58 苦労人
「こちらになります」
「どうも」
私はミアさんの側近に案内され、魔獣兵についての調査を丸投げされたという人物の部屋へと案内された。
そして、側近さんはノックをしてから、返事も聞かずにドアを開ける。
プライバシーも何もなかった。
「では、ごゆっくり」
「あ、はい」
それだけ言って、側近さんは帰ってしまった。
まあ、あの人も目の下にドス黒いクマがあったし、これ以上私に構ってる余裕はないんだろう。
お疲れ様です。
「しっかし、この部屋凄いな……」
今私の目の前に広がる光景は、一面の書類、書類、書類、書類の山である。
足の踏み場もないくらい室内のいたる所に散らばってて、もうこれだけでこの部屋の主がどれだけの激務を振られてるのかわかるわ。
可哀想に。
しかも、そんな苦労人さんにこれから更なる仕事を頼まないといけないんだから気が重い。
おまけに、その苦労人さんは今……
「あのー……大丈夫ですか?」
「むきゅう……もう働けないよぉ……」
執務机で力尽きたように眠っている眼鏡をかけた白衣の女性、恐らくはこの部屋の主と思われる人に声をかけてみると、なんとも悲しい寝言が聞こえてきた。
多分、この人が例の苦労人さんだろう。
話を聞く為には、このやっと眠れたというか、やっと気絶できたみたいな感じで意識を飛ばしてるこの人を起こさないといけない訳で……。
うわぁ、罪悪感が凄い。
寝かせてあげたいなぁ。
でも、このタイミング逃したら、私も激務に駆り出されて話聞く時間がなくなりそうだし……仕方ない、起こそう。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「あひゃあ!?」
普通に揺すっても起きなかったので、誠に失礼ながら背中に氷を当てさせてもらった。
その瞬間、苦労人さんが飛び起きる。
上げられた顔には、やっぱりというべきかドス黒いクマが浮かんでいた。
本当に申し訳ない。
「あれ? 私どうしたんだっけ? 確か、連続勤務時間が100時間越えた辺りで意識が遠退いてきて……」
「あの、お疲れのところ本当に申し訳ないんですが、色々とお話を聞かせてくれませんか?」
私がそう言うと、苦労人さんは初めて私の存在に気づいたとばかりに振り向いてきた。
徐々に目の焦点が合ってくる。
そして、ズレていた眼鏡をかけ直し、苦労人さんは訝しそうに目を細めて私を見た。
「えぇっと……あなた誰? 格好からして騎士さんだって事はわかるんだけど」
「申し遅れました。私は帝国中央騎士団所属、六鬼将序列二位『氷月将』セレナ・アメジストと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも。私はここの文官やってるシャーリーって言い、ま、す……って、へ? 六鬼将? しかも序列二位? え? え?」
苦労人さん改めシャーリーさんが目を回している。
混乱させてしまった。
ブラック残業で徹夜して寝落ちして、起きたら会社の重役が訪ねてきてたみたいな話だもんなぁ。
そりゃ混乱するわ。
「え、ええ!? ろ、六鬼将様がこのような所になんのご用でございましょうか!?」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私がここに来た用件は魔獣兵についての情報を共有する為です。あなたがそれ関連の仕事を受け持っていたと聞きましたが?」
「あ、はい! ただいま資料をお持ちします! えぇっと、確かこの辺に埋もれてた筈……キャアアア!?」
「だ、大丈夫ですか?」
埋もれた書類を引き出すどころか、シャーリーさん自身が書類の山を崩して埋まったぞ。
ホントに大丈夫か、この職場!?
あ、でもシャーリーさん生き埋め状態から復活した。
しかも、手に一冊のファイルを掴んで。
どうやら、まだ大丈夫みたい。
今はまだ。
「すみません、お見苦しいところをお見せして! これが魔獣兵関連の調査ファイルになります!」
「ありがとうございます。そして、ご苦労様です。いや、ホントに……」
シャーリーさんの努力に感謝しながらファイルを開き、『思考加速』の魔術を使って即行で読み込んでいく。
……それにしてもこのファイル、やけに薄いな。
中に挟まれてる資料も十枚ちょいしかないし、これじゃ帝都の方に送られてきてた報告書と大差ないぞ?
その程度なら十秒くらいで読めてしまう。
結果、やっぱり報告書以上の情報が書かれていない事がわかった。
「あの……これだけですか?」
「す、すみません! 何分他の仕事も山積みなものでして……どうしても緊急性の高いものから処理していくしかなくて……」
「ああ、いえ、責めてる訳じゃないんですよ!」
いや、でも、困ったなぁ。
これじゃ殆ど何もわかってないに等しいぞ。
ん?
でも、この資料の感じからして……
「ですがこの資料、少しとはいえ魔獣兵を間近で観察したような記述があるんですが、これは?」
「あ、それは捕虜の観察記録ですね。一応、これまでの戦闘で捕獲した魔獣兵が何人か地下牢に放り込まれてるんです」
ああ、そうだったのか。
でも、それだと、
「尋問とかはしなかったんですか?」
「尋問官の人手も確保できなかったもので……しかも、あいつら殆ど話が通じないし……」
「……お疲れ様です」
マジでカツカツの状態で維持してるのね、この砦。
よく落ちないなぁ。
ミアさんが相当優秀なのかな?
それにしても、こんなにキツイなら帝都から追加人員でも送り込めばいいのに。
……いや、もしかして送り込んでこれなのか?
敵軍の猛攻に耐える為に騎士を大量動員したら、結果として文官が不足したとかそういう感じ?
だとしたら、マジでお疲れ様です。
そして、そんな人にこんな事を言うのは大変心苦しいんだけど……
「……仕事を増やしてしまうようで大変申し訳ないのですが、私をその捕虜の所へ案内してもらえませんか? できれば、現場で詳しい説明をしてくれると助かります」
「…………はい」
私の言葉に、シャーリーさんはまるで死刑宣告を受け入れた罪人のような全てを諦めた顔と掠れた声で答えた。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
代わりに、次に敵軍が攻めて来たら速攻で殲滅して戦争終わらせるから許してください。
そうして、私は土気色の顔色したシャーリーさんに案内され、捕虜が居るという地下牢へと赴く事となった。