勇者の進軍
「行くわよ、アルバ」
「……ああ」
休憩を終え、軍が進み始める。
ルルに促されて、俺もその列に加わった。
俺達が歩くのは最前列だ。
何せ、一応は俺がこの軍の指揮官という事になっているのだから。
まあ、それは貴族相手の建前であって、そんな裏事情を知ってる人は殆どいないけどな。
現在、革命軍はかなり歪な状態になっている。
前回の戦いにおいて、俺達はエメラルド領とそこに住む住人達を見捨てて逃げ出した。
あのまま戦えば全滅だったとはいえ、到底許される事じゃない。
正直、革命軍の他の人達から八つ裂きにされて当然だと思う。
なのに、その事を責める人は誰もいない。
……いや、この言い方は正確じゃないか。
俺達がエメラルド領を見捨てて逃げ出した。
この事自体を知る人が殆どいないのだ。
あの事件の情報は操作され、民を見捨てて夜逃げした傍迷惑な貴族と、その貴族のとばっちりを受けて壊滅させられた領地という、帝国では珍しくもない悲劇の一つとして、革命軍とはなんの関係もない出来事として処理された。
それをやったのは、プロキオンさんをはじめとした今まで革命軍を裏から指揮していたというエメラルド家の人達。
そして、その事実を知っていたという、バックさんをはじめとした革命軍の最高幹部達だ。
寒気がした。
権力者達が、自分達に取って都合の悪い真実を消し去っている。
そこに正義なんてあったもんじゃない。
でも、どうしようもなく必要な事でもある。
こうしないと、革命軍は空中分解しかねないのだから。
これが権力者側から見た世界。
それを垣間見て、俺は前にセレナから言われた言葉を思い出した。
『あなた達は断じて正義なんかじゃない。『悪』ですよ。あなた達が必死で倒そうとしている帝国と何も変わらない、人殺しという名の救いようのない悪人集団です』
今ならわかる。
あの言葉の本当の重みが。
世の中は綺麗事だけじゃ回らない。
どれだけ立派な大義を掲げても、どんなに正当な理由を並べ立てても、絶対的な正義になんてなれはせず、どこかに必ず負の面が生まれる。
今まで知らなかっただけで、革命軍にもそんな負の面があった。
これは、ただそれだけの話だ。
そして、たったそれだけの事がどうしようもない。
どうする事もできない。
途方に暮れるとはこういう事なんだろうか。
俺は今、自分が正しい道を歩けているという自信がこれっぽっちも持てない。
むしろ、救いようのない外道に落ちたような気すらする。
ともすれば、道を見失ってしまいそうだ。
だけど。
『それでも、私は覚悟を決めている。自分がどうしようもない悪になろうとあの子を守ると決めている』
また、脳裏にセレナの言葉が蘇った。
自らを『悪』だと言い、それでも絶対的な覚悟を決めて自分の道を突き進んでいた少女の言葉が。
……セレナ、お前は凄いよ。
こんな気持ちを抱えながら、それでも迷わずに前を向けるなんて。
あいつに対して恨みはある。
仲間を沢山殺された。
その恨みが晴れる事はないだろう。
許す事なんてできないだろう。
だけど、今はその感情とは別に、あいつの事を心の底から尊敬している。
凄まじく強い心を持った、一人の偉大な戦士として。
『あなた達はどうですか? 自分達が悪に染まってでも、多くの人の命を奪って、その人達の幸福を踏みにじってでも革命を成したいと本気で思っていますか?』
あの時は答えられなかった問いかけ。
それに、今なら答えられる。
「俺は、それでもこの国を変えたい」
今のこの国は真っ暗闇だ。
どこを見ても悲劇ばかりで、不幸になる人ばっかりで、救いなんて殆どない常闇の国。
俺はそれを変えたい。
革命軍が勝っても、それで政権を取っても、俺達が目指した理想の国なんて出来ないかもしれない。
負の面に飲み込まれて、あるいはどうしようもない現実に押し潰されて、これまでの全てが無に帰ってしまうかもしれない。
でも、それでも『今』を変えたい。
少しでもいい国にできるように努力したい。
それが、俺の覚悟だ。
だからこそ、今回だけは受け入れる。
革命軍の負の面が取った、この非人道的な作戦を。
「━━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」
巨大な木の化け物が、俺達の目指す帝都目掛けて進行していた。
多分、道中にあった多くの人と街を踏み潰して来たんだろう。
あれはもう正義だとか悪だとか、そんなんじゃない。
ただの災害だ。
あれは、かつて帝国によって追い払われた大魔獣。
帝国に恨みを抱く大魔獣。
それが、このタイミングで恨みを晴らすべく動き出した。
これは未曾有の大災害ではあるが、同時に天の助けだ。
帝国はあの化け物の対処にかかりきりになり隙が出来る。
幸い、あの化け物はかつての戦いで弱っており、放っておいても数日の内に死ぬ。
ならば、化け物の対処に悩む必要はない。
帝国が化け物とぶつかり、混乱した隙を突いて悲劇の元凶たる皇帝を討つ。
それこそが、我らに残された最後の勝機。
総員、死ぬ気で活路を切り開け。
全ては、明るい未来の為に。
それが、革命軍が戦士達に説明した今回の作戦の内容だ。
当然、こんなものは嘘である。
あの化け物は、前に俺達を助けてくれた革命軍の黒幕、プロキオンさんの成れの果て、ワールドトレント。
あの人は、多くの民と自分の命を犠牲にしてでも革命を成す道を選んだ。
それが、あの人の覚悟なんだろう。
それでも、バックさんから真実を聞いた時は憤りしか感じなかった。
だが、納得できなくても、こんなの間違ってると叫びたくても、今の俺にそんな事を言う権利はない。
他の手段を思いつく事もできず、こんな手段に頼らなくても勝てるだけの力もない俺には。
だから、今は受け入れるしかない。
大きな罪悪感と共に深い後悔として心に刻んで、二度とこんな事が起きないように戒めとするしかない。
それが、現実と向き合うという事だ。
「━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!」
そして、遂にワールドトレントが帝都の防壁へと到達し、帝国軍とぶつかった。
多くの魔術が撃ち込まれ、その勢いに押されてワールドトレントが進行を止める。
足を止めての削り合いとなり、ワールドトレントの放った一撃が、防壁の一部を破壊した。
「この機を逃すな! 全軍突撃!」
『オオオオオオオオ!!!』
お飾り指揮官の俺ではなく、本物の指揮官であるバックさんが号令をかけ、それを聞いた仲間達が駆け出していく。
そして、俺達もその後に続いた。
俺の近くにいるメンバーは、ルル、バックさん、ミストさん、キリカさん、リアンさん、元エメラルド公爵騎士団の精鋭達という、今の革命軍の最高戦力達。
他の人達が死ぬ気で活路を開き、俺達精鋭部隊をなるべく消耗を抑えた状態で皇帝にぶつける。
それが今回の作戦だ。
俺達に失敗は許されない。
「気張りなさいアルバ! 勝つまで止まるんじゃないわよ!」
「ああ!」
さっきと違って、ルルの言葉に力強く返事する。
ここで勝たなきゃ何も始まらない。
勝利を目指して、この国の夜明けを目指して、俺達は走り続ける。
そうして、帝国と革命軍の最後の決戦が始まった。