77 死闘
アルバが無事な右足で床を蹴り、光翼の推進力と合わせて、限界まで加速する。
私は、アルバは光翼を出した時点で反射的に叫んでいた。
「超スピードで突進してくる攻撃が来ます! 注意してください!」
「わかった!」
そして叫ぶと同時に、私は球体アイスゴーレムの盾を正面に配置。
更に、ノクスの前に硬い氷の盾を展開した。
どっちも透明で、視覚情報を阻害しないやつだ。
でも、これだけじゃ完全には防げない。
だから、私は残った右眼に魔力を流し、動体視力を限界まで強化して前を見据えた。
見極めろ。
私とノクス、アルバが狙ってくるのはどっちだ?
踏み出す角度、視線の向き、翼の方向、あらゆる要素からアルバの突進ルートを導き出せ。
その結果、私の眼は捉えた。
二つの嵐を突き破ったアルバが、ノクスを目掛けて突進していく様子を。
「『氷狙撃弾』!」
アルバの剣を氷の盾が防いだ瞬間に、私の氷弾がアルバの頭を射抜かんと発射され、同時にノクスも氷の盾が砕けるまでの刹那の間に体勢を整え、カウンターの剣で胴を薙ごうとする。
読み勝った。
そう思った。
だけど、次の瞬間、アルバは予想外の動きを見せる。
なんと、超スピードのまま直角に曲がって、真上へと逃れていったのだ。
「は!?」
空いた口が塞がらない。
アルバが何をやったのかは見えた。
今の動きのカラクリはわかっている。
だからこそ、驚愕するしかない。
アルバは、この戦いの中で習得した二つの超高等技術。
すなわち、光の翼と衝撃波移動を組み合わせたのだ。
まるで、超速で飛ぶ戦闘機を横から殴って無理矢理軌道を変えるかのような荒業。
難易度は二つの技術の足し算……いや、掛け算でも足りないくらい上がってる筈なのに。
アルバはぶっつけ本番でそれを成功させて見せた。
そして、それは間違いなく私達の意表を突いた。
真上に逃れたアルバが、天井を蹴ってもう一度加速する。
光の翼は出しっぱなしだ。
なら当然、スピードはさっきと同じ。
それに対して、こっちは迎撃態勢が整ってない!
マズイ!
「『破突光翼剣』!」
「ぐっ!?」
アルバの一撃がノクスを襲い、その左腕を斬り飛ばした。
しかも、相性最悪の光の魔力がノクスの体内に侵入したって事は、前と同じように魔力異常が起きてしまう。
前回はかすり傷で身体強化すらおぼつかなくなった。
それ以上の手傷を負った今回、戦闘継続すらできなくなってもおかしくない。
ヤバイ!
本気でヤバイ!
「舐めるなッ!」
「何っ!?」
でも、ノクスは倒れなかった。
身体中から不定形の闇のオーラを噴出させ、技の反動で床にめり込んでたアルバを狙う。
だけど、アルバは光の翼を盾にそれを防いだ。
このままじゃ反撃されてノクスがやられる!
なんとか、ノクスからアルバを引き剥がさないと!
冷気じゃダメだ。
今のアルバを吹き飛ばす程の威力は出せないし、何よりここから撃ったんじゃノクスを巻き込む。
なら!
「『氷山』!」
「うぉ!?」
選んだ魔術は氷壁の上位魔術である『氷山』。
その名の通り、まるで氷山みたいに巨大な氷の壁を作る魔術だ。
それを二人の間に発生させ、物理的な壁でアルバを遮る。
氷山は城の天井を貫通して外に出る程に高く、そして、それ以上に分厚く作られ、アルバとノクスを反対方向に押し出した。
今の内だ。
「ノクス様!」
私は氷翼を出して速攻でノクスに駆け寄る。
そして、左腕を回収して回復魔術をかけた。
それで全快とはいかないまでもノクスの傷が治り、一応は左腕もくっついた。
けど、光魔力の影響が未知数だ。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな。左腕は動く。光の魔力もわかっていれば対処はできる。戦闘継続は可能だ。……弱体化は免れないだろうがな」
そっか……。
とりあえず最悪の事態には陥ってないみたいで安心した。
でも、ホッと一息とはいかない。
だって、氷山の向こう側から氷を砕く爆砕音が聞こえてきてるのだから。
休憩時間はもう終わりだ。
「仕掛けます。なんとか頑張ってください、ノクス様」
「当然だ」
「では……『氷葬』!」
私は氷山を爆発させるように勢いよく砕き、その衝撃でアルバを狙う。
そこそこ強い攻撃なのに、アルバは当たり前のように衝撃と氷の破片を剣で振り払った。
まあ、予想通りだ。
少しでもダメージを与えられれば儲けものだと思ってたけど、ダメならダメで攻撃の起点になってくれればそれでいい。
「『氷砲連弾』!」
私は右手をアルバに向け、車サイズの氷の砲弾を連続でぶっ放つ。
殺傷力では氷結光とかの高出力の冷気系に劣るけど、一回切り裂かれたら終わりの冷気系より、こういう連続の物理攻撃の方が迎撃に手間をかけさせる事ができる。
それでも、今のアルバ相手じゃ牽制と僅かな時間稼ぎくらいにしかならないだろう。
その証拠に、アルバは氷の砲弾を難なく斬り払ってこっちに向かって来てる。
だから、私は左手の杖の先で発動準備をしていた魔術を追加で使う。
進撃するアルバの足を、忍び寄っていた氷の腕が凄まじい力で掴んだ。
「なっ!?」
「『残骸氷騎兵』!」
それは、さっきの攻防で破壊されたワルキューレの残骸。
コアを失ったり、木っ端微塵に砕かれたりしたとはいえ、作成時に使った膨大な魔力の一部が、まだワルキューレの残骸には残ってる。
なら、まだ利用価値はある。
私は一瞬で全てのワルキューレの残骸をアルバの近くへと集めた。
そして、
「『冥府氷葬』!」
「ぐぅ!?」
残骸の魔力を起爆剤に『氷葬』と『衝撃波』の合わせ技を発動。
この組み合わせ自体は通常の氷葬の時もたまにやってるけど、これだけの魔力を一度に使うのは稀だ。
これは言うなれば、ワルキューレを使い捨てにした大魔術。
もっとも、今回使ったのは残骸だから威力も落ちるけど、それでも私が一度に使える本来の魔力量を軽く超えた魔力を使った大爆発は、城の一角を完全に消し飛ばす程の破壊力を叩き出した。
チュドオオオオオオン!!! という凄まじい爆音が辺りに響き渡る。
離れれても吹き飛ばされそうな衝撃。
ワールドトレントの一斉擬似ブレスを確実に超える火力だろう。
いったい、爆心地はどれだけの地獄かわかったもんじゃない。
なのに、それでも尚。
「クッソ……!」
思わず悪態が口から漏れる。
あれだけの攻撃にさらされながらも、アルバはまだ生きていた。
全身に傷を負いなからも、未だに倒れず光の翼で宙を舞う。
その身体は光のオーラに包まれていた。
前に『絶対零度』を防いだ光のオーラ。
あれのガードで難を凌いだんだろう。
本当に、チートも大概にしてほしい。
「ウォオオオオオオオオッ!!!」
アルバが雄叫びを上げながら光の翼で突進してくる。
さすがに、その声には余裕が欠片もない。
傷も深いし、魔力もかなり使ったんだろう。
私達の攻撃は効いてない訳じゃない。
確実に追い詰めてはいる。
なら、勝てないなんて事はない!
「ノクス様!」
「『闇神剣』!」
ノクスが渾身の闇魔術を纏った剣でアルバを迎撃する。
加速を力にしたアルバと、私の後ろでできる限りの魔力を練ったノクス。
その二人の激突の結果は、互角だった。
相性の差で光が闇を打ち消すも、力勝負では拮抗し、お互いに大きく剣が弾かれる。
そこを私が魔術で狙った。
「『浮遊氷剣』!」
「ぐぅ!?」
この距離なら一番速くて強い剣型アイスゴーレムがアルバを襲う。
アルバは衝撃波移動で直撃は避けたけど、避けきれずに脇腹をバッサリと斬られた。
惜しい。
あと数センチ深かったら内臓を斬れてたのに。
「『光翼嵐飛行』!」
そうして私達の攻撃から逃れたアルバは、超高速で私達の周りを旋回し出した。
光の翼と衝撃波移動を複雑かつ連続で組み合わせた、超速で変則的な軌道。
よ、読み切れない!
「『光騎剣』!」
「うっ!?」
「ぐっ!?」
その状態から放たれる四方八方からの剣撃の嵐。
とてもじゃないけど防ぎ切れず、球体アイスゴーレムが斬られ、氷剣が砕かれ、鎧が機能を失い、私達の身体にも無数の傷が刻まれる。
ノクスが頑張っていくらか防いでくれてるから致命傷にはなってないけど、このままじゃ遠くない未来に詰む。
なんとか、なんとかしないと!
「セレナ! 落ち着け!」
その時、ノクスの声が逸る私を諌めた。
そして、ノクスはこんな状況でも冷静さを失わずに語る。
「奴の顔を見ろ! 向こうにだって余裕はない! これは明らかな無理攻めだ! ならば必ずすぐに限界が来る! 耐えてそこを狙うぞ!」
「! はい!」
その指摘にハッとする。
その通りだ。
アルバは痛みを堪えながら、疲労を気力で誤魔化しながら全力攻撃を仕掛けてきてる。
だったら、必ず息切れのタイミングは訪れる筈だ。
ピンチとチャンスは表裏一体。
この攻撃を耐えきった先に、私達の勝機がある!
防ぐ。
アルバの剣を即席の氷の盾を纏った腕で。
盾は一撃で砕かれるけど、その度に作り直して防ぐ。
耐える。
アルバの攻撃が私の足を切断した。
でも、そこは前の戦いで失った場所だ。
痛くもなんともない。
義足はすぐに作り直せばいい。
堪える。
背後から首を切断するコースの斬撃をノクスが防いでくれた。
お返しに、ノクスの頭を真っ二つにしそうな斬撃を氷の盾で逸らす。
お互いに命拾いした。
そうして耐えて、耐えて、耐えて。
ついに、その瞬間が訪れた。
ノクスの右腕が切り裂かれ、宙を舞った剣が偶然アルバの身体を傷つける。
そのダメージが最後の一押しになったのか、アルバに限界が訪れ、光の翼が消失した。
チャンスだ。
千載一遇の好機。
当然、それを狙い済ましていた私達は、その隙を見逃さない。
ボロボロの身体を気力で支えて、魔術を放つ。
「『氷結光』!」
「『漆黒閃光』!」
冷気と闇。
二つの閃光。
限界ギリギリの身体で放ったその魔術は、いつもに比べれば酷く弱々しい。
それでも、同じく限界のアルバを倒すには充分な威力。
混ざり合った二つの閃光を、アルバは避けきる事も迎撃する事もできず……
私達の魔術が、アルバの右半身を貫いた。
「やった……!」
アルバの右肩が光の義手ごと消し飛び、その義手が握っていた純白の剣が空高くへと打ち上げられる。
顔も削れ、胴も削れ、足も削れ、アルバは半身の機能を失った。
致命傷だ。
死にはしなくても、回復魔術がなければ戦闘継続は不可能と断言できる。
勝った。
普通ならそう思うだろう。
だというのに。
こいつは、この化け物は。
「アアアアアアアアッ!!!」
まだ動いていた。
無くなった右半身から光の義手を生やし、失った剣の代わりに光の剣を作り、それを袈裟懸けに振り下ろしてくる。
「『光神剣』!」
最後の攻撃。
最後の意地。
これを防げばアルバはもう動けない。
そこにトドメを打ち込めば私達の勝ちだ。
なのに、━━私にはもうそれを避けるだけの力が残されていなかった。
光の剣が、肩口から私の身体に侵入した。
砕けた鎧ではそれを止められず、刃が肩を切り裂き、骨を切り裂き、肋骨を切り裂いて、心臓に到達する。
「セレナッ!!!」
「あ……」
ノクスが、私と光剣の間に強引に入ってきた。
剣を失い、右腕を失い、左腕も完全には治ってないから不自由な状態で。
その身体を盾にして私を守ってくれた。
ノクスの身体を切り裂いた光剣が、城の床に叩きつけられる。
そして、今までの戦いで散々打ち付けられた床が限界を迎え、大きくひび割れて崩壊を始めた。
城の地下はかなり深い。
その奈落に向かって、私とノクスは落ちていく。
そんな私達を、アルバは膝をついて息を切らしながら、悲しそうな目で見詰めていた。
そうして、落ちて、落ちて、落ちて。
一番下の床に叩きつけられた時、私の意識は消失した。