69 巨木をへし折れ
「ハッ! おもしれぇ! 成功したらカッコいいじゃねぇか!」
「博打ですね……ですが、この状況ではそれに頼るのも致し方なし。僕も乗りますよ」
「……ありがとうございます」
ワールドトレントの猛攻をなんとか凌ぎながら語った私の作戦に、二人は迷う事なく命を預けてくれた。
凄くありがたい。
その信頼には何がなんでも答える。
「『浮遊氷球』!」
さあ、作戦開始だ。
まずは、自律式アイスゴーレムである球体アイスゴーレムに分厚い氷を纏わせる。
普段は盾として使うこの機能。
でも、ワールドトレント相手だと、この程度の盾はあんまり意味がない。
あの規格外サイズの攻撃を、こんなちっぽけな盾で止められる訳ないでしょ。
だから、今回は盾じゃなくて足場として使う。
四つの内三つの球体アイスゴーレムに、人一人がある程度動けるくらいの広さを持った円盤みたいな氷を纏わせ、私達三人はそれに飛び乗った。
狙いは空中戦。
これで、とりあえず根っこの脅威からは遠ざかれる筈だ。
今回の作戦は、いかにして向こうの攻撃を耐えきり、私の魔術の発動に集中できるかが肝。
その為には、何がなんでも避けなきゃいけない上に、地面に叩きつけただけで地震を起こして行動阻害してくるような根っこ攻撃の相手なんてしてられない。
まだ空中に逃れて他の脅威に晒される方がマシな筈だ。
そして、今回は私も氷翼を使わず、二人と同じように足場を使う。
理由は、他の魔術の発動に集中する為だ。
氷翼は地味にそこそこ高度な魔術なので、それなりに集中力を持っていかれるから。
少なくとも、氷翼発動中に最上級魔術の発動とかは絶対に無理。
その点、球体アイスゴーレムの足場は自律式で勝手に動いてくれるので、私が頭使う必要がない。
更に、生き残っていたワルキューレを召集。
ワルキューレには氷翼が標準装備されてて飛べるから、空中戦での戦力にはなるだろう。
これにて準備は完了した。
後は、死ぬ気で頑張るだけだ。
「二人とも! お願いします!」
「任せとけ!」
「任せなさい!」
私は二人に全ての防御と迎撃を任せ、魔術の発動準備に入った。
今から使うのは、最上級魔術『絶対零度』を更に超える魔術だ。
でも、そんな魔術はこの世界に存在しなかった。
どんな魔導書にも書かれてないし、ゲーム知識にも存在しない。
だから、これは自律式アイスゴーレムと同じ、私のオリジナル魔術だ。
絶対零度がアルバに防がれた後、更なる火力を求めて開発した魔術。
でも正直、これは実戦向きじゃない。
作ってみたはいいものの、発動は絶対零度の何倍も難しく、発動準備に集中して動けなくなる時間は、何事もなくても1分を越えてしまう。
効果範囲も狭いし、避けられる可能性も高い。
やたら高いのは威力だけ。
ぶっちゃけ、こんな状況でもなければ、失敗作として永遠にお蔵入りする予定だったネタ魔術だ。
だけど、今はそれに命運を賭けるしかない!
「━━━━━━━━━━━━━━━!」
しかし当然、敵がそれを黙って見ててくれる訳もなし。
魔術というものは、発動しようとすれば周囲に魔力を撒き散らすものだ。
その時に撒き散らかされる魔力は、魔力感知を使えない奴でも容易に察知できる。
なんなら、魔力を持たない平民にすら「なんかヤバイ」って感じで察知されるくらいバレバレだ。
これから殴られるとわかってて、防ぎも避けも反撃もしないバカはいない。
ワールドトレントの上方、龍の口から9つの擬似ブレスが発射される。
「『炎の渦』!」
「『渦潮』!」
それをレグルスとプルートの魔術が防ぐ。
この擬似ブレス一斉掃射は、さっき全員の魔術を合わせてやっと相殺できたものだ。
当然、二人だけじゃ防ぎきれない。
だからこそ、二人は力を合わせて受け流した。
炎の渦が右回転。
水の渦が左回転。
本来なら水と油並みに相容れない筈の二つの属性が協力し合い、二つの回転で擬似ブレスの軌道を逸らす。
何気に凄い連携魔術だった。
「━━━━━━━━━━━━━━━━━!」
だけど、それだけでは終わらない。
次は、ワールドトレントの身体中から蔦が伸び、それが大量の鞭となって四方八方から襲いかかってきた。
その数は百や二百じゃ利かない。
千にも届こうかという数の暴力だ。
「プルート! お前は下なんとかしろ!」
「では、あなたは上をなんとかしなさい!」
「『大火炎斬』!」
「『海王刃』!」
それに対して、二人はまたしても鏡合わせのような魔術の発動で迎撃した。
炎の刃が上からの蔦を焼き切り、水の刃が下からの蔦を断ち切る。
だけど、
「チッ! やっぱ斬るんじゃ効果薄いか!」
切られた蔦は先端を失って空振ったけど、すぐに切られた分の長さを補充するかのように伸びて、再び攻撃を加えてきた。
やっぱり、レグルスとプルートの魔術だと、ワールドトレント相手に相性が悪い!
レグルスの炎は属性的な相性こそ良いけど、本人が基本近距離タイプの剣士だから、この規格外サイズを迎撃できる大規模魔術が苦手だ。
逆に、プルートは大規模魔術こそ得意だけど、属性的な相性が悪い。
それでも、二人の奮戦によって時間は稼げてる。
私の魔術発動まで、あと数十秒。
なんとか耐えてくれ!
「もう一回やるぞ!」
「ええ!」
再び、炎の刃と水の刃が蔦を切り払う。
でも、向こうもこっちの対処を学習してるのか、今度は普通の蔦の後ろから時間差で蔦の塊みたいな槍を繰り出してきた。
二人は大規模魔術の発動直後で対応できない。
「しまっ……!?」
でも、その蔦の槍を防いでくれた存在がいた。
ワルキューレだ。
一体のワルキューレが蔦の槍を盾で受け止め、受け止めきれずに破損しながらも槍の軌道を逸らす。
そして、残りのワルキューレが総掛かりで『氷獄吹雪』を放ち、槍ごと全ての蔦を凍結した。
「おお! よくやった!」
レグルスが歓声を上げたけど、あれじゃまだ足りない。
ワールドトレントは凍った蔦に見切りをつけて即座に切り離し、また新しい蔦を繰り出そうとしてくる。
しかも、今度は上から龍の頭の一つが降ってきた。
残りの頭はブレスの発射態勢に入ってる。
波状攻撃だ。
受けきれない!
「ヤベッ!?」
「くっ!?」
二人も必死に魔術で迎撃し、ワルキューレも頑張るけど、それでも足りない。
ワルキューレの魔術で蔦を、二人の魔術で龍の頭を破壊できた。
だけど、残りのブレスへの対抗手段が残ってない。
最後の球体アイスゴーレムが分厚い氷の盾を出して衝撃に備えるけど、果たしてどこまで効果があるか。
万事休すかもしれない……!
「セ、セ、セレナ様達を守ります! そ、そ、総攻撃してください!」
その時、下の方から見知ったどもり症の声が聞こえた。
次の瞬間には、下の方から放たれた多くの魔術が放たれたブレスとぶつかり、その威力を削ってくれる。
相殺とまではいかなかったけど、おかげで球体アイスゴーレムの盾で防ぐ事ができた。
そのせいで球体アイスゴーレムは砕けたけど、そんなのは安い。
それより今の魔術攻撃、マルジェラか!
どうやら、私達が離脱した後に下の騎士達を纏めて援護の機会を伺っててくれたらしい。
あのコミュ障が頑張ってくれた!
ありがとう!
そして、こっちもようやく完成だ!
間に合った!
「お待たせしました! 完成です!」
「ようやくか! ぶちかませぇ!」
「やりなさいセレナ!」
「はい!」
言われるまでもない!
私は両手の先に集中させた魔力を解き放つ。
食らえ!
これが正真正銘、私の最大火力だぁ!
「『氷神光』!」
この魔術の仕組み自体は簡単だ。
『氷結光』と何も変わらない。
氷結光が上級魔術『氷獄吹雪』を圧縮して放つのに対して、この技は最上級魔術『絶対零度』を圧縮して放つというだけ。
ただし、その僅かな差で威力は桁違いだ。
上級魔術と最上級魔術じゃ格が違う。
ロケットランチャーとミサイルくらい違う。
氷結光は、本来よりも多大な魔力を使って、更に四つの球体アイスゴーレムという後付けの発射口を加えて最大出力にする事で、ようやく絶対零度に近い威力を発揮できるようになる。
言うなればそれは、ロケットランチャーを何発も同時に一ヶ所に向けて放つ事で、無理矢理ミサイル並みの火力を再現してるようなものだ。
その例えになぞらえるなら、今回の魔術はミサイルの一点集中攻撃で核ミサイル並みの火力を再現するようなもの。
まともに当たれば皇帝をも殺せるかもしれない超必殺技。
そんな絶対零度の光が、ワールドトレントの巨体を横一文字に薙いだ。
「━━━━━━━━━━━━━━━!!?」
氷神光の当たった場所は、ワールドトレントの太い幹を完全に芯まで凍らせ、砕いた。
巨木はその部分からへし折れ、ワールドトレントの巨体が傾く。
断面が凍ってるからくっつける事もできない。
なのに、
「━━━━━━━━━━━━━━━!!!」
ワールドトレントはまだ生きていた。
折れて倒れゆく上半分では龍の口が開き、またしても擬似ブレスを放とうとしてる。
下半分では断面以外の場所が蠢き、新しい身体を作ろうとしていた。
化け物め。
あの皇帝だって身体を真っ二つにしたら死ぬだろうに、当たり前のように再生を始めるとか。
不死身か。
でもね、
「そうなると思ったよ」
「『炎龍撃』!」
「『水龍撃』!」
私の呟きに合わせるように、レグルスとプルートが新たな魔術を放った。
炎と水の二つの龍。
炎の龍がワールドトレントの上半分に、水の龍が下半分に絡み付き、攻撃を封じ込めて再生を妨げる。
そうして稼いだ数秒の隙を使って、私は更なる魔術を発動した。
「『絶対零度』!」
「━━━━━━━━━━━━━━━!!!??」
右手と左手。
左右同時に放った絶対零度が、未だに再生しようとするワールドトレントの上半分と下半分を、それぞれ別々の氷の中へと閉じ込めた。
半分になった身体で、その氷を砕く力は残ってないでしょ。
そのまま芯まで冷えて、凍って、凍りきった時に砕け散れ、化け物め。
「や、や、やりましたぁ!」
『ウォオオオオオオ!!!』
下からマルジェラと騎士達の歓声が聞こえた。
でも、私はそれどころじゃない。
最上級魔術を連打したせいで、疲労で死にそうだ。
「ハァ……ハァ……うっ」
「おっと」
息が切れて、疲弊で倒れそうになった身体をレグルスが支えてくれた。
助かる。
正直、ここまで消耗したのは初めてだ。
魔力は殆ど残ってないし、体力に至っては言うまでもない。
仲間の力を借りた上で、全身全霊、全力の全力を振り絞ってやっとの勝利。
ワールドトレント、いや裏切り爺。
間違いなく今までで最強の敵だったよ。
「お疲れさん」
「よく頑張りましたね、セレナ」
「ありがとう、ございます……」
まだ息が整わない。
でも、ここで倒れる訳にはいかない。
もう瓦礫しか残ってないとはいえ、ここはガルシア獣王国の首都。
敵地のど真ん中なんだ。
そんな所で安全確認もなしに気絶なんてできない。
「……どうやら、とりあえず回復が必要なようですね。『癒し』」
「助かります……」
そんな私を見かねて、プルートが体力回復の魔術をかけてくれた。
そこまで劇的な効果がある魔術じゃないけど、それでも大分楽になったよ。
「さて、セレナも大丈夫そうだし、とっとと爺にトドメ刺しちまおうぜ。その後は、あの猫耳みたいなの見つけてパーティーだ!」
「いえ、それはやめておいた方がいいと思います」
「なんでだよ!?」
「当たり前でしょうが。こんな時まで性欲に溺れないでください。このケダモノ」
「なんだと!」
ああ、またいつもの喧嘩が始まった。
まあ、それはどうでもいいんだけど、私が伝えたい事はそうじゃない。
「いえ、レグルスさん。やめておいた方がいいのはパーティーの方ではなく、プロキオン様にトドメを刺すという方です」
「は? どういう事だ?」
それはね。
「恐らく、今氷を砕いたら凍りきっていない部分が出てきて再生を始めてしまうでしょう。だから、しばらく待って完全に凍りついてから砕くべきだと思うんです」
「正論ですね。という訳でレグルス。あなたはプロキオン様の見張りです。性欲と体力を持て余してるあなたが適任でしょう。これを期に『待て』を覚えなさい」
「ふざけんな!」
ギャーギャーと二人が喧嘩を続ける。
すっかりいつもの光景で、なんか安心するわ。
やっと終わったんだなって実感できる。
ゴ◯ラを凍結封印した時の巨◯対はこんな気持ちだったのかもね。
さて、とりあえず生き残った騎士を纏めて、今後の動き方を決めないと……
ピシリ
不意に、そんな音が聞こえた。
何かがヒビ割れるような音。
それを聞いた瞬間、ギャーギャーと騒いでいた二人がピタリと停止した。
更に、一瞬で青ざめて、額から大量の冷や汗をかき始める。
多分、私の顔も似たような事になってるだろう。
そして、その異音が聞こえてから1秒としない内に、それは現れた。
「嘘だろ……!?」
レグルスが思わずといった感じで呟く。
現れたのは、枝だった。
凍りついたワールドトレントの下半分から、氷を砕いて伸びてきた一本の細い枝。
ただし、細いと言っても元の巨体と比べればの話だ。
普通の木と比べれば、樹齢何百年の木よりも遥かに太くて長い。
その枝が、一瞬にして形を変えた。
先端から五本に枝分かれし、その後、全体を植物の蔦が覆っていく。
まるで、骨を筋肉が包んでいくようだと思った。
そうして、あっという間に、攻撃をする暇もなく、枝は新たな形へと変形してしまった。
それは、巨大な腕だった。
全長数百メートルはあるだろう、巨人の腕。
それが拳を握り、空中にいる私達に向けて、その鉄拳を振るってくる。
大きすぎる。
避けられない。
「ッ!? 防げ!」
レグルスがそう叫ぶ。
でも、私達は既にガス欠だ。
私にはもう、これだけの攻撃を防げる魔力が残ってない。
レグルスもプルートも限界だろう。
とても迎撃できるとは思えなかった。
そんな状況で、迷う事なく動いてくれたのはワルキューレ達だった。
自律式アイスゴーレムであるワルキューレ達は、我が身の犠牲すら厭わず、魔術を放ちながら植物の拳に突撃して威力を削ってくれた。
全てのワルキューレがそうして砕け、確実に拳の威力は落ちている。
でも、まだ足りない。
まだあの拳には、私達を殴り殺せるだけの威力が残っている。
「『浮遊氷球』!」
私は自分達の足場にしていた球体アイスゴーレムに命令を下す。
その瞬間、残り三つの球体アイスゴーレムは、一瞬にして足場から盾に変わった。
代わりに足場を失ったけど、それはむしろ衝撃を逃がすという意味ではよかったのかもしれない。
そして、球体アイスゴーレムの盾に拳がぶつかり、多少は威力を削ってはくれたものの盾は砕け散り、拳が私達を直撃する。
その衝撃で私達は吹き飛ばされ、強烈な勢いで地面に叩きつけられた。