59 獣の捕虜
「ガルゥウウウアアアアッ!」
「ウォオオオオオオオオン!」
「シャーッ! シャーッ!」
「バウ! バウバウ!」
「ゴガァ!」
「ぶるぁあああ!」
地下牢に来た私は困惑していた。
ここから聞こえてくるのは獣の鳴き声ばっかり。
目に入るのは、牢の中で鎖に繋がれた魔獣だけだ。
知的生命体がどこにも見当たらないんだけど?
「あの、シャーリーさん? 魔獣兵はどこでしょうか? 私の目には普通の魔獣達しか見えないんですが……」
「アハハッ! 何言ってるんですかセレナ様! ここに繋がれてるのは皆魔獣兵ですよ! そう、一人残らずね!」
「……マジか」
思わず敬語キャラが崩れてしまった。
シャーリーさんもやけっぱちの如くテンションが壊れてるし、どうやらこれが魔獣兵の現実らしい。
ない。
これはない。
これ兵士じゃないじゃん。
ただの獣じゃん。
魔獣の力を埋め込まれた人間じゃなくて、もはや魔獣そのものだよ。
見た目も中身も。
「……資料によると、魔獣兵になった者は理性が薄れるとありますが、これは私の読み間違いでしょうか? どう見ても理性が薄れるどころか完全消失してるようにしか見えないんですけど?」
「いえ、間違ってないです。驚くべき事に、この状態でも僅かばかりの理性があるんですよ。こいつらは敵指揮官の命令をしっかりと聞いて実行していました。完全にただの畜生に落ちたのであれば、そんな事はできませんからね」
「……なるほど」
ちょっと信じられないけど、実際に魔獣兵の観察をした人が言うんだから間違いないんだろう。
ちょっと信じられないけど。
「しかし、これでは尋問ができないのも納得ですね」
僅かばかりの理性があるって、それ要するに僅かばかりの理性しかないって事でしょ?
簡単な命令には従えても、この人(?)達に有用な情報を吐くような頭が残ってるとは思えない。
そもそも、この人達喋れるんだろうか?
「あ、いえ、尋問ができなかったのはまた別の理由です。というか、こいつらに尋問しても無駄だという事は誰にでもわかりますからね。一目瞭然ですからね。我々が情報を吐かせようとした相手は別にいるんですよ」
「あ、そうなんですね」
「はい。今から、そいつの所へご案内いたします」
そう言って、シャーリーさんはズンズン奥へと進んでいく。
最終的に辿り着いたのは、地下牢の奥の奥の突き当たり。
他の牢屋より広くて、他の牢屋より頑丈そうな鉄格子が嵌められた特別房っぽい場所。
そこに、一人の女性が捕まっていた。
レグルスが好きそうなスタイルが良くて若い美人さんだ。
ただし、その頭からは猫耳が生え、そのお尻からは尻尾が生え、両手足は獣の毛皮で覆われ、爪と牙は本物の猫のように鋭く尖っていた。
そんな人が牢屋の中に鎖で繋がれている。
全裸で。
もう一度言おう。
全裸で。
めっちゃエロかった。
「……今度はなんの用だ、帝国の犬め。下らない用件なら噛み殺すぞ」
そんなエロ猫さんが、猫科動物のような鋭い目付きで私達を睨み付けてくる。
まあ、この人捕虜だしね。
そういう反応されるのが普通だ。
でも、つり目気味の美人さんに睨まれると凄い怖い。
しかし、シャーリーさんは全く気にしていないのか、それとも怖がる労力すら惜しいのか、淡々と私にこの人の事を説明し出した。
「こいつは敵軍の指揮官の一人と思われる女です。魔獣兵の中では相当珍しく、人の姿と充分な知性を残したままの大変貴重な個体となっております。また、敵国のかなり重要な情報も持っていると思われるので、尋問するのでしたら殺さないように注意してください」
へぇ。
というか、さらっと尋問を進められたよ。
尋問かぁ。
できればやりたくないなぁ。
こんな事ならレグルスでも連れてくればよかった。
こんな美人さん相手なんだから、仕事中じゃなければ嬉々として引き受けてくれただろう。
仕事中でも仕事サボって引き受けてくれそうだけど、それは他の人達が過労死しかねないから却下だ。
「あ、ちなみに、そいつは以前、一級騎士クラスの実力がある尋問官の喉笛を噛み千切って殺しかけた事があるので気をつけてください。
一応、魔封じの鎖で縛り付けてはいますが、魔獣兵は肉体の強さが異常なので完全に無力化はできていないんです」
なんか怖い情報が出てきた。
ついでに、私の脳裏にアレを食い千切られて悲鳴を上げてるレグルスのイメージが浮かんできた。
……レグルス呼ぶのはやめとこうかな。
完全に根元から食い千切られると、回復魔術でも治せないし。
……じゃあ、やっぱり私がやるしかないか。
「……気をつけます」
私はそう言って、鉄格子の扉を開けて牢の中に入った。
そして、エロ猫さんと向き合う。
エロ猫さんは、相変わらず殺意に満ちた目で私を睨んでいた。
「どうも。早速ですが、あなたに聞きたい事がいくつかあります。まずは魔獣兵についての詳しい情報を……」
「ペッ!」
私が言い切らない内に、エロ猫さんは唾を飛ばしてきた。
さっと避ける。
そうしたら、唾は予想以上に飛んで鉄格子をすり抜け、私の後ろにいたシャーリーさんに当たってしまった。
あ。
「大丈夫ですよ。今の私には怒る気力もないので。続けてください」
「あ、はい」
淡々とハンカチで眼鏡を拭くシャーリーさんは、なんか疲れ果てた亡霊みたいに見えて怖かった。
正直、エロ猫さんより怖かった。
き、気を取り直していこう。
「コホン。素直に答える気はないみたいですね」
「当然だ。誇り高きガルシアの戦士である私が、帝国の犬などに屈すると思うな。
覚えておけ! 我らは最後の一兵になるまで戦い続け、最後には必ず貴様らを討ち滅ぼす! せいぜい、その時を震えながら待つ事だ!」
「ハァ……」
出たよ。
ガルシア獣王国のお国柄。
まるでドラマに出てくる旧日本軍みたいな、絶対降伏しねぇぞ主義。
帝国との国力の差は歴然なのに、降伏はおろか停戦協定にも合意しない頑固な国だ。
ほとほと嫌になる。
そう。
ガルシア獣王国は、戦力的にどう足掻いてもブラックダイヤ帝国に大きく劣っている。
たとえ、魔獣兵という切り札があっても、こっちはそれを遥かに上回る数の魔術師がいるんだから。
ミアさん達が追い詰められてたのだって、別に戦局的に劣勢に追い込まれたからじゃない。
もしそうだったら、ただちに他の六鬼将に援軍要請が飛んでた筈だ。
そうじゃないって事は、別に負けそうになってた訳じゃないって事。
あれは単純に、倒しても倒しても決して敗北を認めず、死兵となって突撃してくる連中の相手をし続けて、精神的に参ってるだけだよ。
そりゃね。
報告書読んで知ったけど、こっちの十倍以上の被害を与え続けても諦めないゾンビ軍団の相手してれば嫌にもなるわ。
私もアルバを相手に似たような気持ちになったからよくわかる。
戦局では圧倒的にこっちが勝ってるのに、あと一息で向こうは倒れそうなのに。
それでも最後のトドメだけがいつまで経っても刺せず、相手は死んでも勝つとばかりに自軍の被害を顧みないで戦い続け、戦争がズルズルと長引き続ける。
嫌にもなるわ。
いい加減にしろと言いたくなる。
そんな戦いの一つを終わらせる為にも、このエロ猫さんには色々と吐いてもらわないと。
魔獣兵の情報、特にその弱点。
あと、倒しても倒しても敵兵が湧き続けるカラクリとか。
その為には……嫌だけど、手段を選んでいられない。
「では、質問の仕方を変えます。素直に話してくれないのなら、身体に直接聞くしかありませんね」
「なんだ? 痛めつけてみるか? やってみろ! そんなものに屈する私では……ッ!?」
その瞬間、威勢よく吠えていたエロ猫さんの口が止まった。
目を見開き、耳と尻尾はピンと立てて、私の手元を凝視している。
その視線の先は……私が氷魔術で作った猫じゃらしだ。
もう一度言おう。
猫じゃらしだ。
その猫じゃらしを左右に振ると、エロ猫さんの視線もそれを追って左右に揺れる。
……半分冗談でやってみたけど、まさかホントに効くとは思わなかった。
「ふむ。見た目の変化は少なくても、やはり魔獣兵化の影響は確実に出てるみたいですね。精神が猫化してます」
「ッ!? き、貴様ぁ! この私を愚弄したなぁ!」
いや、こんなんで愚弄したも何もない気がするけど。
「まあ、それはともかく。理性がそれ相応に弱ってるみたいで安心しました。これなら私でもなんとかなるかもしれません」
そう言って、私は付けていた鎧の籠手を外した。
加えて、氷魔術でいくつかの物体を作る。
それを、これ見よがしに宙に浮かべて、エロ猫さんの反応を見てみた。
「お、おい、なんだそれは?」
「あれですよ。いわゆる大人の玩具というやつです」
この発言だけで、これから私が何をするのか、おわかりいただけただろう。
正直、本気でやりたくないけど……その昔、皇帝に狼藉された姉様の感覚を上書きするべく、ノクス達に内緒でこっそりレグルスから学んだテクニック、ここで存分にお見せしよう。
尋問の達人直伝の秘技、とくとその身で味わってください。
全ては戦争終結の為に。
「では、行きますよ」
「や、やめろぉおおお! ニャ、ニャ~~~~♥️」
その後、エロ猫さんは無事に色々と吐いてくれました。
めでたし、めでたし。