろう? そして倒れた」


「ああ。私が倒れたのは、魔法のせいか」


「そうだ。君の使う魔法は、シーラの使っていた魔法とは全然違う。なぜそうなったかは知らないが、シーラの体でその魔法を使い続ければ、あっという間に魔力を使い果たして死んでしまうよ。君が死なないためには、僕が必要だ。僕は攻撃的な魔法は一切使えないが、君の魔法を調整することはできる」


 死。死か。

 二度目の死。それが悲しむべきものかどうか、私にはよくわからない。

 私は問う。


「私が、魔法を使わなければ?」


「やってみてわかっただろう? 君の魔法は強烈だ。はっきりイメージしただけで発動してしまう。今後、何かの拍子に発動しないとは限らない。君は爆弾を抱えて生活するようなものだ」


 エトはきっぱりと言い、一度言葉を切る。

 そして、囁く。


「だから、君は一生、僕の隣においで」


 陳腐だ。

 文字で見たら、いかにもばかばかしいセリフに映るだろう。

 ただ、エトの声は重かった。


 殺してやる、とでもいうような、声だった。


「飼ってやる、ということか。さすが、王族は豪気だ」


 背筋がぞくぞくする感覚をもてあましながら、私は返す。

 私を欲しがった人間は初めてではない。

 でも、一生を口にした男は初めてだ。


 この男を、私は、殺す。


「僕はいい飼い主だよ。龍馬をきれいに育てるのがうまいんだ。きっと君も気に入る」


 微笑むエトの言葉には、消しようのない品の良さがある。

 私はついつい、囁いてしまう。


「それは楽しみだが、君が私より先に死んだらどうする?」


 君は、私より先に死ぬ。

 それは決定事項だ。私は仕事を受けたんだから。

 依頼主が人だろうと、神だろうと、私は殺し屋なのだから。


 君はなんと答える? エト。


「死なない。万が一早くに死ぬようなことがあったら、死ぬ前に君を殺してあげる」


 ……ああ。

 君は、本当に。


「果たして君にできるかな。殺しは私のほうが得意そうだが」


 君は、本当に、私の本性をくすぐるひとだ。

 私は今、多分ひどい顔をしている。

 殺意を少しも隠せずにいる。

 肉食獣の目をした私の前で、君は鮮やかに笑ってみせる。


「君に殺されるのは楽しそうだ。リリンを封印し直したあとなら、考えるよ」


「なるほど」


 私は熱い息を吐く。

 完璧だ、エト。


「答えは? シーラ」


 私に忠誠を誓わせようとするところも、とても素敵だ。

 でも、私は誓わない。

 君が一番欲しいものは、あげない。


「いいだろう、エト。ならばリリンとやらを封印するまでは、私は君のそばにいよう。これは従属の契約ではない。ただひとときの、共闘の誓いだ」


 私は言い、エトに手を差し出す。

 エトは少し迷ったのち、私の手を握った。


「こう?」


「正解」


 私は囁き、彼の手をぎゅっと握った。

 案外骨張っていて、びっくりするくらい温かい手だった。

 その温かみで、鼻先に触れた唇のことを思い出した。

 もっと、と思った。

 もっと、彼に触れたかった。もっと、奥に。温かい、内臓に。熱い血に。

 あなたを殺したかった。でも、それは、あなたと共に戦ったあとでいい、とも思った。

 あなたへの思い入れが強くなればなるほど、あなたを殺すのは楽しいだろう。

 それはもう、至高の美酒に酔うような経験に違いない。

 



 そう。

 このときはまだ、私は、そう思っていた――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回はファンサですかっていうくらいの、甘く切ない良い回でした~。笑 コルネリウスがまさかの破壊神みたいなのに憑かれていたなんて驚きの展開ですが(笑)あんなのが確かに次期王に据えられたら国は…
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