62 『獣王』
「『雷撃』!」
「『火炎槍』!」
ミアさんとレグルス、それと突撃騎兵隊の魔術が獣王に襲いかかる。
それに対して獣王は鋭い牙の生え揃った大きな口を開き、━━そこからレグルス以上の極大の炎を吐き出した。
ドラゴンの代名詞、ブレスだ。
それがミアさん達の魔術を纏めて吹き飛ばし、相殺する。
……いくら近接タイプとはいえ、六鬼将二人+αの魔術をたった一人で相殺するんだ。
普通に強い。
下手したら私以上かも。
でも、今回ばかりは相手が悪い。
獣王が翼を広げ、近接タイプ二人の強みを殺せる空へと飛び立とうとする。
「『氷刃』」
「グォオッ!?」
その広げた翼に、私が上空から氷の刃を放つ。
鱗のある部分はさすがに硬いみたいで大したダメージにはなってないけど、皮膜の部分はそうでもないらしく、この程度の魔術一発で大きく裂けた。
その翼じゃ飛べないだろう。
「柔い部分とはいえ、この俺様の身体に傷を付けるだと!? 新手の強者か!?」
「ウチの可愛い天才ちゃんだよ! 『落雷』!」
「グギッ!?」
獣王の意識が私に向いた隙に、ミアさんが雷魔術を直撃させる。
身体の表面は多少焦げついたくらいのダメージ。
でも、雷魔術の真骨頂である通電はしっかしてるみたいで、獣王の動きが目に見えて止まった。
今なら殴り放題だ。
「『超電撃槍』!」
まずはミアさんの攻撃。
極雷を纏った槍が、獣王の胸部に深々と突き刺さる。
「『噴炎切断』!」
次に、地面を蹴って飛び上がったレグルスによる、大剣を使った大振りの一撃。
それが獣王の顔面を直撃し、左眼を焼き斬る。
「『渦潮槍』!」
更に、後方の砦から放たれたプルートの遠距離攻撃。
渦を巻く巨大な水の槍が、獣王の残った翼を抉り取る。
そして、最後に私だ。
「『氷結光最大出力』!」
四つの球体アイスゴーレムを解放し、上空から最高火力の冷凍ビームを浴びせかける。
それによって、獣王の身体が一気に凍結していった。
数秒としない内に、獣王は巨大な氷像へと変わる。
普通ならこれで死ぬんだけど、今回の相手は長らくミアさんを苦しめてきた強敵。
そこまで甘くはないでしょう。
案の定、獣王は中から氷を割って復活してきた。
身体の芯までは凍ってなかったらしい。
「グォオオオオオオオオオッ!!!」
獣王が咆哮を上げ、その口の中に炎が生まれる。
再びのブレス。
そして、今回は口が上を向いてる。
狙いは私か。
でも、残念。
「グォ!?」
「『氷鎖』」
獣王が一瞬凍ってた隙に作った特大サイズの氷の鎖が、獣王の全身を絡めとる。
特に口を厳重に縛り付けてお口チャック。
そうすると、放とうとしてたブレスが行き場を失い、口の中で爆発したっぽい。
ドォオオオオン!!! っていう凄い音がして、獣王の口の隙間から黒い煙が出てきた。
そこへ容赦なく追撃をかける。
「『氷弾』」
追撃として選んだ魔術は初級魔術の氷弾。
もちろん、ただの氷弾じゃない。
私が普段使う氷弾は、銃弾の形に似せた上で高速回転させる事で威力を上げるという工夫をしてる。
でも、今回作ったのは従来の氷弾と同じ、ただの丸い球体。
ただし、若干形状が違うし、何より大きさが通常版とは全く違う。
形状は、球体に刺々しい無数の突起が突いた鉄球のような形。
そして大きさは、獣王の全長と同等レベルの巨大サイズ。
そんな巨大氷鉄球に、更なる魔術で氷の鎖を接続し、その端を握る。
そう、これは前に革命軍の本部を吹き飛ばした私の最強技の一つ。
味方を巻き込まないように、あの時よりは随分小さく作ったけど、その分重くしてあるから威力は大して変わらない。
そして、私は鎖を思いっきり引っ張り、発射準備が完了したそれを獣王の脳天目掛けて叩き落とした。
「『氷隕石』!」
「!!!!???」
ゴォオオオン!!! という、さっきのブレス不発の時より凄い音と共に、巨大氷鉄球が獣王の頭に直撃する。
その衝撃で氷鉄球は砕け散り、多分、獣王の頭蓋骨も砕け散ったと思う。
その証拠に、頭部を粉砕された獣王の巨体がゆっくりと倒れ……
「グォオオオオオオオオオッ!!!」
……倒れなかった。
それどころか全身の筋肉を膨張させて身体を縛り付けていた氷の鎖を引き千切り、健在を示すように大音量の咆哮を上げる。
でも、さすがにあれは空元気だ。
獣王は鱗が割れ、牙が砕け、額からは大量の血を、口からは大量の唾液を垂れ流してる。
どう見ても重傷。
唾液まで垂れてるって事は、意識も朦朧としてるのかもしれない。
それでも、獣王は動いた。
獣の王の誇りを貫くかのように、その爪を地面に叩きつける。
地面に、とんでもない大きさのクレーターが出来た。
「ウォオオオオオ!? なんじゃこりゃあ!?」
「相変わらずの馬鹿力め!」
地面に居たレグルスとミアさんが吹っ飛んでいく。
さすがと言うべきか、二人とも大したダメージは負ってない。
代わりに、二人と一緒に居た突撃騎兵隊は結構な被害が出てるみたいだけど。
しかし、そんな二人を逃がさないつもりなのか、獣王の口の中に三度ブレスの炎が生み出された。
「ヤバッ!? 『雷撃砲』」
「おぉう!? 『火炎砲』!」
獣王渾身のブレスに対し、二人は魔術での相殺を試みる。
しかし、今回のブレスは追い詰められたアルバの如く魔力消費量度外視で放ったのか、二人の魔術をかき消して、そのまま二人を飲み込んでしまった。
……え?
あれ?
こ、これ、もしかして死んだ?
い、いや、多分大丈夫な筈!
迎撃してたからブレスの威力は落ちてたし、二人の身体強化の強度なら死にはしない、と思う。
とにかく、今は二人の生存を信じよう。
「『氷砲連弾』!」
「グォオオッ!?」
とりあえず、獣王が死体蹴りしないように、手数重視の攻撃で注意をこっちに引き付ける。
でも、この魔術は車サイズの氷の砲弾が超速回転しながら連続で発射されるというもの。
発動が簡単なもんだから、よく牽制に使って迎撃されてるけど、その威力は決して低くない。
それこそ、直撃すれば一発でアルバに大ダメージを与えられるくらいの、牽制攻撃というには強すぎる威力を持ってるのだ。
そんなもんを、獣王はロクに防ぐ事もできずに食らい続けてる。
さっきの頭への攻撃が効いてるのか、やたら動きが鈍い。
しかも、砦からのプルートの遠距離攻撃も健在だし、的が大きいから全弾命中状態。
これだけ打ちのめされても倒れないくらい、獣王の頑強な鱗と身体強化の併用による防御力は常軌を逸してるけど、これなら普通に押しきれるかもしれない。
「オオオオオオオオオッ!!!」
って、さすがにそこまで甘くはないか。
氷と水の弾丸の雨に打たれながら、獣王はまたしても口の中に炎を生み出した。
撃たせて撃つ。
否、撃たれながらでも撃つ。
まるで相討ち覚悟のクロスカウンターのように、獣王は防御を完全に捨てて、ブレスによる攻撃を優先した。
そんな捨て身のブレスが、私目掛けて発射される。
「でも、それは悪手でしょう」
私はそんなブレスをまともに相手する事なく、氷翼による機動力に任せて避けた。
獣王が首を動かし、ブレスが飛び回る私を狙って放たれ続けるけど、空を高速で飛翔する私には掠りもしない。
それどころか、私が飛び回りながらも発動を止めなかった氷砲連弾によって、獣王だけが一方的に傷付いていく。
こういう開けた大空で、相手と距離を取りながら戦える状況なら、私はほぼ無敵だ。
今までは砦の防衛戦だの、革命軍の拠点という屋内での戦闘が多かったから使えなかった手だけど、これがたった二年の戦働きで私の六鬼将での序列を三位にまで押し上げた、氷月将の常勝スタイルだったりする。
強い魔術は避け、面制圧狙いの弱い魔術は球体アイスゴーレムで防ぎ、一方的に強力な魔術で敵を殲滅する。
この状態の私に傷を付けた相手はいない。
そして、それは目の前の私より強いと思われる獣王も同じだ。
戦いは総合力だけで勝敗が決まる訳じゃないのである。
「『氷槍』!」
「グギャアアッ!?」
氷弾系と同じく、高速回転する槍を獣王の残った右眼に叩き込み、光を奪う。
レグルスが潰した左眼と合わせて、これで完全に獣王から視覚を奪う事に成功した。
もっとも、獣王だって敵の気配を捉える探索魔術が使えるだろうから、戦闘継続は可能だろう。
それでも、他の事に気を取られる戦闘中はどうしても探索魔術の精度だって落ちる。
両目の欠損が大きなダメージである事に変わりはない。
このまま殺しきる。
「え?」
そう思った瞬間、放たれ続けていたブレスが止まった。
遂に限界がきたのかも思ったけど、違う。
獣王は、魔力を口の中に溜めてるのだ。
その魔力をすぐにブレスに変換せず、口の中で溜め続けている。
その時、私は獣王の狙いに気づいた。
こいつ、前方方向全てを焼き払う面制圧の極大ブレスで私を仕留めるつもりだ!
さすがに、それはマズイ!
「くっ!」
私は即座に獣王の前方から待避し、後ろ側へと回った。
前方全てを焼き払うなら、口の向いていない方へ逃げるしかない。
でも、そんな簡単に解決したら苦労はない。
獣王の口が再び私の方を向く。
ロックオンされたら終わりだ。
方向転換が終わる前に、口の前から逃げ続ける。
これの繰り返しだ。
さすがに、あれだけの魔力が籠められた攻撃食らったら、私でもどうなるかわからない。
それを防ぐ手段は二つ。
避けて無駄撃ちさせるか、撃たせる前に仕留めるか。
逃げながらでも私の攻撃は止まってない。
それに、プルートの援護も私に当てないように、獣王の脚辺りを狙って継続中だ。
正直、これで倒れてほしい。
でも、獣王に倒れる様子はない。
既に致死レベルのダメージを食らってるのに、まるでアルバの如く倒れない。
アルバのは主人公補正かもしれないけど、獣王の場合はなんなんだろう?
根性か、膨大な魔力を持つが故の生命力の強さか、ドラゴンのタフネスを獲得してるからか。
全部か。
全部なのか。
勘弁してほしい。
なんで、私の相手はどいつもこいつも化け物じみてるんだ!?
「『爆炎剣』!」
「!!?」
私が心中でボヤいた瞬間、獣王の足下が爆発し、その巨体が揺らいだ。
ブレスの照準が私からズレ、それどころか制御を失って暴発した。
獣王の牙が根こそぎ消し飛び、口が滅茶苦茶に破壊されてる。
そして、それをやった存在が、獣王の足下でドヤ顔していた。
「ウチの可愛い後輩を追い回してんじゃねぇよ!」
「レグルスさん!」
よかった、無事だった!
見たところ、そんなに大きな怪我もしてない。
本当によかった。
そして、レグルスが無事という事は、この人も無事という事だ。
「この野郎! さっきはよくもやってくれたなぁ!」
レグルスの後ろから、五体満足のミアさんが現れた。
元気そうで何よりだ。
ただし、この元気は過労が一周回ってハイになってる感じの元気だろうけど。
「寝不足と過労に追い込んだ上に、今度は女の命である髪まで燃やしやがってぇ! もう許せん! 積年の恨み、今ここで晴らしてやる!」
そして、凄い早口で怒りの言葉を吐き出したミアさんは、ぶち切れ状態のまま地面を蹴って跳躍し、槍を真っ直ぐに構えて獣王に突撃していく。
狙いは、さっきミアさん自身が抉った獣王の胸部。
レグルスの攻撃で体勢を崩した獣王は、これを避けられない。
「死ねぇ! 『超電撃槍』!」
雷を纏った槍が獣王の胸部に突き刺さる。
鱗を穿ち、筋肉を貫き、骨と内臓を貫通して、ミアさんは獣王の背中から出てきた。
獣王の胸の中心には大穴が空き、周囲には電熱で肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
そして、━━獣王の巨体が、轟音を立てながら遂に倒れた。
身体中から血を流し、目を潰され、全身を打ちのめされた獣の王に、もう立ち上がる力はない。
「終わった……何もかも……」
そんな竜の屍の上で、ミアさんは真っ白に燃え尽きたように満足そうな顔で、立ったまま気絶していた。
お疲れ様です。
こうして私達は獣王を討ち取った。
残党も私達が戦ってる間に砦の人達があらかた片付けたらしく、ガルシア獣王国軍は壊滅。
私達の完全勝利で、この戦いは幕を閉じたのだった。