61 帝国軍VS獣王国軍
「皆さん、今どうなってますか?」
「お! 来たなセレナ!」
私がミアさん達の所に到着した時、既にレグルスもここに合流していた。
見たところ、まだ戦いは始まっていない。
砦の前に広がる何もない不毛の荒野を、敵軍が悠々と進軍して来てるだけだ。
というか、向こうはかなり被害甚大な筈なのに、よくあんな余裕の行軍ができるなぁ。
まあ、度重なる戦闘で周辺の地形が吹っ飛んで遮蔽物がなくなっちゃったらしいし、加えて魔獣兵の頭じゃ複雑な作戦は取れないだろうから、結果としてああいう堂々とした進軍しかできないのかもしれないけど。
「フ、フフフ……」
と、その時。
なんか不気味な感じの笑い声が聞こえてきた。
恐る恐る声の方を見てみると、そこには目からハイライトが消えた状態で壊れた笑みを浮かべてるミアさんの姿が。
こ、怖い。
「やっと、やっとお布団に入れると思ったのに……やっと一ヶ月ぶりに休めると思ったのに……お布団まであと1メートルだったのに……! よくも、よくもぉ……! 殺してやる! 今度こそ絶対に皆殺しにしてやる! あの畜生どもがぁあああ!」
その瞬間、ミアさんの全身から彼女の魔力属性である雷の魔術が迸り、怒りで覚醒した伝説のスーパー野菜星人みたいに髪の毛が逆立った。
得物である槍を握る手からはミシミシと凄い音が鳴ってる。
怖い。
普段優しい人が怒ると本気で怖い。
「この砦の全兵に告ぐ! 長い事続けてきたあいつらとの戦いは今日で最後だ! 今のアタシ達は六鬼将四人を揃えた帝国最強の部隊! 決して負ける事はない! 今度の今度こそ、あの忌々しい連中の息の根を止め、ゆっくりベッドで休むぞぉ!」
『オオオオオオッ!!!』
ミアさんが槍を天に掲げながら鬼気迫る顔で号令をかけ、兵達が心の底から同感だとばかりの雄叫びで返す。
疲弊しきってるとはなんだったのか。
「よし! まずは挨拶だ! 遠距離攻撃魔術、放てぇ!」
ミアさん指示に従い、プルートや私をはじめとした純遠距離タイプが敵軍に魔術の雨を降らせる。
魔術師の軍団という最高の質と数を組み合わせたこの攻撃は、帝国の基本戦術にして、並みの軍勢ならこれだけで薙ぎ払える大技だ。
通常攻撃だけど必殺技に等しい。
だが、今の相手は曲がりなりにも今日までこの軍勢と戦ってきた強国の部隊。
魔術の雨を、同じく魔術の連打で相殺してきた。
弾数はこっちの方が多いけど、一発辺りの威力は向こうの方が上だ。
これが魔獣兵の力か。
もっとも、今回はこっちの攻撃に私とプルートの魔術が混ざってるので、それだけは相殺されずに向こうの魔術をぶち抜いて、敵軍に結構な被害を与えた。
それを受けて、敵軍の進行速度が上がる。
やられる前に接近戦に持ち込むつもりか。
どうやら、あっちには優秀なのか向こう見ずなのかわからない指揮官がいるみたいだ。
「よし! こっちからも仕掛けるぞ! 突撃騎兵隊、アタシに続け!」
『ハッ!』
「ヒャッホウ! 暴れてやるぜ!」
そして、こっちにも勇敢なのか向こう見ずなのかわからない指揮官がいた。
魔獣には魔獣という事なのか、分類的にギリギリ魔獣の一種として認定されてる帝国の軍馬に跨がった部隊を率いて、ミアさんが突撃して行ってしまった。
ついでに、近接タイプのレグルスも一緒に。
尚、あの二人だけは軍馬に乗らないで自分の足で走ってる。
まあ、六鬼将クラスの身体能力なら、普通にその方が速いからね。
「さて、では砦の指揮は僕が引き継ぐとしましょう。遠距離攻撃部隊、攻撃続行。友軍を巻き込まぬよう、敵後方を狙ってください」
『ハッ!』
「わかりました」
そして、私を含めた砦サイドはプルートの指示で戦闘続行。
自分が純粋な遠距離攻撃タイプで、かつレグルスと違って文武両道なプルートには、砦戦力の使い方がよくわかってる。
着任初日とはいえ、私がエロ猫さんを尋問してる間にミアさんからある程度の引き継ぎは済ませたみたいだし、指揮系統にも大した混乱はない。
そして、
「『雷撃槍』!」
「『爆炎剣』!」
「『水雨』」
「『氷砲連弾』」
『ギャアアアアッ!!?』
ミアさんとレグルスによる近距離での撹乱。
プルートと私による遠距離からの超火力攻撃。
それに挟まれ、敵軍は見る見る内に数を減らしていった。
魔獣兵といっても、さすがに六鬼将四人を相手にしたらこんなもんか。
これはミアさんの言う通り、楽勝かなぁ。
一応、ここに来る前に不完全版ワルキューレを何体か作って連れて来たけど、この分ならそれも必要なさそう。
まあ、不完全版は起動したら一時間以内に自壊しちゃうし、使わずに済むならそれに越した事はない。
なんて結構舐めた事考えた私だけど、どうやらそれはフラグだったみたいだ。
「グォオオオオオオオオオッ!!!」
突如、戦場に凄まじい獣の咆哮が響き渡った。
そして、敵兵の一人の身体がどんどん肥大化し、5メートル、10メートル、20メートルと大きくなり続けて、最終的には30メートルの巨体を持つ化け物へと変化する。
その獣の姿は、一目で獣の王とわかる威厳に満ちていた。
鋭い牙、鋭い爪、頑強な鱗。
それは、世界で最も有名な魔獣。
前世の世界ですら、その名を知らぬ者はいないんじゃないかってくらいの強さの象徴。
その魔獣の名は、━━竜。
天災と恐れられる伝説の怪物が今、私の目の前にいた。
「出たな『獣王』! 今日こそ、その首叩き落としてやるからな!」
「ほざけ帝国の犬が! このガルシア獣王国国王である俺様の首! 取れるものなら取ってみろ!」
ミアさんとドラゴンの大声での語り合いがここまで聞こえてきた。
そっか。
やっぱりあれが獣王、エロ猫さんの言ってたガルシア獣王国のトップなんだ。
国王が最前線に出張ってくるとか、バカだけどウチのトップにも見習ってほしい。
あのドラゴンの爪の垢を煎じて飲んで死んでほしい。
まあ、それはともかくとして。
国王なら、あのドラゴンを倒せば終戦かな。
いや、それはないか。
エロ猫さんも言ってたけど、ガルシア獣王国は最後の一兵まで戦い抜くお国柄だから。
でも、恐らくは向こうの最高戦力だろうあのドラゴンを討ち取れば、あとは消化試合だ。
そうなれば、ミアさん達は過酷なブラック労働から解放されて定時で寝れる筈。
そこまで、あと一息。
頑張っていこう。
「行くぞ!」
「来い!」
激突するミアさんとドラゴンを見ながら、私はミアさんをアシストするべく、氷翼で砦から飛び出した。