66 獣達の出迎え
口の悪い兵士さんに案内され、私達三人は城内を歩く。
騎士達はいない。
将官クラスだけで来てほしいというあからさまに怪しい向こうの要求をあえて飲んだ……と見せかけて、退路の確保こと鳥型アイスゴーレムの守りに置いてきた。
向こうの隠し球がどっちを狙ってくるかわからない以上、これがベターな陣形だと思う。
どっちかで騒ぎがあれば駆けつけられるし。
それにしても……
「……これ、もう少しどうにかならなかったんですかね?」
「……だな」
「……右に同じく」
私のボヤきに二人が同調した。
それくらい、城内の雰囲気はなんともアレな感じだったのだ。
「グギャアアア!!!」
「ブォオオオオ!!!」
「ピギャァアア!!!」
「ぶるぁあああ!!!」
……なんか、城内の至る所から獣の鳴き声が聞こえてくるんですけど。
なんか前にも、っていうか、つい数日前にも同じ事があったなぁ。
それはともかく、これ仮に罠だとして、罠である事を隠す気あるんだうか?
こんなあからさまに魔獣兵を集めるとか、これから襲いますよって言ってるようなもんじゃん。
「着いた……着きました。ここが謁見の間です」
そんな騒音を聞いてる内に目的地に着いたらしい。
確かに、中からさっき感知した王太子の気配がする。
他に大量の魔獣兵の気配もするけど。
そして、口の悪い兵士さんが扉を開け、私達は中に踏み込んだ。
「では、ごゆっくり。くくっ」
おーい、兵士さん。
含み笑いが隠せてないぞー。
もう色々と剥き出しやないかい。
杜撰、杜撰だよ。
取り繕えてないよ。
「よく来たな帝国の使者よ。私はガルシア獣王国王太子、ガルム・フォン・ガルシアである」
そして、こんな杜撰な計画を立てたと思わしき奴が声をかけてきた。
部屋の奥にある玉座に腰掛けた、まだ十代に見える若者。
でも、その顔にはニヤニヤとした下品な笑みが張り付いていた。
これが王太子か。
なんというか、バカ殿っぽい。
「おいおい、さっきの兵士もそうだったが、ちと態度がデカすぎるんじゃねぇか王太子様よぉ。お前ら、敗戦国の自覚があるのか?」
「ハッ! 敗戦国? 何を言っている?」
レグルスの言葉を王太子は鼻で笑った。
ああ、うん、この時点で罠確定である。
わかってたけど。
「我ら誇り高きガルシアの民が降伏などする訳があるまい! あんな紙切れ一枚にまんまと騙されてノコノコと砦を離れるとはバカな連中よ! 者共、出会えい!」
王太子がそう言った瞬間、謁見の間の入り口以外の扉が開いて、そこから大量の魔獣兵が入ってきた。
ついでに、玉座の後ろの扉も開いて、王太子はそこから逃げようとする。
「フハハハハハッ! 見たか! 驚いたか! 命令を聞かせられない失敗作も含めれば、魔獣兵などいくらでもいるのだ! そして、理性を失おうとも、そやつらはガルシアの民! 貴様ら帝国人を許しはしない! 無数の魔獣兵に圧殺されて死ね! 間抜けど……」
「『氷獄吹雪』」
バカ殿の演説を遮って氷獄吹雪をぶっ放した。
それだけで部屋の中にいた魔獣兵は全て凍りつき、ついでにバカ殿の逃げ道も氷に覆われて消える。
更に、私は遠隔操作で鳥型アイスゴーレムの中にいるワルキューレを起動。
魔獣兵の駆逐を命令する。
それを合図に、鳥型アイスゴーレムを守ってた騎士の半数は命令に従ってワルキューレの加勢に動いた筈だ。
その証拠に、城内が一気に騒がしくなって、壮絶な戦闘音が聞こえてくる。
「…………へ?」
「そういうのはいいですから。バレバレですから。『氷砲弾』」
「ぶぺっ!?」
呆然としたバカ殿に氷砲弾を一発。
それだけで結構なダメージが入った。
こいつもそれなりの魔力を纏ってはいたけど、それもせいぜいマルジェラより少し上程度だからね。
魔力の感じからして、魔獣兵って訳でもなさそうだし。
そりゃこうなるさ。
「『氷結世界』」
「ぬぁ!?」
更に追撃して、氷結世界で全身氷漬けにしておいた。
ただし、話ができるように首から上は凍らせてない。
今は懐かしきクソ親父を脅迫した時を思い出す。
「さて、これで半ば詰みですね。切り札があるなら早めに使う事をおすすめしますよ、ガルム王太子」
こっちはそれを見て今後の動きを考えるから。
切り札に獣王クラスの魔獣兵がいるなら交戦。
それが複数体いて撃破困難と判断したら、一度撤退して今度は大軍を引き連れてくる。
肩透かしで何もなかった場合は、このまま首都を制圧。
後始末を部下に任せて、六鬼将は革命軍退治の為に即時帰還だ。
「そ、そんな、バカな……!? なんだこの強さは!? 帝国兵は、砦に籠って、卑怯な策略を練らなければ何もできない弱者ではなかったのか!?」
「どこから聞いたんですか、そんな話」
事実無根にも程がある。
思わず呆れてしまった。
その後も、バカ殿はギャーギャー騒ぐだけで一向に何かをする気配がない。
これは……
「セレナ、こいつは何も知らねぇただの道化だ。相手するだけ無駄だぜ」
「レグルスに同意ですね。仮にこいつに何かしらの役割があるとしても、せいぜい釣り餌でしょう。早く始末をつけてしまいなさい」
「……わかりました」
私はいつものように感情を押し殺し、バカ殿を頭まで凍らせて全身氷漬けにした後、砕いて殺した。
……救いとしては、革命軍殺してる時に比べたら罪悪感のレベルが遥かに低い事かな。
獣王もそうだったけど、こいつらが死ぬのは自業自得だ。
民の為に戦ってたっていうんならまだしも、こいつらは下らないガルシアの誇りとやらの為に停戦の呼び掛けを無視してまで戦い続け、民を巻き込んで使い潰し、国を事実上崩壊させた暗君だった。
死んで当然だ。
……それでも、殺しの嫌な感触は生涯慣れない。
「あっさりと倒せちまったな……こいつ影武者とかじゃねぇよな?」
「確かに、その可能性はありますね。セレナ、近くにこの国で王族になれるだけの魔力反応を持った者はいますか?」
「いえ、いません。感知できる範囲ではこいつが最大の魔力持ちでした。残りは魔獣因子で底上げして、それでもこいつに及ばない連中ばかりです」
バカ殿の魔力は強めの一級騎士程度、帝国の爵位で言えば公爵級がせいぜいだけど、他国の魔術師なんてそんなもんだ。
帝国みたいに魔術師の純粋培養を数百年に渡って続けない限り、六鬼将みたいな化け物は早々生まれない。
というか、そもそも六鬼将は魔術師の中に稀に生まれる、突然変異の天才みたいなもんだからね。
前に人材不足で六鬼将になれる奴がいないみたいな話したけど、あれは単純に六鬼将に求められる基準がおかしいだけだから。
別に帝国軍が弱い訳じゃない。
でも、もう少し腐った政治を改善して、魔導兵器で平民の兵士を普通に運用できる支配態勢とかにすれば、六鬼将に頼らなくても充分過ぎる国力を得られる筈だ。
つまり、やっぱり皇帝はギルティ。
「そうですか……他の王族がいないというのが気がかりですが……王位の継承権で揉めて死んだのか、それともセレナが感知した魔獣因子を打ち込まれ、反動に耐えきれずに死んだのか。まあ、それはどうでもいい話ですね。問題はこの期に及んでも獣王クラスの魔獣兵が出てこない事です」
「やっぱ最初っからいねぇんじゃねぇのか? そんな奴ら」
「レグルスさん、油断は禁物ですよ」
とはいえ、正直レグルスの意見が最も正論だ。
最初からあの魔獣因子に耐えきれるような人材がいる可能性は低かった。
ただ、フラグ臭いという嫌な予感と、敵を過小評価してやられるのが嫌だったから、隠し球があるという前提で動いてただけだ。
ないならないで構わない。
フラグが折れて肩透かしなら万々歳だ。
強敵なんて、いないならそれに越した事はないんだから。
でも、なんだろう、この感じ。
なんというか、未だに嫌な予感が消えないというか。
まだフラグが折れてないような気がしてならない。
どうにも何かを見落としてるような気がする。
そして、世の中嫌な予感程よく当たるものだ。
私の根拠のない嫌な予感もその例に漏れず、━━当たった。
それも最悪な形で。
「その通りじゃよ、セレナ殿。いついかなる時も油断は禁物。よくわかっておる」
突然、凍りついた謁見の間にそんな声が響いた。
年老いた老人の声。
聞き覚えのある耳障りな声。
帝国が追いかけている、最悪の裏切り者の声。
「惜しむらくは、優秀な若者が帝国におる事を素直に喜べぬ事じゃのう。いやはや、裏切り者は肩身が狭い」
長い白髭。
緑色の豪奢な魔術師ローブ。
手に持った大きな杖。
張り付けたような好好爺気取りの笑み。
見間違える筈がない。
元六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド
行方を眩ましていた裏切り爺が、こんな所に居た。
革命軍とは絶対に相容れない筈の狂気の国の首都に、たった一人で。
しかも、どうやってるのか魔力反応の一切を隠して。
気配はある。
なのに魔力反応がない。
その姿が不気味な亡霊のように見えて、ひたすらに気味が悪かった。