60 魔獣因子
「ハァー……ハァー……♥️」
一通り情報を搾り取った私は、ビクンビクンと痙攣するエロ猫さんから視線を外し、一部始終を記録してたシャーリーさんの方に振り返った。
今エロ猫さんが吐いた情報は、シャーリーさんが書類にメモっといてくれた筈だ。
念の為に、そっちの確認をしておきたい。
しかし、肝心のシャーリーさんは何故か熱い視線で私を見ていた。
「なんというか、お上手なんですねセレナ様。仕事がなかったら今夜のお相手に立候補してたのに」
一瞬、シャーリーさんが何言ってるかわからなかった。
理解した瞬間、鎧の中で冷や汗が吹き出る。
なんてこった……!
この人、まさかのそっち系かい!?
人は見かけによらないわぁ……。
とりあえず、私をそういう対象として見るのは勘弁してほしい。
丁重にお断りしなくては。
「私は心に決めた相手がいるので無理です。それに、仕事以外でこういう事をする趣味はありません」
「そうですか……残念です」
本当に残念そうな顔すんな。
流し目送るな。
やめて。
ホントにやめて。
「コホン。それよりも、手に入った情報の精査を済ませましょう。そうじゃないと、また徹夜になりますよ」
「……ああ、そうでしたね。もう大丈夫です。一瞬で現実に引き戻されましたから」
おぉう……シャーリーさんの目から一瞬で熱が消えて、代わりにどぶ川のように濁りきってしまった。
正気に戻ってくれたのは嬉しいけど、なんか申し訳ない。
「では、確認作業を始めましょう。まずは魔獣兵の根幹を成すという要素『魔獣因子』について。
武官のこいつからでは大まかな情報しか得られませんでしたが、その存在を知れただけでも大きな進歩と言えるでしょう」
「そうですね」
そうして、私達はまず魔獣因子というものについて改めて話し合った。
疑問に思う事がある度に、エロ猫さんへの尋問を再開して吐かせながら。
魔獣因子。
それは魔獣から採取できるという謎の物質であり、魔獣兵はこの魔獣因子を体内に打ち込まれる事で、因子の採取元である魔獣の力を得る事ができるらしい。
それがどういう物なのか、どういう方法で魔獣から採取してるのかは、研究員でも専門家でもないエロ猫さんが知らなかったのでわからなかった。
でも、魔獣因子を打ち込む事によるリスクは割と詳しく判明した。
まず最初に、魔獣因子は被験者と適合する、つまり相性の良い物を選ばなくてはならない。
適合しない、相性の悪い魔獣因子を打ち込むと、その時点で死ぬとの事だ。
いきなり物騒。
そして、相性問題を乗り越えても、今度は理性の消失というリスクを負う事になる。
エロ猫さん曰く、これは魔獣因子の拒絶反応に脳を蝕まれる事で発生する現象らしい。
別に蝕まれるのは脳だけじゃなくて、身体全体がやられて滅茶苦茶になるので、魔獣兵の寿命はとても短いんだとか。
怖っ。
これを避ける手段は二つ。
一つは、相当自分と相性の良い魔獣因子を取り込む事。
相性が良ければ良い程拒絶反応は小さくなるので、身体への負担も脳への負担も減って、理性へのダメージも少なくなるらしい。
それでも、魔獣という人間とはまるで違う生命体の因子を取り込む以上、適合率100%という事はあり得ないみたいだけど。
二つ目の手段は、人体改造。
長い時間をかけて魔獣因子を少しずつ少しずつ身体に打ち込む事で、身体がその因子を受け入れる形に変貌するとかなんとか。
細かいやり方とかは、エロ猫さんも知らなかったので不明。
でも、これをやっても尚、残る理性はギリギリ命令に従えるだけの最低限のものにしかならないらしい。
つまり、この地下牢に捕まってる人達みたいな魔獣もどきになるのが限界。
要するに、私の目には理性が完全に消失してるようにしか見えないこの人達は、ガルシア獣王国に取って、戦場に投入できる魔獣兵の成功作にして救国の英雄達なのだ。
失敗作は、魔獣因子の拒絶反応に耐えきれずに死ぬか、命令に従うだけの頭も残らなくて処分されるとエロ猫さんは言ってた。
しかも、帝国と戦う為に獣王国は国民達に赤紙を送りつけ、万歳三唱を強制しながら魔獣兵にしてるんだとか。
ミアさん達が倒しまくっても向こうの戦力が尽きないカラクリはこれだ。
……恐ろしい話だよ。
正直、帝国よりも闇が深い。
まあ、そういう国だからこそ、民の救済を掲げてる革命軍とは相容れなくて組む事はないって断言できるんだけど。
話を戻そう。
今は魔獣因子についてだ。
一応、凄く少ない人数ではあるけど、エロ猫さんみたいに理性を殆ど残したまま魔獣兵になるパターン。
成功作を超えた成功作、完全版魔獣兵というのも存在する。
と言っても、猫じゃらしに反応するようじゃ完全版(笑)だけど。
まあ、そこには目を瞑るとして、この完全版魔獣兵を作る方法は一つ。
さっき言ったリスクを避ける二つの方法。
相性の抜群に良い魔獣因子を打ち込む事と、人体改造。
この二つを同時に行う事らしい。
だけど、それは言う程簡単じゃない。
まず、どの魔獣因子が自分に適合するのかなんて打ち込んでみてからじゃないとわからないって言うんだから、この時点でもう色々とアウトだ。
エロ猫さんがニャーニャー鳴きながらこの話を吐いた時は、思わず「は?」ってなった。
それじゃあ、完全版どころか普通の成功作ですら、百人に一人も作れればいい方なんじゃないかと思ったよ。
エロ猫さんにそう聞いたら、その通りだって言うんだからもうね。
その後に、「わ、私は選ばれた存在なん、ニャ~~~♥️」とか言うんだから笑えない。
つまり、あれだ。
ガルシア獣王国は、帝国と戦う為に戦場で散った人数よりも遥かに多くの屍を、魔獣兵の失敗作の山を築き上げてるって事になる。
狂気だ。
本気で帝国以上の狂気の国だ。
怖気が走る。
「しかし、完全版魔獣兵作成方法の裏技というのは興味深かったですね。実験を重ねれば、いずれ帝国での実用も可能かもしれません。……正直、あまり使いたくないおぞましい技術だとも思いますが」
私が鳥肌を立てていた時、ふとシャーリーさんがそんな事を言った。
完全版魔獣兵作成方法の裏技。
エロ猫さんが吐いたそれは、魔術師を魔獣兵にする時にだけ使える、本当に裏技としか言えない手法だった。
なんと、魔術師に魔獣因子を打ち込む場合、持ってる魔力適性によって、ある程度相性の良い魔獣因子を先に絞り込めるらしい。
火属性の適性がある魔術師には火属性の魔獣、例えば火を吹く蜥蜴サラマンダーとかの魔獣因子が馴染むんだとか。
とは言っても、それもせいぜい適合率50%以上を保証するだけとか、そんな程度の話みたいだけど。
ちなみに、エロ猫さんはこの裏技を使ったタイプらしい。
エロ猫さん以外だと、ガルシア獣王国のトップ、通称『獣王』とかも裏技タイプらしいよ。
……しかし、貴重な魔術師をよくそんな狂気の実験に使おうと思ったな。
魔術師が何万、何十万という掃いて捨てる程の数がいるのは帝国だけだ。
魔術師っていうのは、基本的に魔術師同士の子供としてか、突然変異でしか生まれない。
だから、レグルスを筆頭とした好色貴族どもは、気にせず色んな女の子とにゃんにゃんできる訳だ。
それで平民を孕ませても、平民から魔術師が、貴族の資格を持つ者が生まれる事はないから。
そして、帝国を築き上げた初代皇帝は、魔術師の血筋が絶える事をよしとせず。
当時は僅かな数しかいなかった魔術師を、魔術師だけを特権階級の貴族として扱い、貴族同士の政略結婚を何百年にも渡って繰り返す事で、魔術師の数をここまで増やした。
そんな事ができたのは帝国だけだ。
少なくとも、近隣諸国の中では。
だって、普通に考えたら、元々の母数が少なすぎる魔術師だけじゃ国を回せない。
魔術師だけを露骨に特別扱いなんてしたら、平民にそっぽ向かれて国が立ち行かなくなる。
そんな危ない時期を乗り越えて、貴族が平民を完全支配できるまで数を増やす事に成功した歴代の皇帝達は本当に優秀だったんだろう。
その功績が、今の帝国の強さと腐敗に繋がった訳だ。
でも、他の国はそうじゃない。
最初から違う方針を採ってたのか、それとも帝国の真似をしたけど途中で挫折したのかはわからないけど、とにかく他の国は魔術師の数が帝国に比べて遥かに少ない。
だからこそ、帝国は多くの国に同時に戦争仕掛けても勝ってこれた。
そして、今回も同じだ。
いくら魔術師対策の魔獣兵がいたって、ミアさん一人を相手に国民を削ってやっと拮抗してるような奴らに、六鬼将四人というマジモードになった帝国軍を退けられる訳がない。
それこそ、向こうにとんでもない隠し球があって、こっちがとんでもない大ポカでもしない限り。
……なんかこれフラグっぽいな。
気をつけておこう。
「さて、これ以上はこいつに聞く事もなさそうですし、あとは執務室でやりますか。早く終わらせないと、本当に仮眠の時間すらなくなり……」
「敵襲! 敵襲!」
シャーリーさんが引きつった顔になった瞬間、外から凄い大声が聞こえてきた。
喉の身体強化と風の魔術で声を大きくした伝令兵の声だ。
どうやら、このタイミングで敵軍が来たらしい。
本当にいつ来るかわからないな。
私は無言でシャーリーさんの方を向いた。
「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね、セレナ様」
シャーリーさんの顔には、全てを悟ったかのような仏の笑みが浮かんでいた。
戦いが起これば、物資の手配やら、報告書の作成やら、戦後処理やらなんやらで文官も凄い忙しくなる。
つまり、シャーリーさんの仮眠時間は今この時を以て失われた訳だ。
惨い。
ただただ惨い。
「……シャーリーさんもご武運を祈ります。あの、どうか死なないでくださいね?」
「はい」
そんな、どう考えても文官と武官が逆な会話を交わした後、私は悟りの笑みを浮かべながら手を振るシャーリーさんと別れ、探索魔術で見つけたミアさんの気配を目指して駆け出した。
ミアさんの近くにはプルートの気配もある。
どうやら、ミアさんもまだ休む前だったらしい。
惨い。
ただただ惨い。
……さて、哀れな社畜さん達を解放する為にも、狂気の軍団を叩き潰すとしようか。
戦争の時間だ。