勇者と立ち塞がる者達
走る。
帝都の防壁に生じた綻びを目指して。
帝国軍もすぐに俺達に気づき、ワールドトレントの相手をしながら俺達にも魔術の雨を降らせてきた。
それを一般戦士の人達の量産型魔導兵器と、突入部隊に選ばれなかった元エメラルド公爵騎士団の人達による魔術が相殺する。
だが、総合的な数はこっちが上でも、魔術の規模は向こうの方が遥かに上。
そのせいで向こうの魔術を相殺し切れず、着弾した魔術が戦士達を吹き飛ばした。
それでも、俺達は前に進む。
仲間の屍を踏み越えて、前に、前に。
やがて、魔術の豪雨地帯を抜けて、近距離戦闘部隊が守る敵の懐にまで接近する事に成功した。
「ここを通すな! 総員かかれぇ!」
『オオオオオオオオ!!!』
敵の現場指揮官が号令を出し、剣や槍を構えた騎士達が突撃してくる。
魔術を放ち、それを盾にしてこっちの攻撃を防ぎながら。
それでも、衝突前に数の暴力による攻撃で何人かの騎士を倒す事には成功した。
その何倍もの被害を味方に出しながら。
そして、遂に互いの軍の先頭が近接武器の間合いにまで入り、激突する。
一般戦士の人達が命懸けで敵を押さえ込み、上級戦士や元エメラルド公爵騎士団の人達が倒す。
そんな血みどろの戦いが前方で繰り広げられ、それを突破した少数の敵が俺達の前にまで躍り出てきた。
「逆賊ッ! ここで会ったが百年目だ! 今度こそ、その命貰い受ける!」
その先頭を走るのは、見覚えのある壮年の男。
そいつが剣を構えて、真っ直ぐに俺を目指して突撃してきた。
「あいつは……!」
隣を走るルルが怨嗟の声を上げる。
それもそうだろう。
こいつは、かつて俺達を死の一歩手前まで追い込んだ奴らの一人。
多くの仲間達を殺した奴らの一人。
かつて、セレナ達との戦いに敗れて敗走していた時、逃げる俺達を待ち構えて襲ってきたセレナの直属部隊。
この男は、そいつらに指示を出していた奴だ。
「貴様らをセレナ様の元へは行かせん! 食らえ! 『氷結斬』!」
壮年騎士が攻撃を繰り出す。
セレナと同じ氷の魔術。
冷気を纏って飛ぶ斬撃。
威力も速度もある強力な攻撃だ。
俺は、その攻撃が味方を巻き込むより早く攻撃の前に飛び出し、光の斬撃で冷気の斬撃を迎え撃った。
「『光騎剣』!」
「ぬぅ!」
光が冷気を斬り裂き、そのまま壮年騎士目掛けて直進する。
壮年騎士はそれに対して、剣で真っ向から受け止めようとした。
だが、今の俺の攻撃を止め切る事はできず、壮年騎士は弾き飛ばされて地面を転がった。
そして、
「『魔強刃』!」
「がはっ!?」
その隙を見逃さずに素早く追撃を仕掛けたルルが、今回の戦いの前に渡された特級戦士クラスの魔導兵器のナイフで、壮年騎士の首を掻き切った。
壮年騎士は、首から大量の血を吹き出しながら、ゆっくりと倒れる。
「……デントの仇、確かに討たせてもらったわ」
ルルが感傷を振り払うように、静かにそう呟いた。
「まさか……ロクに消耗させる事すら……できないとは……! セレナ様……申し訳、ありま……」
そして、壮年騎士は戦場に倒れ、その命を散らした。
……この人にも戦う理由があったんだろう。
最期の言葉を聞けば、少なくともセレナへの忠誠心があった事はわかる。
故郷を滅ぼしたあの貴族のような奴とは違う。
己の欲望を満たす事しか考えてなかった悪人達とは違う。
仇ではあった。
でも、絶対に倒さなくちゃいけない悪ではなかったような気がする。
そんな人を俺達は殺して、その屍を踏みつけ、踏み越えて進んでいる。
苦い。
どうしようもなく苦い感情が湧いてきた。
これが本当の戦争の痛み。
勝っても負けても、殺しても殺されても地獄だ。
貴族をただの悪人集団だと決めつけていた頃には感じなかった。
だけど、その頃に戻りたいとは思わない。
この痛みから逃げようとは思わない。
人の痛みがわからない人間になったら、きっと俺はあの悪人達と同じになってしまうから。
だから、俺はこの痛みを絶対に忘れない。
痛みも、苦しみも、全部抱えて前に進む!
「うぉおおおおおおおお!」
『ギャアアアアアアアアア!?』
俺はそのまま突撃し、敵の部隊を薙ぎ払って現場指揮官を撃破した。
司令塔を失った敵は、分断されて各個撃破されていく。
そうして、俺達は第一陣を突破した。
「アルバ! あまり前に出るな! 今は少しでも消耗を抑えるのがお前の仕事だ!」
「ッ! すみません!」
だが、そこで追い付いてきたバックさんに叱られてしまった。
確かに、ここで消耗しすぎて皇帝を倒せなかったら、命懸けで戦ってくれてる他の人達に申し訳が立たない。
気をつけないと。
「まだセレナなどの大物は出て来ていない! ここからが本番だ! 気を引き締め……」
バックさんがそこまで口にした瞬間、突如、戦場にドガァアアアン!!! という轟音が響き渡った。
見れば、強大な闇の光線がワールドトレントの下部を吹き飛ばし、根の部分を消滅させていた。
あの魔術は……!?
忘れもしない、かつて何人もの特級戦士を殺したあの魔術だ。
セレナと一緒にいた黒い男、ノクスと呼ばれた男の魔術。
あの時より遥かに強力な威力だが、見間違える筈がない。
だが、真に驚愕すべき事は次の瞬間に起こった。
下部を吹き飛ばされ、宙に浮いたワールドトレントの巨体に向けて、剣と盾を構えた一人の男が弾丸のような勢いで飛翔しているのが見えた。
天を貫くようなワールドトレントの巨体を思えば、男はまるで象に挑む蟻のように小さい。
だというのに……
男が右手に持った剣をワールドトレントに叩きつける。
この距離からだと、小枝どころか爪楊枝のようにしか見えない小さな剣。
にも関わらず、剣がワールドトレントに当たった瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ワールドトレントの身体にヒビが入っていった。
そのヒビはドンドンと広がり、広がり、そして最後には……
━━ワールドトレントの巨体が弾け、粉々の木片となって粉砕された。
「なっ!?」
驚愕するしかない光景だった。
驚きのあまり、戦場の真ん中だというのに一瞬思考が停止したくらいだ。
だけど、止まっている暇なんてない。
そんな暇はなかった。
何故なら、今の大破壊をやってのけた男が、真っ直ぐに俺達を目掛けて落下してきたのだから。
さっきの闇魔術にも負けない轟音と衝撃を伴いながら、男が俺達の目の前に着地する。
それはもう、着地というより着弾だった。
その時の衝撃波だけで巨大なクレーターが出来上がり、凄まじい土煙が舞い、俺達は大きく後ろへ吹き飛ばされる。
身体強化を持たない一般戦士の人達は、その多くが攻撃ですらない今の一撃に耐え切れず、一瞬にして死体となった。
そして、土煙が晴れた時、男は凄まじく鋭い眼光で俺を睨み付けていた。
「お前がリヒトの息子か。……顔立ちはあまり似ていない。だが、その忌々しい魔力反応は父親そっくりだ。腹立たしい。全くもって腹立たしい」
そう吐き捨てる男は、マントをなびかせ、クリスタルのような鎧に身を包み、明らかに業物とわかる剣と盾を構え、絶対強者の覇気を放っていた。
この男から感じる迫力は、圧力は、あのセレナすら上回る。
それが凄まじい怒気を発して俺を睨んでいるのだ。
無意識に、足が一歩後ろに下がっていた。
明確な恐怖が俺を襲う。
それを無理矢理振り払って、俺は目の前の敵を見据える。
この男の正体はわかっている。
前に似顔絵を見せられた。
最も警戒すべき人物の一人として。
この男は、帝国騎士の最高峰である六鬼将の頂点。
六鬼将序列一位。
「『闘神将』アルデバラン・クリスタル……!」
帝国最強の騎士が、遂に俺達の前に立ち塞がった。