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心の臓  作者: 南野 空
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第一章

父親が死んだ。


株式会社皐石モバイル 五十嵐 翔の名札を首から下げ、黒いスーツの上に羽織ったグレーコートのポケットから震えたスマホを取り出した。


「お世話になっております。五十嵐です。」


少し低めの声で五十嵐は応えた。電話の先は五十嵐の父親が通っているデイサービスからの連絡。


「いつもお世話になっております。ひだまりデイサービスの中村です。今はお時間大丈夫でしょうか?」


中村さんはいつも明るく話す女性の方だが、今日は様子が暗い。五十嵐も声に緊張が走る。


「大丈夫です。父に何かありましたでしょうか…?」


少し間があったが、中村さんはゆっくりと話し始めた。


「はい…。五十嵐さんのお父様ですが…先程お亡くなりになりました。午後はレクリエーションがあったのですが、お父様はお休みになりたいということでして…。ベットへ横になって休んでいましたが、途中見に行った際に水が欲しいとのことで取りに行って戻ったら亡くなられていました。」


彼女は泣きそうな声で出来事を教えてくれた。

五十嵐は歩きながら電話をしていたのだが、いつの間にか足が止まっていた。


父親は脳梗塞を患っている。こんなに急に死んでしまうとは想像していなかった。

仕事が終わってこれから帰るところだったが、急いでひだまりデイサービスへ向かった。


自然に囲まれた中に白い外壁でひっそりとそこにひだまりデイサービスはある。

自慢のセルシオを入り口に1番近い駐車場に止め、走って受付へ向かった。

自動ドアがゆっくり開くのを焦ったく感じていたが、開いてすぐ見える受付の前にちょうど中村さんがいて安堵した。


「親父は…?」


息を切らして聞いた。中村さんは無言で頷き、俺を部屋へと誘導する。


「本当に突然のことで…言葉が見つかりません…。」


彼女がそう言いながら部屋へ着くと、親父の周りに医者や他の職員さんが悲しそうに囲っているのが見える。

真っ白なベットの上には、眠っているかのように親父が横たわっていた。

白髪の癖っ毛、凛々しい白い眉に彫りの深い閉じた目はまさしくいつもの親父だ。

そうか…死んだのか…。そう思いながら顔をなぞった。顔の冷たさと硬さが現実を感じさせる。


「最後に一緒にいれなくてごめんなぁ…。」


その手に死をもっと感じさせるようにしばらく親父の顔を撫でた。

これから色々な準備があるので一旦、親父は家に送ってもらうことにする。

実は親父の親戚は誰も知らないので、近所で仲良かった人や親父の友人に訃報の連絡をしていった。

親父と俺は木造の古くさい一軒家に住んでいる。

いつも親父が寝ている部屋に親父を運んでもらった。これから色々とやらないと…

色んなことを考えていたが、親父を見ていたら突然涙が止まらなかった。今年で35歳にもなるのに…いい年して…自分にそう言い聞かせても大粒の涙が溢れている。口は力が入り過ぎて震え、手の甲で何度も何度も目を擦った。


「親父…親父っ…。なんで…こんなっ…なんの前触れもなく…。ごめん…最後に好きなたい焼きを食べてもらいたかった…。酒も飲みたかった…。まだやりたいこといっぱいあったんだぞっ……。」


涙と共に今までの親父との思い出や親父の笑顔がたくさん思い浮かんだ。

親父は煙草も好きだった。病気になってからは禁煙していたが、俺は親父の影響もあって今も吸っている。

コートのポケットから煙草の箱を取り出してよれた煙草を一本取り出し、自分を落ち着かせるように吸い始めた。

その時にスマホがまた震える。親父のいたデイサービスからだ。時間はすでに21時を回っている。こんな時間にかかってくるのは珍しいのですぐに出た。


「はい、五十嵐です。」


電話先の声を聞いてすぐに中村さんだと気付いた。


「ひだまりデイサービスの中村です。こんな夜分遅くに申し訳ございません。先程お伝えそびれてしまったことがありましてご連絡させて頂きました。今お時間宜しいでしょうか?」


「はい…なんでしょう?」


正直、まだ悪いことがあるのかと自然と構えてしまう。


「お父様からご自身が亡くなった際に五十嵐さんに伝えて欲しいと言われていたことがあります。お父様が亡くなったら、お父様の部屋の入ってすぐ右にあるタンスの1番上の右を開けて見て欲しい。とのことでした。詳しくは聞いていないのですが、こちらお伝えさせて頂きます。」


用事を言い終えると中村さんは挨拶を残して電話を切った。彼女が電話で話している時すでに、その伝言に従うように親父のタンスへ向かった。木材で作られたタンスは漆が塗られていて今も綺麗に見える。早速その1番上で右のタンスを開けて見た。

中には一つの封筒が入っている。表には遺書と書いてあった。ゆっくりと封筒を開けて中の手紙を読んだ。



この手紙を読んでいる頃にはすでに俺は死んでいるのだろう。翔がいてくれて本当に幸せだった。

翔、ありがとう。

俺がいなくても自分を大切に生きて欲しい。

大したものはないが、残っているものは全て翔に授ける。

この手紙はデイサービスへ通う前に書いたんだ。

いつ、何が起こるか分からないからな。


ここ数年に会うことがなかったから紹介したことはないが…昔から仲の良い古き友人がいるんだ。

柿谷という男だ。

俺が死んだらどうか柿谷に連絡して欲しい。


俺は最後まで臆病者だ。

死を前にしても直接向き合うことが出来なかった。

これからの翔の人生、何を知り、何があっても俺がずっと大切にしてきたことだけは信じて欲しい。

どうか翔にとってもそんな人に会えるように見守ろう。


五十嵐 朔



最後に柿谷という人物の連絡先を残してこの手紙は終わっていた。


なんだこの意味深な手紙は…。よく分からなかったが、親父は病気のせいかたまにこういうところがあったのでとりあえず柿谷さんにご連絡した。

夜も遅い時間だからか、呼び出し音を留守電に切り替わるまで柿谷さんは電話に出なかった。


「発信音の後に、メッセージをどうぞ」


ピーという聞き慣れた音声が流れる。


「もしもし、五十嵐 朔の息子の翔です。父親のことでご連絡しました。またご連絡します。宜しくお願い致します。」


当たり障りのないメッセージを残して今日は寝ることにした。



翌朝

いつもの習慣で7時に目が覚める。

体がベタついているのですぐ風呂へ向かった。

風呂から上がると朝食の準備にかかる。

今日はトーストにいちごジャムと野菜ジュースのセットにしよう。

食べ終わる頃に時計を見たらもうすぐ8時だ。

会社へ連絡し、休みを取ることにした。

あとは昨日に連絡しきれなかった人や葬儀や諸々、準備を進めていった。

人、一人が亡くなるとこんなにもやることが多いのかと思う。

忙しさで悲しさはどこかへ行った。

葬儀は明日の土曜に行うことに決め、落ち着いていたらいつの間にか19時を過ぎている。

また親父の隣で煙草を吸った。


「今が11月で良かったなぁ。ずーっと寒いもんなぁ…。暑いの嫌いだったよなぁ…。」


今見ても親父はただ眠っているように見える。

そんな時、スマホの着信音が鳴った。

番号を確認すると柿谷さんだった。


「はい、もしもし…五十嵐です。」


変に声が緊張してしまった。


「どうも、柿谷です。昨日は出れなくて申し訳ない…。朔のことでと聞いていますが…?」


すごく渋い声だった。

そしてゆっくりとした話し方で、ちゃんと聞いてくれると感じる。


「はい…実は昨日に親父が亡くなりまして…。明日に葬儀になりましたので、ご参加はいかがかと思いましてご連絡しました。」


柿谷さんは俺の話を聞くと、少し黙った。

ちょっと待てよ…。と聞こえた気がしたが、また沈黙が続いた。


「明日ね、大丈夫だ。行かせて頂きます。朔が…死んだのか…。」


独り言のように静かに話した。

俺は一言しか言えなかった。


「はい…」


この日の電話は葬儀の詳細を伝えて終わった。

親父の昔からの友人に会えるのは正直、楽しみだ。

俺の知らない親父の話を聞いて、寂しくも嬉しくなるものだと思っていた。


今日は葬儀の日だ。

親父は人と接するのが得意な訳でもなく、親族も俺しかいないのでとても小規模な葬儀になった。

人数が少ない分、とても関係は厚かった。

隣の家の方、スーパーで仲良くなった友人、将棋が趣味だったのでその仲間や柿谷さん。みんな最後まで親父との別れを惜しんでくれた。


「皆さん、今日は親父の為に本当にありがとうございました。」


葬儀や火葬、食事など全て終わり、挨拶に回る。

解散した後は近くの喫煙所で煙草を吸いに行った。

そこには柿谷さんも煙草を吸っている姿があった。


「柿谷さん、改めて本日はありがとうございました。」


柿谷さんは長身で銀髪、眉毛は太く目はかなりの垂れ目で優しい印象の人だ。俺が挨拶をすると、柿谷さんも少し頭を下げて挨拶をしてくれた。


「いえいえ、こちらこそ最後に朔に会えて良かったです。いつの間にか会わなくなって、このまま会うことはないと思っていたので…。」


どこを見ているのか、遠い目をしながら話してくれた。俺も何か話さなくては…と思っていたが続けて柿谷さんは話しかけてくれた。


「朔は…本当に翔さんのことを可愛がっていたよ…。懐かしいなぁ…。お前さんも昔は色々あったねぇ。」


優しい顔をして話していた。しかし俺はなぜか、この時に親父の遺書の言葉を思い出した。


「あの…親父は自分のことを臆病者だと言っていました…。俺に関わる何か、昔にあったんですか?」


俺の問いに柿谷さんはびっくりした顔をした。


「お前さん…何も覚えていないのか…?朔も何も話していないのか…?」


そんな問いに俺も驚いた。


「え…何かありましたっけ…?」


そんな俺の言葉に柿谷さんは険しい表情をしたが、ゆっくりと口を開いた。


「覚えていないか…?母親らしき人物は2人…覚えていると思うんだが…まだ幼かったから覚えていないのかねぇ…。」


母親が2人…?考えたことはなかったが、すごく怖い時の母と優しい時の母の顔は全然違う…。なんでこんなにも今までに気にしなかったのだろうか。

確かに2人の母親の顔をぼんやりと思い出した。


「確かに…怖い時の母と優しい時の母の顔が違うかもしれません…。俺に2人の母親がいるとはどういうことですか…?」


「俺から全てを語るには少々荷が重い…。こんな日に言うのもあれだが…朔はお前の本当の父親でもない。」


本当の父親ではないのはなんとなく知っていた。俺が高校生の頃に、その話は聞いていたからだ。だが俺は親父のことが好きであり、親父もその話をしたくないように見えたのでそのままにしていた。


「昔にその話は少し聞いています。本当の父親は事故で死んだと聞いています。その事故で母も死んだので引き取ったくらいは…」


「なるほど…。朔は臆病者だな本当…。そして優しいやつだなぁ…。…場所を変えよう。」


俺の目を見て柿谷さんは提案した。


「え?」


先程から驚いている俺の顔を見て、真剣な表情でまた聞いてきた。


「正直…本当に俺から話してもいいのか分からない。だが、この為に朔は俺に全てを話してきたのかもしれない…。」


顎を右手で摩りながら俺に言っていた。

今の俺には柿谷さんからでしか手掛かりがない。

俺の家に来てもらうことにした。

庭の見える和室に案内し、温かいお茶を渡す。


「ありがとう。まずは煙草でも吸おう。吸いながら話すさ。これは俺が見てきたり朔から聞いたりしたものだ。本当ではないものもある。」


そう言うと柿谷さんは煙草に火をつけ吸い始めた。

俺も同じように煙草を吸う。


「続けて下さい。親父の言葉を思い出すと今、聞くべきなんだと思います。」


柿谷さんは頷いて語ってくれた。


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