72 決戦前夜
「ここは……」
「私の部屋だ。あのまま医務室に寝かせておけば妙な事になりかねんからな。移動させておいた」
「そうですか……ありがとうございます」
確かに、ここは陰謀渦巻く帝国の中心。
そこの医務室に私みたいな立場のある人間が無防備で寝てたら、暗殺されてもおかしくない。
でも一応、シャーリーさんはそこら辺も考えてくれて、私の同僚であるノクスの部下数人に連絡取って、私の護衛に当たらせたところまで確認してから帰って行ったけどね。
私も私で、護衛してくれた人達がノクスの部下の中でも信用のおける人達だった事を確認してから気絶した。
まあ、それで確保できる安全は最低限だし、そんな状況の私をノクスが回収してくれたのは素直にありがたい。
「礼はいらん。当然の事をしただけだ。それよりもセレナ、身体は大丈夫か?」
言われて自分の身体を確認してみる。
痛みは、ない。
傷もなくなってる。
体力も魔力もほぼ全快だ。
うん、無くなった足以外は問題なさそう。
「はい、大丈夫です。活動に支障はありません」
「そうか……よかった」
そう言って、ノクスは心底安心したような顔になった。
珍しい。
こんなに表情の読みやすいノクスは。
それだけ心配してくれたんだろう。
まあ、片眼失って帰って来た時、絞め殺さんばかりの勢いで抱き締めてきた人だからね。
全身ボロボロの上に両足欠損、しかもたった一人で命からがら逃げ帰るなんて事したら、そりゃ心配もかけるわ。
悪い事した。
……そして、それ以上に悪い報告を私はしなくちゃいけない。
「……ノクス様、ご報告があります。レグルスさんとプルートさんが戦死しました」
「……そうか」
ノクスは、悼むように目を閉じた。
でも、動揺はしてない。
多分、こんな状態の私を見て、シャーリーさんが上げた報告を聞いた時点で覚悟はしてたんだと思う。
やがて、ノクスは目を開き、私を正面から見詰めて、問いかけてきた。
「聞かせてくれるか。二人の最期を」
「……はい」
私は、最後に見た二人の様子をノクスに語った。
勝ち目の薄い強敵相手に、一歩も引かずに戦い抜いた勇姿。
逆境の中で私を支えてくれた頼もしさ。
そして、私を逃がす為に命を懸けてくれた、あの偉大な先輩の背中を。
私は一つ残らず、余す事なく、ノクスに伝えた。
「そうか……立派な最期だったのだな」
「はい。とても」
そこまで聞いて、ノクスが再び目を瞑る。
その目から、一筋だけ涙が零れた。
上に立つ者として、やがて帝国の頂点に立つ者として、決して弱みを見せる訳にはいかないノクスが見せた涙。
そのたった一滴の雫に、どれだけの想いがこもっているのか。
「レグルス、プルート、今までご苦労様だった。安らかに眠れ」
小さな声で呟かれたノクスの言葉。
それを聞いて、私の方が泣きそうになった。
でも、私よりあの二人との付き合いが長いノクスがこれ以上の涙を堪えてる前で、私だけ泣きわめく訳にはいかない。
グッと堪えて前を向いた。
「ノクス様、私が起きるまでに何日経過しましたか?」
私は強い視線でノクスを見詰めながら質問を飛ばした。
今は悲しんでる場合じゃない。
そんな時間はない。
いつだって、この残酷な世界は待ってくれないのだから。
過去の悲しみに暮れるよりも、迫り来る災厄の未来を見据えないといけない。
それが、この世界で生きていくという事だ。
「……六日だ。お前が城に運び込まれてから丸六日が経過している」
「そうですか」
ノクスも私の想いを察してくれたのか、話を先へと進めてくれた。
その心遣いに感謝する。
「では、私が寝ている間に変わった状況を教えていただけますか?」
「いいだろう」
そうして、私達二人は姿勢を正した。
今までのお通夜ではなく、先を見据えた話し合いが始まる。
「まずは、ワールドトレントの進行状況だが、既に帝都までの道のりの三分の一を走破している。しかも、その速度は日増しに向上しているそうだ。このままいけば、明日の夜には帝都へ到着するだろう」
「……進行を食い止めていた筈の、ミアさん達が守っていた砦はどうなりました?」
「お前が運ばれて来てから数時間後には連絡が途絶え、転移陣も光を失った。それ故に援軍を送る事もできなかったが、現有戦力で一日近くは進行を食い止めたそうだ。その後のミア殿の安否は不明。だが、彼女の戦況判断は適切だ。引き際を見極める事に関しては帝国随一とまで言われている。恐らく、生きてはいるだろう」
そっか。
どうやら、ミアさん達は仕事をやり遂げたらしい。
一日あれば、ある程度の避難誘導はできた筈だ。
特に、ワールドトレントは下手に刺激さえしなければ一直線に通り過ぎるだけの災害だし。
自然災害や戦争とかに比べれば、被害範囲が限定されてる分やりようがあった筈。
ミアさん達の安否は気になるけど、生きててくれてるなら今はそれでいい。
「しかし、ミア殿以外でワールドトレントを止める事に成功した者はいない。道中にある街や砦などは意にも介さず蹂躙しているそうだ。止められそうな戦力、アルデバラン殿をはじめとした近衛騎士団を送ろうにも、転移陣で送れる程度の人数では危険な上に、そもそもワールドトレントの移動速度が速すぎて転移陣から向かったのでは追いつけない。よって、━━陛下はこの帝都での決戦を選択された」
ああ、やっぱりか。
ノクスの言葉を聞いて頭に浮かんだ感想はそれだった。
生半可な戦力じゃワールドトレントは止められない。
何せ、六鬼将の半数を使った部隊も、六鬼将と大量の騎士が守る堅牢な砦すらも踏み潰してきてるんだから。
なら、帝国で最も堅牢な大要塞都市でもあり、帝国の最精鋭部隊が守る帝都で迎え撃つっていうのは至極真っ当な作戦だ。
首都での決戦なんて、普通は首都近辺まで攻め込まれた敗戦間近の国しかやらない戦略だけど、さすがに今回ばかりは例外だし。
超大国相手に、国境から一直線に一週間で首都まで攻めてくる化け物なんて例外以外の何物でもないでしょ。
だから、今回に限って言えば、帝国が首都での決戦を選ぶ可能性は高かった。
それ以外の選択肢が少ない上に、これが一番堅実で確実な作戦だから。
それこそ、私でも普通に予想できて、やっぱりなんて感想を抱くくらいに。
だからこそ、その展開を裏切り爺が予想できない訳がない。
「ノクス様、失礼いたします」
そこまで考えた時、部屋の扉を開けて一人の男が部屋に入って来た。
ノクスの側近の一人だ。
私とも結構面識がある。
側近の人は私が起きてるのにも気づいたらしく、軽く会釈をしてきた。
私もそれに会釈で返す。
それから、ノクスは側近の人に用件を聞いた。
「何事だ?」
「ご報告があります。先程、帝都近くの領地にて反乱軍と思われる軍勢が一斉に現れ、帝都へ向けて進軍を開始したとの事です。その数、最低でも10万以上。このままいけば、ワールドトレント襲来と同じタイミングで帝都へと到達するかと」
「そうか。やはりな」
そんな情報を伝えられても、ノクスにも私にも動揺はなかった。
側近の人ですらそんなに慌ててない。
何故なら、この状況は充分に予期できた事だからだ。
現状、革命軍にはもう殆ど勝ち目が残ってない。
最初の戦いでファーストアタックに失敗し、次の戦いで特級戦士をはじめとした精鋭達を失い、そのすぐ後には本拠地であるエメラルド領まで失ってるからだ。
このダメージは大きい。
普通に致命傷だ。
そうなってくると、もうまともな手段では勝てない。
水面下に潜って、また10年以上の時間をかけて戦力を再編成するとか、それが嫌ならどこかで一発逆転の奇策を狙うしかない。
その奇策がこれなんだろう。
ワールドトレントと革命軍残存戦力で帝都を強襲し、皇帝を討ち取って政権を取る。
本当にこれは奇策というか、成功率極小の大博打だ。
まず、ガルシア獣王国に取り入って魔獣因子を手に入れるだけでも難易度高い。
更に、その魔獣因子を裏切り爺に打ち込んで、帝国を敵と認識できるだけの理性が残るかどうかも賭け。
裏切り爺の成れの果てであるワールドトレントが、同格の六鬼将複数人を相手取って勝てる程の強さになってくれるかも賭け。
ワールドトレントという大災害をもたらす存在を味方として認識させた上で、革命軍の舵取りをちゃんとできるかも賭け。
もちろん、この戦力で帝国の最精鋭達を突破し、皇帝を討ち取れるかどうかが最大の賭けだ。
しかも、万が一その全てが上手くいったとしても、政権奪取後の統治は滅茶苦茶難しいものになるだろう。
帝都を落としても、革命軍にゲームの時程の力が残ってない以上、地方貴族にまでは手を出せない。
そいつらに反逆されたらアウトだ。
革命軍にそいつらを抑え込めるだけの力が残ってないから。
それを避ける為には、アルバを新しい皇帝、つまり自分達の上に立つ者として認めさせた上で、ハッタリでも交渉術でもなんでも使って、なんとか丸め込まないといけない。
ただ、貴族への対応が甘いものになったら、今度は革命軍の根幹である平民達の怒りを買ってしまう。
そんな、にっちもさっちも行かない状況で、難易度ルナティックな舵取りをしないといけないのだ。
政治経験皆無のアルバが。
しかも、政治の要だった裏切り爺なしで。
……終わってるんじゃないかな?
いや、旧第二皇子派とかの協力してくれる貴族を上手く使えればギリギリなんとかなる……かも?
それでも難易度ヘルモードだけど。
だけど、それでも革命軍はやるしかないんだろうなぁ。
何もしなければ、ずっと真っ暗闇の夜が明けないから。
だから、ほんの僅かな光にでもすがり付くしかいない。
ちっぽけな希望を信じて、夜明けがくると信じて、戦うしかない。
そして、戦うしかないのは私も同じだ。
事ここまでに及べば、皇帝に革命軍をぶつけるのもいいかもしれない。
でも、私がわざと通したりすれば必ず皇帝にバレる。
そうしたら呪いが発動して終わりだ。
結局、私もまた戦う以外に道はない。
だけど、その前に。
「ノクス様、お願いがあります」
「なんだ」
「これから数時間の間でいいので、休暇をいただけないでしょうか」
決戦の前に、やるべき事をやっておきたい。
「……いいだろう。夜明けまでには必ず戻れ」
「はい。ありがとうございます」
そんな私の願いを、ノクスはしっかり聞いてくれた。
許可を得て、私はベッドから起き上がり、氷の義足を動かして部屋を出る。
そのまま城を出て、夜の街を歩いた。
少し欠けた月が夜空を照らす夜道を。
「この時間なら、もう寝てるだろうな」
そう呟いて、私は歩を速めた。
目的地は、アメジスト家の別邸。
その地下にある転移陣から繋がる、私の城だ。