勇者と立ち塞がる者達 2
「失せろ! リヒトの亡霊が!」
アルデバランが剣を振り上げる。
たったそれだけで、背筋が凍るような感覚がした。
まるで、セレナの絶対零度を前にした時のような死の予感。
そして、その感覚が正しいと証明するかのように、アルデバランの剣からは膨大な魔力の奔流を感じる。
あれを振り下ろさせてはならない。
多分、この場の全員が同じ事を思ったんだろう。
俺達は反射的に、全員でアルデバランに向けて突撃していた。
魔力量の差によって、最も身体能力の高い俺が一番にアルデバランの元へと到達する。
そして、今までは魔力を温存する為に使っていなかった光の義手を出現させ、渾身の力を込めて剣を振るった。
「『光神剣』!」
「『轟魔衝撃剣』!」
俺の剣と、アルデバランの剣がぶつかり合う。
重い!
凄まじく重い!
今まで受けたどんな攻撃よりも!
身長差によって上から叩きつけられた事で、俺の足が地面にめり込む。
アルデバランの魔術の効果なのか、辺りに凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
それによって多くの人が負傷し、一番間近で受けた俺にも相当のダメージが入った。
途中で相殺したというのに、この威力。
最後まで振り下ろされていたらと思うとゾッとする。
なんとか防げはした。
けど、危なかった。
セレナと戦った時に使っていた魔術の剣じゃ断ち切られていただろう。
プロキオンさんに貰ったこの剣じゃなければ防げなかった。
これで片腕とか、冗談じゃない!
「その剣……!」
「え?」
突然、アルデバランの視線が俺の持つ剣に向けられた。
「リヒトの剣だ! 陛下の御身に傷を付けた剣! まだ残っていたのか……! 忌まわしい!」
「がっ!?」
アルデバランが更なる怒気を発し、その瞬間に剣を引いて、代わりに左手に持った盾を叩きつけてきた。
さっきの攻撃程じゃないけど、この盾による打撃も衝撃波を纏っている。
それをまともに食らい、全身から血を吹き出しながら俺は後ろに吹き飛んだ。
「死ね!」
そして、これ程の相手がこの隙を見逃してくれる筈もなく、アルデバランが地面に亀裂を入れる程の力強い踏み込みで加速し、俺にトドメを刺すべく剣を振るう。
速い。
今までに見た誰よりも。
俺が一人なら、ここで終わっていたかもしれない。
でも、俺は一人じゃない!
「ハァアア!」
吹き飛ばされる俺と入れ代わるように、ルルが前へと飛び出す。
そして、とてつもなく身軽な身のこなしを使って、剣を振り下ろすアルデバランの腕に横から蹴りを食らわせ、軌道を逸らした。
ルルの力じゃ、どう足掻いてもアルデバランの攻撃を防ぐ事はできない。
だが、力で勝てなくても戦い様はある。
弱い力で強者を倒す。
それが革命軍の戦い方だ!
「小虫がぁ! 煩わしい!」
アルデバランが、空振った剣を横に薙ごうとする。
その剣速は他の追随を許さない。
体勢の崩れてる俺とルルだけなら、確実に直撃を食らっていただろう。
だけど!
「ぬ!?」
剣を振るう前に、アルデバランに攻撃が飛来した。
俺達の斜め後ろから放たれた光線と、上からアルデバラン目掛けて放たれた魔力矢の雨。
バックさんとミストさんの援護射撃。
アルデバランは盾で光線を防ぎ、剣の一振りで全ての矢を消し飛ばした。
けど、そのおかげで俺達への攻撃が中断される。
その隙に、リアンさんの鎖が俺達二人に絡み付いて引っ張り出し、救出してくれた。
「「「『回復』」」」
そして、着地点にいた元エメラルド公爵騎士団の人達が、俺達に回復魔術を使ってくれる。
その間、キリカさんをはじめとした近接戦闘部隊がアルデバランに攻撃を仕掛け、バックさん達の援護射撃を交えながらなんとか足止めをしていた。
「あたしも行くわ! あんた達! アルバを任せたわよ!」
「ルル!」
そして、負傷した俺を預けたルルも走り出し、近接戦闘部隊に加わった。
当たれば終わり、まともに受け止める事すらできない攻撃を前に、ルル達は果敢に攻める。
だが、百を越える精鋭達で袋叩きにしてるのに、アルデバランはまるで崩れない。
それどころか、こっちの方が被害甚大だ。
アルデバランが剣を振るう度に、精鋭部隊が一人、また一人と倒れていく。
なのに、アルデバランには傷一つすら付けられない。
たった一人で、百人以上の精鋭達を圧倒している。
アルデバランの強さは単純明快だ。
身体能力、戦闘技術、攻撃力、防御力、機動力、破壊力、範囲攻撃能力、あらゆるステータスが純粋に高い。
セレナや他の騎士達のような、魔術の特性を存分に活かした強さとは違う。
ただただ単純に、強く、速く、鋭く、硬い。
どこまでもシンプルな強さ。
これが、これが帝国最強の騎士……!
「アルバ様! 治療完了しました!」
「ありがとうございます!」
治療は終わった。
早く俺も行かないと!
多分、あれの相手がまともにできるのは俺だけだ。
あいつは、俺が倒す!
「待て、アルバ! 行ってはならん!」
「バックさん!?」
だが、援護射撃を続けているバックさんが、そんな俺を引き留めた。
なんで!?
「お前がここで消耗しては皇帝に届かない。それに、あれを見ろ。ワールドトレントが倒れた事で、その相手をしていた騎士達がこちらに向かって来ている。今は他の部隊が足止めしているが、このままではアルデバランと騎士団に挟まれて終わるだろう」
「ッ!?」
バックさんに言われて、隣の戦場を見る。
そこでは、他の革命軍と帝国の騎士団が盛大にぶつかり合っていた。
そして、見るからにこっちの劣勢。
確かに、このままじゃ突破されるのも時間の問題だ。
クソッ!
アルデバランの迫力が凄すぎて気づかなかった!
どうする!?
このままじゃ詰みだぞ!?
「この状況を覆す方法は一つ。我々が潰れるよりも早く敵の大将と主要戦力を討ち取り、戦争を終わらせる事だ。そして、向こうの大将である皇帝を討ち取れるのはお前しかいない。━━アルバ、ここは我々に任せて先に行け。アルデバランは私達が倒す」
「なっ!?」
バックさんが言い出したとんでもない事に驚愕する。
それはつまり、超強力な敵であるアルデバランと皇帝を相手に、戦力を二手に分けた上で、どちらの戦いにも勝つという事。
いくらなんでも無茶だ。
でも、同時に理解してもいた。
ワールドトレントが倒され、アルデバランに精鋭部隊を叩かれ、しかもこのままでは包囲されて殲滅されるという詰み寸前の状況。
これをひっくり返すには、それくらいの無茶な賭けはしないといけないと。
「邪魔だぁ!」
『ぐぁあああああああ!?』
アルデバランが全方位に衝撃波を放ち、群がる戦士達を一斉に吹き飛ばした。
幸い、威力よりも吹き飛ばす事を優先していたのか、死んだ人は少ないように見える。
でも、周りに誰もいなくなった事でアルデバランの手が空き、こっちに向かって駆け出してきた。
「早くしろ! ここは私が引き受ける!」
そう言って、バックさんは手にした魔導兵器を変形させ、砲身の付いた巨大な槍にしてアルデバランの攻撃を受け止めた。
鍛え上げられたバックさんの筋肉が、あのアルデバランの動きを一瞬止める。
だが!
「この程度で我を止められると思うな! 『魔刃幾閃』!」
「ぐぅ!?」
明らかにアルデバランに力負けしている!
アルデバランが凄まじい力の籠った連続斬りを繰り出し、バックさんはドンドン押し込まれていく。
それでも、バックさんは引かなかった。
防ぎ損ねた剣に身体を抉られ、自慢の筋肉を裂かれ、全身から血を流しても引かない。
その後ろ姿に、俺は強い覚悟を見た。
「行けぇ!」
「ッ! はい!」
そんな姿を見せられたら、嫌だとは言えない!
待っていてください!
必ず、皇帝を倒して来ます!
だから、こっちは頼みましたよ!
「逃がさん!」
「貴様の相手は!」
「あたし達よ!」
「どけぇええ! 塵芥どもがぁあああ!」
背後から、バックさんやルルの声と、激昂したアルデバランの声が聞こえる。
思わず振り返りそうになってしまった俺の視界に、それは映った。
「これは!?」
アルデバランの驚愕の声が聞こえた。
俺の目に映ったのは、地面から生える大量の植物の蔦。
一本一本が全長10メートルを超えてるような植物達は、明確に帝国兵だけを狙って攻撃を繰り出していた。
当然、アルデバランに対しても。
「プロキオンッッ! 粉々にしても死なぬとは! なんと往生際の悪い!」
プロキオンさん、ワールドトレント!
生きてたんだ!
当初の天を貫くような化け物としての力はもうないだろう。
それでも、貴重な戦力には変わりない。
革命軍の負の面の象徴みたいな力を頼るのは凄い複雑だけど、今はその感情も呑み込む。
これで、少しとはいえ皆に余裕ができた。
その猶予の内に、城まで攻め入って皇帝を討つ!
革命軍の、いや、ずっと皇帝を側で見てきたプロキオンさんの推測が正しいなら、皇帝はこの状況でも城に居る筈だ。
そして、これだけの戦力を戦線に出してる以上、城の守りは相応に薄くなってる筈。
突破できる可能性は0じゃない!
勝算は薄い。
でも、そんな事は最初から覚悟してた事だ。
今さら、そんな事で足を止める訳がない。
そうして、俺は今までの進軍で間近にまで迫っていた防壁を突破し、住民は避難したのか無人となっていた帝都の街を全力で走った。
速く、早く、一秒でも早く城へ。
その思いで走り続け……遂に俺は帝国の心臓部である皇帝の城にまで辿り着く事ができた。
「何奴!?」
「賊だ! 賊が出たぞ!」
「何ぃ!? 防壁が突破されたってのか!?」
驚愕する門番達を薙ぎ倒し、城の中に浸入する。
扉を蹴り破った先にあったのは、広い空間。
豪華なシャンデリアや装飾品が飾られ、上階への階段が設置された大広間。
そこに、俺の足を止める存在がいた。
「……さすがですね。まさか、本当にここまで辿り着くとは。でも、こうなる気はしてましたよ」
そいつは、氷のような全身鎧に身を包んだ少女だった。
傍らに、四体の氷の人形を侍らせている。
とてつもなく見覚えのある、俺に取っての因縁の相手。
まさか、こいつが戦場に出ずに城の守りに就いてるとは思わなかった。
想定外の事態だ。
それも、かなり致命的な。
「セレナ……!」
「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。ようこそ、最終決戦の舞台へ」
そう言って、セレナは背中から四つの球体を射出し、六本の氷剣を浮かべ、戦闘態勢に入る。
因縁に決着をつけるべき時が、すぐそこにまで迫っていた。