64 不気味な降伏宣言
「怪しい」
「怪し過ぎるね」
「怪しいな」
「怪しいですね」
送られて来た使者と降伏宣言の書状に対しての、六鬼将四人の意見がこれである。
満場一致で怪しいという結論に至った。
「多分、罠ですよね?」
「罠だね」
「罠だな」
「罠でしょう」
そして、満場一致でこれが罠であるという結論に至った。
だって、ねぇ?
あの狂気と修羅の国であるガルシア獣王国が、こんな簡単に降伏なんてする訳ないじゃん。
そうじゃなきゃ、自信満々の宣言遺して逝った獣王が、ただのバカって事になるもの。
「向こうの狙いはなんなんですかね?」
「戦力が回復するまでの時間稼ぎじゃねぇか?」
「それはどうでしょうね」
私の疑問に珍しくレグルスが答え、プルートが即座に反論する。
そして、プルートは眼鏡をくいっとやりながら、ミアさんに確認を取り出した。
「ミア殿、ガルシア獣王国の戦力は、終戦手続きの期間程度の時間を稼いだところで回復させられる程、傷が浅いと思いますか?」
「いや、さすがにそれはないと思うけど……今までの無茶な攻めで相当の戦死者が出てるし。それに今回の戦いで獣王率いる主力部隊を丸々失ったんだから、時間稼ぎ以前に再編すら絶望的だと思うんだけどなぁ」
まあ、普通に考えたらそうだよね。
ちょっとやそっと時間を掛けた程度で持ってこれる戦力があるなら、ミアさん達との戦いに投入しない理由がないし。
聞けば、今までの戦いは獣王が圧倒的な力に任せて暴れる事で無理矢理戦線を維持してたらしい。
その獣王が主力部隊ごと死んだ今、向こうにロクな戦力は残ってない筈なのだ。
普通なら無条件降伏以外に道がないような詰みっぷりだからね。
そう考えれば、この書状は罠でもなんでもない可能性が高いんだけど、全く信用されないのがガルシア獣王国クオリティというか。
もし本当に、獣王国にまともな頭持った人がいて、真剣に考えた上で降伏を宣言したんだとしたら可哀想に。
まあ、ないと思うけど。
「となると、別の狙いがあるという事になりますけど……停戦ではなく降伏と言ってきている辺りが少し怪しいですね。
終戦の為の使者を首都に誘き寄せて、自分達に有利な場所で袋叩きにするつもり……とか……?」
私も自分の考えを言ってみたけど、途中で言葉が尻すぼみになった。
正直、言ってて途中で自信がなくなってきたわ。
こんな思考に至ったのは、停戦交渉と降伏宣言の手続きの違いだ。
停戦交渉は書状でのやり取りに加えて、国境付近でお互いの使者が話し合う事によって条約を結ぶ。
対して、降伏宣言は敗戦国の首都で戦勝国の使者がふんぞり返り、敵国のトップに頭を下げさせながら、降伏条件の話し合いをするのだ。
ただし、この時の使者に精鋭を選ぶか、敵国の罠を警戒して捨て駒を選ぶかは、向こうにはわからない。
それ以前に、罠だと思ってるんだったら、降伏宣言を無視して攻め入る可能性も高いだろう。
そんな不確かな作戦の為に、プライドばっかり無駄に高いガルシア獣王国が、例え嘘だとしても屈辱の降伏宣言なんてするだろうか?
しないと思う。
「すみません、忘れてください」
「いえ、セレナが言った事も可能性としては0ではありません。向こうはなりふり構っていられない程に追い詰められている筈ですからね。一応、その可能性も考慮に入れておきましょう」
しかし、プルートは私の発言を一笑に付さず、真面目に考えてくれた。
……まあ一応、向こうに自分達のフィールドでしか使えない奥の手的なものがあって、それを使って六鬼将を葬る為に誘き寄せようとしてるって可能性もなくはないか。
凄い低い可能性だけど。
でも、用心にするに越した事はないよね。
「てか、そもそもの話なんだけどよ。この話、受けるのか? それとも突っぱねるのか?」
「それは……」
レグルスが根本的な事を言い出し、残りの全員が言葉に詰まった。
皆、99%これが罠だと確信してる。
でも、残り1%くらいは罠じゃない可能性もあるのだ。
本当に獣王国が切羽詰まってて、まともな頭持ってる人が獣王が戦死した隙を突いて政権を取り、その上で降伏を宣言してきたっていう可能性も0じゃない。
そして、もしそうだった場合、こっちとしてはもの凄く助かる。
こっちだって、捨て身の獣王国を完全に滅ぼすまで延々と戦い続けたくなんてない。
私やミアさんの心情以前に、革命軍なんて不穏分子を国内に抱えた状態で、六鬼将数人を他の国との戦いで動けない状態にしとくのは悪手だ。
いくら転移陣や私の高速移動アイスゴーレムがあるとはいえ、他の任務を背負ってる状態じゃ、どうしても動きが鈍る。
だからこそ序列一位の人は私達がガルシア獣王国との戦争に行く事を反対し、ノクスもあくまで短期決戦という事で今回の作戦を打ち立てたんだから。
だから、向こうの降伏でさっさと決着がつくなら万々歳なのだ。
望外の幸運なのだ。
罠とわかっていても受け入れてしまいたくなる。
話くらいなら聞いてもいいかなー、って気にさせられる。
くっ! これが悪魔の誘惑か!
「どうします?」
「うーん……」
「…………」
ミアさんは難しい顔して唸り、プルートは眉間にシワ寄せて無言になった。
どうやら、二人とも私と同じ気持ちらしい。
……今この場で結論出すのは難しいかな?
そうなると、とりあえず帝都に伝令出してノクスの判断を仰ぐ……のはやめといた方がいいか。
ガルシア獣王国攻めの判断は私達に一任されてる。
ここで私達がノクスを頼るのは、言うなれば支店長が自分の支店の問題を社長に頼って解決するようなものだ。
それ、なんて無能?
という事で、ノクスに相談は却下。
それこそ、現場の一存では決められないような重大案件でも起こらない限りはね。
今回のは現場の判断で決められる範疇の問題だ。
自分達で考える必要がある。
「とりあえず、ウチの部下達も呼んで皆で考えない? 三人寄ればなんとやらって言うし、頭数が増えればいいアイディアが出てくるかもよ?」
「……まあ、それがいいですかね」
ミアさんがそんな事を言い出し、プルートがそれを可決。
でも、私にはこれが、とてつもない欠点を持つ作戦に思えた。
「ミアさん、部下に意見を求めるのはいいんですけど、その部下さん達はようやく仕事が一段落して束の間の休息を満喫してるんですが……それでも呼びますか?」
「…………あとで土下座しとくよ」
全ての泥は自分が被るとばかりのミアさんの漢気によって、急遽、緊急会議の開催が決定。
シャーリーさんをはじめとした死んだ目をした文官達を集め、降伏宣言についての対応を話し合った。
そして、数時間に及ぶ議論の末、遂に結論が出た。
その結論とは、━━降伏宣言の受け入れ決定。
やっぱり、皆これ以上のブラック労働、もとい戦いなんて望んでなかったのだ。
ただし、罠の可能性が濃厚という事で、使者には私、レグルス、プルートの六鬼将三人とその直属部隊。
更に、獣王との戦いで使わなかったワルキューレ数体に加え、私が超大型の鳥型アイスゴーレムを作る事によって多くの騎士を一緒に連れて行く事になった。
どんな罠が待ち受けていても力業で踏み潰して、ついでに首都を制圧できるように。
脳筋策と言ってはいけない。
これでも合理的な作戦なのだ。
私の鳥型アイスゴーレムなら向こうの首都まで一日もあれば着けるから、革命軍に不在の隙を突かれる心配も少ないし。
問題があるとすれば、ほんの僅かな間とはいえ六鬼将三人が砦を空ける以上、上への報告が必須な事くらいかな。
それで序列一位の人辺りが反対したら面倒な事になりそう。
まあ、大丈夫だとは思うけど。
あの人も、そこまでチキンじゃない筈だ。
そうして会議が終わった後、文官さん達はゾンビのような足取りで会議室から退室した。
この後、通常業務に加えて、今回の作戦の為の部隊の編成、それにまつわるあらゆる雑事の仕事が追加されてしまったからだ。
ミアさんは土下座していた。
私も頭を下げた。
奔放なレグルスや、プライドの高いプルートまで下げた。
それくらい、彼らの有り様は見てられなかったのだ。
シャーリーさんが再び浮かべた仏の笑みが頭から離れない。
しかも、今回私は超大型アイスゴーレムの作成で仕事手伝えないというのが罪悪感を加速させる。
あのレグルス含めて他の三人は仕事手伝うと言い出したものの、体力温存してくださいと言われて断られてたから、罪悪感は私以上だろう。
ここの人達、いい人多いよ。
やっぱり、トップのミアさんがいい人だから、類が友を呼んでるんだろうなぁ。
だからこそ、より罪悪感が凄い。
ウチの直属部隊みたいなクズ相手なら、こんな罪悪感は覚えなかっただろうから。
それから一週間後。
無事に上の許可も取れて、準備を完了させた私達は、百人の騎士と共にガルシア獣王国首都へ向けて出発した。