68 世界樹の脅威
「なっ!?」
ワールドトレントの攻撃で、鳥型アイスゴーレムが破損する。
あり得ない。
あれは空中戦も想定してかなり頑丈に作ったのだ。
それこそ、アルバの全力攻撃でも何発かは耐えられるだろう強度があった。
断じて、あんな牽制とも呼べない軽めのジャブで砕けるような物じゃない。
あり得ない。
つまりは、そういう事だ。
あの化け物植物は、ワールドトレントは、あり得ないくらい強い。
「総員攻撃!」
私は咄嗟に叫んで指示を出した。
鳥型アイスゴーレムがやられた以上、全員での撤退はキツイ。
いや、そもそもあんな簡単に壊された以上、最初からあれに乗って逃げるのは無理だったんだろう。
なら、ここでワールドトレントをへし折って勝つしか私達の生きる道はない。
勝つか、死ぬかだ。
「『氷結光最大出力』!」
「『大火炎斬』!」
「『海神槍』!」
六鬼将三人の大技に続き、マルジェラをはじめとした騎士達とワルキューレ数体の一斉攻撃がワールドトレントに炸裂する。
的が大きいから全弾命中だ。
どんなノーコンだって、こんな大きな的外せるか。
その絶え間ない連続攻撃で、ワールドトレントの表面がガリガリと削れていく。
いける。
倒せる。
あれは決して無敵の化け物じゃない!
「━━━━━━━━━━━」
私が勝ち目を見出だした瞬間、ワールドトレントに動きがあった。
ガサリという葉の擦れ合うような音が聞こえ、次の瞬間には上空から無数の刃が降ってきた。
その正体は、ワールドトレントの葉っぱだ。
まるで刃のように鋭利な無数の葉っぱが、弾丸の雨のように私達に降り注ぐ。
葉っぱカッターか!?
「ぎゃ!?」
「ぐはっ!?」
それに切り裂かれ、何人かの騎士が負傷、もしくは絶命する。
残りも葉っぱカッターを防ぐ為に、攻撃に使っていた魔術を防御に回さざるを得なくなった。
そして、攻撃が止んだ途端、ワールドトレントは負傷を回復し始める。
回復魔術じゃない。
新しく生えてきた植物が、抉れていた幹を覆い隠してしまったのだ。
そうして、外見はすっかり元通り。
内部にはダメージが残ってるかもしれないけど、あんまり期待はできないだろう。
どうやら、こいつを倒すのにチマチマとダメージを与える戦法は有効じゃないらしい。
やるなら、回復する暇もない連続攻撃か、回復できない程の大ダメージを一撃で与えるしかない。
だったら!
「皆さん! 少し時間を稼いでください!」
「おうよ!」
「任されました!」
私は一旦魔術の発動を止め、大技の準備をする。
その隙を他の騎士、とりわけレグルスとプルートの二人がカバーしてくれた。
炎が私に降り注ぐ葉っぱカッターを焼き尽くし、水の壁が威力を殺す。
その間に、私は手札の中で最も強力な魔術の発動準備を進めた。
選んだ魔術は、氷属性最上級魔術『絶対零度』。
防御不能の一撃必殺技。
最近は防がれたり不発にさせられたりする事が多くて良いところがなかったど、元六鬼将グレゴールを一撃で葬り、アルバの右腕と右眼を奪ったこの技の威力は健在だ。
でも、それをただ撃っただけじゃこの化け物は倒せないだろう。
単純に、ワールドトレントがデカすぎて絶対零度の凍結範囲が足りない。
ついでに、太すぎて芯まで凍ってくれるような気もしない。
だから、いつもより多く魔力を使って、いつもより長く時間をかけて、魔術の出力自体を上昇させる。
その為の時間は頼れる先輩達が稼いでくれる。
私は本来、純後衛職の魔術師だ。
一人よりも、頼れる味方と一緒に戦ってる時が一番強い。
そして、たっぷり10秒間はあった無防備な時間を耐えきり、私の魔術が完成した。
「『絶対零度』!」
普段より強い。
普段より広い。
普段より速い。
正真正銘、今の私にできる最強の魔術がワールドトレントに牙を剥く。
さっきも言ったけど、相手はデカすぎる的だ。
故に、避けられる事は絶対にない。
ワールドトレントの巨体の全てが、絶対零度の氷の中に閉じ込められた。
「や、やりましたか!?」
「ちょ!?」
マルジェラ!?
それフラグ!
「━━━━━━━━━━━━━━!!」
どもり病の快楽殺人鬼が立てたフラグを綺麗に回収するように、ワールドトレントからとてつもない衝撃波が放たれた。
さっき雲と街を吹き飛ばしたのと同じ技だ。
だけど、その威力が違う。
さっきのが軽い身じろぎだとすれば、今回のは全力で身をよじってる感じだ。
感情なんて残ってるのかわからないけど、その動きには裏切り爺の確かな焦りを感じた。
そして、超ド級の魔獣であるワールドトレントの足掻きは、矮小な人間に過ぎない私の魔術など容易く粉砕する。
その衝撃波一発で氷が砕け、当たり前のように化け物が復活してしまった。
さすがに、無傷ではない。
冷気に侵食された部分は砕け、大きさは一回りも二回りも小さくなってる。
細い枝や薄い葉っぱに至っては全滅だ。
ワールドトレントは、瑞々しい生命力溢れる巨木から、一気に枯れ木のような状態にまで弱体化している。
でも、そんな致命的と思えるダメージですら、この化け物は即座に回復し始めた。
身体中から新たな枝を伸ばし、それが螺旋状に本体を覆って元の大きさに戻ろうとする。
このままじゃ、完全回復まで30秒もかからないだろう。
タフネスの化身とすら思えた獣王ですら比較にならない、圧倒的な生命力。
この化け物!
「総攻撃! なんとしても回復される前にトドメを刺します!」
「当然だ! 焼き尽くして地獄に送ってやる!」
「おとなしく死んでほしいものですね!」
再び、私達の連続攻撃がワールドトレントを襲う。
意地でもここで殺し切ってやるという、殺意に満ちた魔術の嵐。
それを食らって、ワールドトレントの身体は抉れ、削げ落ちていく。
外殻の樹皮を失って防御力が落ちてるんだと思う。
向こうの回復より、与えるダメージの方が大きい。
これなら!
「━━━━━━━━━━━━━!!!」
ワールドトレントから、さっきよりも焦ってるような思念を感じた。
次の瞬間、ワールドトレントの動きが変わる。
今までのような本体を回復させるような動きを止め、代わりに幾重にも別れた太い枝を上に向かって伸ばす。
その数、9つ。
そしてその枝は、一本一本が巨大な龍の姿をしていた。
まるで多頭龍、ヒドラを無理矢理再現したかのような歪な姿。
しかも、龍の頭の枝一本ですら、獣王の何倍も大きい。
それ反則じゃない!?
「━━━━━━━━━━━━━!!」
9つの龍の口全てに魔力の光が宿る。
ドラゴンの代名詞、ブレスだ。
偽物のくせにブレスまで使うのか!?
と思ったけど、よく見たらあれ無属性魔術の魔弾だ。
量産型魔導兵器に搭載されてた最弱の魔術。
でも、規模が違う。
籠められた魔力量が違う。
巨大な龍の口から放たれる魔弾は、本物のドラゴンに決して劣らない威力を有していると嫌でもわかった。
そんな9つの擬似ブレスが私達目掛けて放たれる。
凄まじい威力。
凄まじい効果範囲。
範囲が広すぎて避けきれない。
破壊力に関しては、確実に私の絶対零度を超えてる。
冗談じゃなかった。
「迎撃! 迎撃してください! 『氷結光最大出力』!」
「『極炎大砲』!」
「『水神砲撃』!」
それぞれが、最も迎撃に適していると判断した超火力技をブッパした。
威力は……ここまでやって、やっと互角。
上からの擬似ブレスと、下からの私達の攻撃。
二つの大魔術が相殺し合い、周囲にとんでもない爆風が吹き荒れた。
しかも、それだけじゃ終わらない。
今度は地面の下から大量の植物が生えてきた。
根っこか!
一本で城を叩き潰せそうな規格外の大きさを持つワールドトレントの根っこ。
それが何本も現れて鞭のようにしなり、まるで巨人の足踏みのように私達を踏み潰さんと振るわれる。
上からは擬似ブレスの雨。
下からは根っこによる地獄の物理攻撃。
悪夢のような挟み撃ちで部隊は分断され、騎士達がガンガン死んでいく。
マズイ。
人数が減れば、それだけ対抗手段が削がれ、一斉攻撃の火力も落ちる。
特に火力不足は本気でヤバイ。
このまま人数が減り続けたら、有効な攻撃を食らわせる事すらできなくなる。
おまけに、こうして踊らされる間にも、ワールドトレントはガンガン回復してるんだ。
私達からの攻撃が減ったせいで、攻撃に割いてたリソースを回復にも回せる余裕を与えてしまった。
下手したら、あと1分もしない内に奴は元に戻る。
ヤバイ。
焦る。
そして、焦れば動きも悪くなる。
まだ若く、騎士としてそこまで多くの修羅場を経験してない私に取って、その焦りは決して無視できない不調だ。
そして、上から降ってきたブレスの一つが、私への直撃コースを辿った。
焦った私は、それに対処できない。
「しまっ……!?」
「オラァ! 『爆炎剣』!」
しかし、そのブレスはレグルスが防いでくれた。
爆発する剣でブレスを相殺する。
だが、今度は横からの根っこによる攻撃が迫る。
そのタイミングはブレスとほぼ同時。
つまり、これも対処不能だ。
「『水龍撃』!」
その必中の攻撃を、今度はプルートに助けられた。
水で出来た巨大な龍が根っこに体当たりし、その軌道を私から逸らす。
そこまでやって逸らすのが限界というのが怖いけど、とにかく助かった。
そして、助けてくれた先輩二人が私の側に集結する。
「セレナ! ボサッとすんじゃねぇ! お前はこの中で一番序列が高いんだろうが! だったら焦る前に動け! そして考えろ! 勝つ為の方法を!」
レグルスが炎剣を振り回しながら私に説教する。
脳筋のくせに、いや脳筋だからこその、真っ直ぐな正論だった。
「珍しく真っ当な事を言った脳筋の言う通りです。どんな窮地でも考える事を止めてはいけません。僕達が支えます。だから一緒に考えましょう。この窮地を脱する方法を」
プルートもまた、諭すような事を私に言う。
それは随分懐かしく感じる、久しぶりのプルートによる授業だった。
二人の言葉を受けて、頼れる先輩二人の背中を見て、焦りが収まっていくのを感じる。
頭が冷えていくのを感じる。
まだ平静とは言えないし、ベストコンディションからは程遠い。
絶望的な状況もそのままだ。
だけど、今ならさっきより上手く戦える。
そんな気がした。
「……レグルスさん、プルートさん、聞いてください。作戦があります」
私の頭に浮かんだそれは、作戦とも言えないシンプルな戦法。
しかも博打だし、半分くらい他力本願だし、成功率も決して高くない。
それでも、やる価値はあると思った。
二人の協力があれば。
「言ってみろ!」
「言ってみなさい」
普段は喧嘩ばかりの二人が、こんな時だけは息ピッタリに声を揃えてそう言った。
喧嘩する程仲が良い。
なんだかんだで、二人はお互いが一番の戦友なんだろうなと思うと、なんとも頼もしく感じた。
そんな事を思いながら、私は二人に作戦を告げる。
とんだ大博打としか言えない作戦を。