心の臓

序章

大気には水蒸気が含まれている。

その水蒸気が冷やされ、凝結し小さな水滴たちが雲になっていく。

雲の中にある水滴が大きくなると、重力により落下していく。

それが雨だ。

重力により、落下していくのだ。

広げた黒い傘に重たい雨を打たせ、墓の前で佇む黒いスーツの男。

雨が激しく降っているせいか、昼にしては周りが暗く雨音しか聞こえない。

その中で悲しみや怒りにも見える険しい表情で、男は静かに呟く。

「ありがとう。」

それだけ言い終えると、スーツの内ポケットからタバコと銀のZippoを取り出した。よれた煙草を一吸いしては屈んで線香の置き場所にその煙草をそっと置いて、手を合わせ目を瞑る。

しばらくして目をゆっくりと開けて立ち上がり、穏やかな顔を見せるとその場を去った。

男は煌びやかな黒いセルシオに乗り込み、一度ため息を吐く。昔に「雨は重力で落下している。」と誰かに言われていたなぁ。とふと思い出し、キーを回しエンジンを掛ける合間に誰だったか考えていた。

（こういうのは考えると思い出すまでもやもやとする。）

誰かに言われたそのセリフを頭の中で何度も言われ続けながら、思い出すのを諦めて車を発進させた。